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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第一章 Soul Research Institute
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16 幼い怪物

 会社に戻った杉野達へ「デブリーフィングをやるから、会議室で待つように」と博士達から指示があった。

 言われた通りに地下五階の会議室で待っていると、重そうなタンクを抱えたエリックと満足気な表情の博士が入ってきた。


「これよりデブリーフィングを始める。まずは一週間とちょっとの現場作業、ご苦労であった」


 博士が杉野達を労ったかと思うと、ホワイトボードへ何かを書き出した。


「まず、今回の任務についてだが、結果は捕獲失敗だった。しかし、ターゲットの正体は分かった。それが、何よりもの収穫であったと言えよう」


 博士の説明と共に、ホワイトボードに誰かの名前が書かれる。


「ターゲットの生前の名前は『今井(いまい) 友子(ともこ)』というそうじゃ。警察の話によると、三十年も前に行方不明になっていたらしい。ちなみに、あの白骨死体にはある特徴があったそうだが……杉野君、分かるかね?」


「……骨が粉々になってたことですか?」


 第一発見者である杉野は、警察の事情聴取の時に散々死体を見せられていたので、嫌でも分かった。


「そのとおり。鑑識の話では、死因は自動車事故による複雑骨折らしい。これはワシの推理なんじゃが、あの廃墟の持ち主が事故を起こし、轢き殺した今井友子ちゃんの死体を廃墟に持っていって、あの床下収納に遺棄したのだろう」


「ちなみに、その持ち主の名前って……?」


 嫌な予感がした杉野は恐る恐る聞いてみた。


「あぁ、確か、『斎藤 信宏』とかいう男だそうだ」


 予感が的中した杉野が、坂田に耳打ちする。


「やっぱりあのソアラを潰したのはまずかったんすよ!」


「いやいや、あんだけ潰れてたら、中の免許証も粉々になってるから大丈夫だろうよ」


「なーに、コソコソやってんだ?」


 怖い顔をしたエリックが二人の顔を覗き込む。


「あ、いや……昨日の作戦中に戦車で廃車の山に突っ込んだじゃないっすか。実は、その斎藤なんちゃらの車もその時に潰れちゃったみたいで……」


 それを聞いて、博士とエリックが顔を見合わせる。


「ふーむ……まあ、やってしまったものはしょうがない。最悪、警察に色々聞かれるかも知れんが、とりあえずは重機で誤って潰してしまったということにしておこう」


「っていうか、なんで警察に隠さないといけないんですか? 協力関係にあるんじゃ……」


 不審に思った杉野が聞いてみる。


「あーそれはな、上層部とは連携しているのじゃが、末端まではワシらのことを知らされていないんじゃよ。まあ、一応は秘密結社のようなもんじゃからの」


「なるほど」


 なんとなく納得いかなかったが、とりあえず相槌だけ打った。


「まあ、どっちにしろ三十年以上前のことじゃし、遺棄した犯人もとっくに死んどるもんじゃから、そう長いこと捜査することもないじゃろう。ほとぼりが冷めたらまた捕まえに行くぞ」


「そのことなんですけど……」


 杉野が申し訳なさそうに手を挙げた。


「なんじゃ?」


「今日、あの廃墟から帰る時にですね、その子供の幽体というか、魂というか、そういうのが見えたんですけど……」


「なぁぁぁにぃぃぃ!!! なぜ捕まえなかった!」


 博士が珍しく大声を上げて、杉野に詰め寄る。


「いや、あの、捕獲する道具もなかったですし、すぐに消えちゃったんで……」


 杉野がどもりながらもどうにか言い終わると、博士の顔から生気が消えた。


「そ、そんな……せっかくの特異個体が……」


 博士が膝から崩れ落ちて、床に手をつく。


「その特異個体? ってのは、何が特別なんだ?」


 坂田が遠慮なく聞くと、博士がぼそぼそと説明しだす。


「あの幽体はな、複数の幽体が融合しとるんじゃよ。まあ、そういう個体は他にもいるんじゃが、あやつは複数の魂を持っていながら、まるで一つの個体のような挙動を見せるんじゃ。他の融合個体は大抵他の人格がケンカしてまともに動くのもままならぬのに、あやつは逆に融合していない個体よりも素早くかつ狡猾に、まるで捕まえに来た人間をあざ笑うかのごとく立ち回るんじゃよ。しかもたちの悪いことに、あやつの周りにはなぜか幽体がどんどん集まってくるんじゃ。おそらく、何かしらのフェロモンか何かを出しておるのかもしれん。どういう理屈かはわか――」


「それって――」


 八坂が博士の説明に割り込んだ。


「それって、庇護欲みたいなものなんじゃないですか? 子供なら生きてても死んでても大人が守ってやらないとって感じで集まってるとか」


「ほう、なかなかおもしろい推理じゃのぅ。確かに、仮に幽体にもそのような感情があるとすれば、あのような廃墟で泣いている子供がいたら、例えそれが自分と同じ幽体でも守ってやろうとなるじゃろうな。しかし、その子供の姿は疑似餌なのかもしれん」


「疑似餌?」


 八坂が首を傾げる。


「そうじゃ。おびき寄せられた者を食らうために、自らが疑似餌になっているのではないかとわしは考える」


「んなもん、おかしいぜ。だって、もう死んでるのに食う必要なんてねぇだろ?」


「死んでいても人間の食欲というものは、止められないんじゃよ。それに、死んだからといって、何も食わないというわけでもないぞ。最近の研究では、幽体は電気を食べて自分の姿かたちを保っていると考えられておるしのう」


「それなら、電線とかから食えばいいんじゃねぇの?」


「確かに電線から電気を補給している幽体も多い。実際、あの近くには送電線も多いから幽体が集まりやすいんじゃろうな。しかし、いつも同じものを食べていたら飽きてしまうのが人間じゃ、時には電線からの電気以外のものも食いたいじゃろうて」


 博士の言いたいことを理解した四人の顔が強張った。


「……つまり、他の幽体を食べていると?」


 青い顔をした神谷が恐る恐るといった感じで聞いた。


「まあ、そういうことじゃな。子供というのは意外と残酷なところがあるからのぅ、自分を心配して集まってきた奴らを隠れて食っているのだろう。そうして仲間の味を覚えてしまった個体は、そのうちにとんでもない怪物になるやもしれん。それを捕まえれば相当な研究材料になったじゃろうに、ほんとに惜しいことをしたもんじゃわい」


 ようやっと博士の説明が終わったが、杉野の中にある疑問が残る。


「そういえば、あの幽体が消えたのってどういう現象なんですか? 成仏したとか」


「あぁ、それはただ単に食うものがなくなって、自分の姿が保てなくなったんじゃろう。一度消えてからまた現れたという話は聞かないから、もう消滅してしまったんじゃろうな」


「消滅したらどこに行くんですか?」


 杉野がこれまた哲学的な質問を投げかける。


「それがまだ分かってないんじゃよ。天国に行くのか、はたまた他の生命に生まれかわるのか、そこらへんはワシらの管轄外じゃから、詳しいことは牧師や坊さんにでも聞いた方が良いじゃろう」



 博士が話し終わると、杉野達の後ろで聞いていたエリックが手を挙げた。


「なんじゃい?」


「一つ聞きたいんだが、昨日戦車から降りてからの記憶があやふやでな、誰か何か覚えてねぇか? 確か、機関銃を撃ってたような気がするんだが……」


「あーっともうこんな時間じゃ! 君らも疲れておるじゃろうから、これにてデブリーフィングは終了とする!」


 話を切り上げると、逃げるようにエレベーターに乗ってしまった。



 残された五人の間に微妙な空気が流れる。


「……お前ら、何か知らねぇか?」


 あの傲慢だったエリックが、すがるような目で杉野達に聞いてきた。


「い、いや~俺らもよく覚えてねぇというか……暗かったし……」


「そうか……」


 エリックはそれだけ言うと、考え事をしながらエレベーターに乗っていった。



 そうして、杉野たちの初めての仕事は失敗に終わったのであった。



 そして、念願の土日休みがやってくる。

 杉野達は久しぶりにホームで過ごす休日にもかかわらず、またあの廃墟があった場所へ向かっていた。



 目的地に着くと、瓦礫も廃車の山も綺麗に片づいていた。

 警察の捜査の後、博士が清掃業者に頼んで片づけてもらったらしい。

 あのキャタピラの跡が付いたソアラも、跡形もなく片づけられている。



 杉野達は廃墟があった土台の前に線香をあげ、手を合わせる。


 あの子供の幽体に食われたかもしれない哀れな魂へ黙祷を済ませると、誰も何も言わずに各々の愛車に乗り込み、イカれた博士やうるさい鬼教官の待つ、古ぼけたビルへと帰っていった。

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