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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第二章 Ghost chase
19/103

19 追って、追われて

「Then it’s Hi! Hi! Hey! The Army’s on its way――」


 エリックが古巣であるアメリカ軍の行進曲を歌いながら、セリカを追いかけていく。

 ドライバーのテンションは上がりっぱなしだが、レースの方はあまり芳しくない。

 少しずつではあるが、相手との差が開き始めているのだ。

 それもそのはずで、エリックはアクセルをほとんど踏み込んでおらず、どんどん原則してしまっている。


「なんで、スピード落とすんですか? あともうちょっとで追いつけそうだったのに……」


「いやな、この先にトラップを設置してあるから、今、下手に近づいて巻き込まれるのはまずいんだよ」


「トラップ? まだなんかあるんですか?」


「あったりめぇよ、ああいうのを捕まえるにはそれ相応の準備をしねぇとな。どんなもんかは見てのお楽しみだ」


 いくらなんでも用意周到すぎて、怪しく思えてくる。

 そこで、杉野は少し鎌をかけてみることにした。


「そういえば、この間、坂田さんもドライブへ誘ったそうですね?」


「あーそうだったなぁ。あんときは速い奴が集まってて、それは楽しかったぞ」


「その速い奴の中には、あのセリカもいたんですか?」


「うんにゃ、いねぇーよ。あいつを見るのは今日が初めてだ」


「それじゃあなんですか。今日、ここにあのセリカが来るのを分かってて、僕を誘ったんですか?」


 思い切って聞いてみたが、エリックは答えず、代わりに何かのスイッチを杉野に手渡した。


「なんですか、これ?」


「トラップのスイッチ。俺が押せ!って言ったら押してくれ」


「……分かりました、僕が押しちゃっていいんですか? もし外しちゃったら……」


「もし外したとしても、そう大した問題じゃない。他にも仕掛けてあるから、そのうちの一つでも当たれば無力化できるだろう」


 これは捕まえるまで帰れないパターンだ。

 これ以上文句を言ったとしても、聞く耳持たぬのだろう。

 杉野は諦めて、大人しく指示に従うことにした。



 セリカが曲がり角を曲がり、視界から消えたタイミングでエリックが叫ぶ。


「今だ! 押せ!」


「えっ――あっ、はい!」


 チープな見た目の赤いスイッチをポチッと押すと、セリカが消えていった方角から爆音が聞こえてきた。

 杉野はビックリして思わずスイッチを手から落としてしまった。


「よし! ちゃんと爆発したな」


 隣からエリックの心底嬉しそうな声が聞こえてきた。



 杉野が足元に転がっていったスイッチを拾い上げると、エリックの素っ頓狂な叫び声が聞こえた。

 何事かと顔を上げて前方を確認してみると、なんと爆発したと思われたセリカが遠くの方で元気そうに走っているではないか。


「くそ! タイミングが遅かったか」


「……すいません」


 杉野がしょんぼりしていると、それに気づいたエリックが慌てて励ました。


「いや、お前のせいじゃねぇよ。あいつが速すぎんだ」


 そう言うと、アクセルをガッツリ踏み込んでどんどんスピードを上げていく。



 曲がり角の手前までくればアクセルをゆるめるだろうという楽観的な予想に反して、カマロはエンジンを唸らせながらどんどんスピードを上げていく。

 エリックが例の秘密兵器で四駆に切り替えると、さらに加速する。


「燃費が悪いから使いたくなかったんじゃ?」


「今回ばかりは使わないと逃げられちまうんだよ」


 そう言いながら、猛スピードで曲がり角へまっすぐに突っ込んでいく。

 曲がるのではなく、セリカが走り去っていた道へ一気に行こうとしているのだ。

 だがしかし、そこへ行ける道などはなく、落ちたら助からなさそうな高さの崖だけが広がっている。

 本来は曲がり角を曲がって、カーブか何かを曲がっていかないとその道へは辿り着けないのだ。


「ちょ――止まって! 止まれ!」


 杉野が慌てて止めるも、すでにカマロは崖から勢いよく飛び出してしまっていた。



 若干の浮遊感の後に、周りの景色がゆっくりと流れていく。

 死に際のスローモーションの中で、杉野は冷静に辺りを観察することにした。

 助手席側の窓の外、ちょうどU字カーブの真ん中辺りには何かが爆発して道が崩れた様子と、燃え盛る草木が見えた。

 ふと、前方に目を戻すと、今度は満点の星空が杉野の視界いっぱいに広がった。



 永遠に続くかと思われた時間は、カマロが地面に激突した衝撃により、あっけなく終わった。

 だがしかし、地面に着いたというのに、まだ前方には星空が見えている。

 どうしてなのかとあちこち見回してみると、どうにもカマロが向かい側の崖にへばりついているようだ。

 車の後ろ側にハイドロ用の装置や機関銃、その他にもトランクや後部座席に銃やら爆弾やらよく分からない機械やらを積んでいたおかげで、ジャンプした時に車体のケツが下がり、前のめりの状態で崖に激突するのだけは防げたのだ。


「ふぅ~、死ぬかと思ったぜ」


「ほんとですよ! ってか、ここからどうするんですか? これ以上は追いかけられないですよ」


 さすがのカマロでも、ほぼ垂直の崖を登れるほどのパワーはないようで、エリックがどれだけアクセルを踏んでも登っていかない。


「心配するな、奥の手がある」


 そう言うと、秘密兵器のスイッチ群の中で一際目立っている、ガラス製のカバーで覆われた赤いボタンを思いっきり殴った。

 カバーがバリンと割れると、車が弾けたような加速で崖を駆けあがり、そのまま宙に飛び上がった。

 何が起きたのか分からないうちに、車が再び地面に着地すると、尋常じゃない加速で走り始める。


「い、今のなんですか!?」


「ちょいとナイトロを噴射してやったんだよ」


「ナイトロ?」


「一般人にはニトロの方が耳馴染みがいいだろうな。簡単に言うと、瞬間的に爆発的なパワーを得られる魔法みたいなもんだ」


「そんなもんがあるなら、もっと早く使えば良かったじゃないですか!」


「いや~、こいつを使うとその後のメンテが大変だから、なるべく使いたくなかったんだよ」



 ナイトロを使いながら全速力で追いかけていくと、ようやっとセリカの赤いテールランプが見えてきた。


「杉野! ちょいとこれを押してくれや」


 エリックがまた得体のしれないスイッチを渡してくる。

 杉野は最初断ろうかと思ったのだが、何を言っても聞く耳を持たなそうなこの鬼教官相手に一悶着起こすのも面倒なので、渋々といった感じでスイッチを受け取った。

 早速、押してみると前方から爆発音が聞こえた。

 またろくでもないことになっていそうだと思いながら前を確認してみると、谷のようになっている狭い道に大きな岩がちょうど転がってくるところだった。


「すげーだろ! あらかじめいい感じの岩を探してきて、崖の上に置いといたんだよ。んで、タイミングよくC4を爆破して転がした岩で相手を潰しちまおうってわけだ」


 エリックがこちらを向いて、嬉しそうに説明する。


「……エリック教官、言いにくいんですが、そのお相手さんはもう通り過ぎた後みたいですよ」


「なぁにぃ!!」


 ターゲットであるセリカはすでに道を通り過ぎていて、道を塞いだ岩の隙間から赤いテールランプがチラチラと見えていた。


「くっそたれ! こうなったら、ここを突っ切っるしかねぇ!」


「丸太ならともかく、こんなデカい岩を飛び越えるなんてできるわけないじゃないですか!」


 岩の直径は5mを優に越えていそうな大きさだ。

 秘密兵器を使ったとしても、越えるのは難しいだろう。


「飛び越える? バカ言っちゃいけねぇ。避けりゃーいいんだよ、こういうのは」


 そう言うと、右側の斜面に車体をぶつけにいく。

 ビックリした杉野が、必死に両腕で頭をガードし、目をつぶった。



 衝突するかと思いきや、少しばかりの振動だけで終わった。

 恐る恐る目を開けてみると、なんと山の斜面に張り付いて走っているではないか。

 そのまま岩を避けると、ゆっくりと左に寄っていき、元の平坦な道に戻った。


「ほら、簡単だろう」


 今迄一度も見たことがないほどのドヤ顔をエリックが見せると、再びセリカの後を全速力で追いかけていく。



 だんだんと道が広くなってきて、峠道も終盤に差し掛かってきたことが分かる。


「もうすぐデカい道に入っちゃいますよ。このままじゃ、逃げられちゃうんじゃ……」


「分かってるっつーの!」


 杉野の忠告にイライラした口調でエリックが答えると、また何かのスイッチを手渡してきた。


「まだあるんですか!? 仕掛けすぎでしょう!」


「いいから! 早く押せ!」


 エリックに急かされて、杉野は嫌々トリガー式のスイッチに指をかけた。


「あーあと言い忘れてたが、そいつを押したら爆発音が聞こえてくるまで離すんじゃねぇぞ」


「へぇ!? なんですか!?」


 エンジン音に紛れて、不穏な言葉が聞こえたような気がして、杉野は思わず聞き返した。


「だから、ドーンって音が聞こえるまでスイッチを離すなって言ったんだ! いいな! 絶対に離すなよ!」


「……了解しました」


 やはり、またろくでもないことになりそうだと思いながらも、覚悟を決めてスイッチを押した。



 特に周りに変化はなく、ひとまずは安心した。

 スイッチにも変化はないようだ。

 ホッとして前方に目を戻すと、セリカのテールランプが遠くの方に煌々と光っている。

 ターゲットの姿を視認した次の瞬間、突然セリカが火柱に包まれた。

 ほんの一瞬遅れて、大音量の爆発音が響いたので、杉野は反射的に耳を塞いでいた。



 最初は耳鳴りで聞こえなかったが、しばらくすると聴覚が回復してきて、横からエリックの歓喜の雄たけびが聞こえてきた。


「よっしゃぁぁ!! ついに、峠荒らしのくそったれを捕まえてやったぜぇ! いやっほぉぉぉぉ!!!」


 ひどく興奮した様子のエリックだったが、意外にも丁寧な運転で、真っ二つになった車の形をした鉄塊へ近づいていく。



 車から降りて近づいていくと、燃え盛る残骸から人影が這い出てきた。


「あれ、生きてるんじゃないですか!? 助けないと!」


「まあ、待て。一旦、様子を見て、生きてそうなら助けりゃいい。もしも死人だったら問答無用で捕獲しろ」


 言うとおりに、しばらく観察していると、遠くからエンジンの音が聞こえてきた。


「おい、やべぇぞ! 他の奴らにこんなところ見られたら警察呼ばれちまう」


「じゃあ、どうしますか? 捕獲します?」


「よし、捕獲だ! 後ろの座席にソウルキャッチャーがあったはずだから、ちょっと持ってきてくれ」


「へーい」


 生返事を返して、杉野がカマロに戻ると、後部座席のガラクタの山を引っ掻き回す。

 重そうな機関銃や手榴弾がわんさか入った弾薬箱などを仕分けながら、目的の物を探していく。


「おーい! まだか? 早くしねぇと部外者が来ちまうぞ」


「もうちょっと待ってください! ……こんなことなら整理しとけよ、ハゲ坊主」


「あぁ!? 何かいったか!?」


「いえ! なにも言ってませんよ!」


 エリックとのやり取りにもそろそろ飽きてきた頃、ようやく目的の物を見つけた。



 エリックの元へ戻ると、あきらかに苛ついた様子で仁王立ちしていた。


「いや~、すんません。ちょっと物が多かったので……」


「おう、それは悪かったな。今度からはちゃーんと整理しとくから、秒で見つけろよ、生意気坊主」


 どうやら、全部聞こえていたらしい。



 気を取り直して、残骸から這い出てきた人影に近づいてみる。

 残骸が燃えているおかげで、残骸の近くはライトなしでも問題なく歩けた。

 人影を近くで見てみると、なんと、頭があるであろう場所には何もなかった。

 まるで、ボロボロの服だけが車から這い出てきたようだ。

 しかし、服をよく見てみると人が着ているようなふくらみがあった。

 試しに触ってみると、黄色い服を着た何かがモゾモゾっと動いた。

 杉野がビックリして後ずさったほんの一瞬の隙をついて、服は何処かへ引っ張られるように逃げ出した。


「撃て! 杉野!」


「は、はい!」


 パン、パンと二発を続けざまに撃ち、三発目はライトを点け、狙いをしっかりつけてから撃った。

 どうやら、三発のうち一発は当たったようで、服の動きが鈍っていく。


「三発撃って当たったのは一発か……杉野! 帰ったら特別に個人トレーニングをつけてやるから、楽しみにしとけよ」


「そ、そんな~」


「ハッハッハ、冗談だ。にしてもよく当てたもんだな、こんな暗い中で当てられるとは思ってなかったぜ」


「もっと信頼してくださいよぉ」


「ガッハッハッハ、わりぃわりぃ」


 なんだかんだとやっていると、視界の端に黄色い何かが動くのが見えた。

 とっさに銃を構えて近づき、服に銃口を押し当て、引き金を引く。

 今度こそとどめをさせたようで、黄色い服がぶるっと震えると全く動かなくなった。

 また逃げられる前に、ソウルキャッチャーを服の襟口から突っ込む。



 しばらく吸収させると、急に服のふくらみがなくなり、ただの黄色いTシャツになった。

 服の中に手を突っ込んで、砂鉄らしき黒い粉にまみれたソウルキャッチャーを回収すると、エリックに手渡す。

 受けとったエリックが腰のホルスターにソウルキャッチャーを挿すと、ビーと電子音が鳴った。


「よーし! これで今回の作戦は完了だ。残業させちまって悪かったな、なんならあらためて他の峠でも走りに行くか?」


「いいです。早く帰らせてください」


「そうか? 遠慮しなくてもいいんだぞ」


「遠慮なんてしてません! ほら、ライトと銃、返しますから、早く車に戻りますよ」


 エリックにマグライトと拳銃を手渡すと、杉野は足早に車へ戻った。


「つれねぇなぁ~。しょうがねぇ、そろそろお開きにしますかな……ん?」


 エリックがなかなか来ないので振り返ってみると、峠の反対側から来た走り屋のヘッドライトに照らされて、エリックの坊主頭が光っているのが見えた。



 眩しさに目が眩んでいると、エリックが全力疾走で戻って来た。


「やべぇ! 銃、持ってるとこ見られちまった。とっととずらかるぞ」


「っていうか、なんで逃げなきゃいけないんですか!? 警察の上層部にでも頼んで、隠蔽してもらえばいいんじゃ?」


「んなもん、警察ならまだしも一般人相手には効かねぇよ! 早く車に乗れ!」


 杉野が急いで車に乗り込むと、シートベルトをする猶予も与えずに、エリックが車を急発進させた。

 そのまま反対方向に逃げると思いきや、道を外れて山の斜面を駆け下りていく。


「くそ! ハロゲンじゃ見難くてしょうがねぇ!」


 そう言うと、トグルスイッチの一つを操作する。

 すると、ヘッドライトがオレンジ色の頼りない光から白色の明るい光へ変わった。


「これも秘密兵器ですか?」


「へへっ、まさかこんなことで使うとは思わなかったぜ」


 1km先も見えそうなほどの光の中を、木々が結構なスピードで迫ってくる。

 それを、右へ左へと車体を動かし、軽々と避けていきながら、カマロは猛スピードで山を駆け下りていく。



 しばらく斜面を下っていくと、急に視界が開けた。

 どうやら、麓の国道に出たようだ。



 国道をしばらく走っていると、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。


「くそったれ! もう追手が来やがったか!」


「なんかそれっぽく言ってますけど、パトカーが来ただけですからね! 悪の組織かなんかに追われてるわけじゃないですからね!」


「ばっきゃろー! もし捕まったら、朝まで地獄の尋問コースだぞ。今の俺らにとっちゃ、睡眠時間を奪おうとする悪の組織だ」


「そいつはまずい。もっと飛ばしてください。Hurry(急げ)! Hurry(急げ)!」


Yes sir(了解)!!」


 エリックが右手で敬礼し、振り下ろした手でそのままニトロのボタンを押した。



 ふと、ルームミラーを見ると、遠くの方に赤いパトランプの光が見える。

 さっきの噴射でガス切れしたのか、あれからエリックがボタンを押すことはなかった。


「そういえば、最後のトラップってなんだったんですか?」


「あぁ、あれか? ありゃ~対戦車地雷を仕掛けといたんだよ。もちろん、ちゃーんとスイッチを押してないと反応しないようになってるから、CCWに引っかかることもないぞ」


「多分、日本に地雷持ち込んでる時点でアウトだと思うんですけど……」


「もう爆発しちまったんだから、セーフだってーの」


 セーフだアウトだと言いあっていると、前からサイレンの音が近づいてきた。


Bitch(くそったれ)! どんどん増えやがる」


 パトカーに追いつかれる前に、ハンドルを思いっきり切って田んぼの畦道へ車を突っ込ませる。

 道はガタガタで、時折タイヤが滑って車体が右や左にふらふらする。

 それでも、アクセルを抜かずに全速力で逃げていく。



 しばらく走っていくと、見覚えのある道に出た。

 杉野がどの道だったか思い出そうと難儀していると、少し行ったところに線路が見えてきた。


「あー! 出入口のところか!」


 突っかかってた物が取れた杉野がすっきりしているのとは対象に、エリックの表情には焦りが見えていた。


「どうしたんですか? もう少しでゴールじゃないですか」


「いやな、この時間帯のダイヤをド忘れしちまってな。もしかしたら、電車に突っ込むかも知れねぇがいいか?」


「それだけは勘弁してほしいですね。もし、死んだら一生恨んでやりますよ」


「大丈夫だ。死ぬときは二人一緒だからな!」


 何が大丈夫なのかは分からないが、これ以上悩んでいては警察に追いつかれてしまう。

 もはや、二人に選択の余地は残されていなかったのだ。


「ええい、ままよ!」


 エリックが覚悟を決めてトンネルに入っていくと、幸運なことにまだ電車は来ていなかった。


「ふぅ~、あともうちょっとで帰れるぞ!」


 エリックの安心しきった声に、杉野はホッとした。

 あともう少しで、ゴールだ。



 トンネルの真ん中辺りまで車を進めていくと、エリックが端末を取り出して、ポチポチと操作した。

 すると、コンクリの壁がゆっくりとせり上がっていき、中から明かりが漏れてくる。

 やっと帰れると、安心しきった杉野が安堵の溜め息をつく。

 しかし、ホッとしたのも束の間、車が半分くらい中に入ったところで、エンジンが止まってしまった。 


「なんで止めるんですか!? あともう少しなのに!」


「いや、俺が止めたんじゃねぇよ。ただのガス欠だ」


「なーんだ、ガス欠か」


「「ハッハッハッハッ」」


 二人して呑気に笑っていると、何処からか電車の走る音が聞こえてきた。

 二人が顔を見合わせると、どちらからともなく車から出て、後ろに回り、車体を押し始めた。

 電車の運転手もこちらに気づいたようで、汽笛とブレーキの音が聞こえてくる。

 一回目はエンジンが動いていたからまだ良かったが、二回目は人力で動かしているので、より死を身近に感じ、電車の動きがゆっくりに見えた。



 ギリッギリのところで、車と一緒に中へ滑り込む。


「よっしゃぁぁぁぁぁ!!! 生きて帰ったぞぉぉ!!!」


杉野はあともうちょっとで足を持ってかれるところだったので、謎の高揚感のおかげでテンションが上がり、思わず叫んでいた。



 そのままカマロをエレベーターに押し込むと、緊張の糸が切れた杉野の腰が抜け、その場に座り込む。

 一日に何回も死にかけて、死に際のスローモーションなどを体験してしまったのだから、当然だ。


「いっやー、危なかったなぁ。さすがに今回ばかりは死ぬかと思ったぜ」


「ほんとですよ! もう教官の車には二度と乗りませんからね!」


「んなこと言わずに、また行こうぜぇ。今度は長野の方にでも行ってみるか!」


「行きません!」


 エレベーターが目的階につくまで、行く行かないの押し問答が繰り広げられた。



 地下に降りても車が動かないので、坂田に連絡してガソリンを持ってきてもらうことになり、最終的に自分の部屋に帰れたのは、次の日の午前一時を回ったところだった。



 結局、その日の訓練は仮病を使い、ずる休みした杉野であった。

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