14 その機関銃を止めろ
日が暮れてくると、周りがどんどん暗くなってくる。
暗くなってしまっては、せっかく戦車まで使って作った有利な状況が台無しになってしまう。
タイムリミットは刻一刻と近づいてきているのだ。
杉野達は小屋へ急いで入ると、銃やらソウルキャッチャーやらを装備していく。
ふと気づくと、あれだけ張り切っていたエリックの姿が見当たらない。
軽く探してみると、小屋の隅で何かごそごそとやっているのを見つけた。
見兼ねた坂田がエリックに声をかけた。
「なにやってんすか? 早くしないと暗くなっちゃいますよ」
「いやー悪い悪い、こいつの準備をしてたんだよ」
その手には、あのMG42が抱えられていた。
ピカピカに磨き上げられたその機関銃には、すでに弾帯が装填されている。
ふと見ると、エリックの足元に茶色く錆びた弾薬箱が空っぽになって捨て置かれていた。
「それ使うんすか?」
「あたぼうよ! なかなかねぇからな、こんな広いところで戦うなんてのは」
嬉しそうに言ってから、エリックは弾帯を上半身に巻きつけ、小屋を部屋を出ていった。
廃墟の横に立つと、自分達のしたことに恐怖を覚える。
あのボロボロの洋風屋敷が綺麗に半分だけ崩れてしまっているのだ。
瓦礫の山には、人形やらトイレの残骸やらが混ざってカオスなことになっていた。
「こいつは、なかなか……」
坂田はそこまで言って、言葉を失った。
あまりに現実離れした光景は、人から言葉を奪ってしまうのだ。
ふと、気づいたことがある
手前の瓦礫群は夕日に照らされてまだ明るい。
しかし、奥に残っている半分になった廃墟の中は日が当たらないようで、暗くてよく見えないのだ。
とはいえ、肉眼では見えなくても、ソウルアイ越しには幽体の影が大量に見えた。
なんとなく、暗いところにへばりついて、こちらを睨んでいるようにも見えた。
「んじゃ、俺がこいつを斉射するから、お前らは弱った幽体を捕まえてくれりゃーいい。もし、まだ生きのいい奴がいたら、自分の銃でとどめを刺せ」
「「「「了解!」」」」
返事が奇麗にハモッた杉野達四人は、エリックの後ろで待機することになった。
エリックが機関銃のトライポッド――機関銃用の三脚――を立て、その場に腹ばいになると、T字型のコッキングハンドルを引き、射撃準備を完了させた。
いくらかの静寂が流れたのち、異名通りの電動ノコギリのような発砲音が鳴り響く。
その音と共に、廃墟に集まる幽体の群れが瞬時にして霧散していった。
「あれ、消えてないっすかね?」
杉野は不安になってきた。
「粉々になってるだけじゃねぇか? こいつで吸い取れば、中で合体して元に戻るんじゃね?」
言いながら、腰のホルダーからソウルキャッチャーを取り出し、夕日にかざす。
その銀色の杭は、オレンジ色の夕日に照らされて、鈍い光を放っていた。
それは、とても奇麗だった。
今迄、学んできたことが通用しないような非常識な仕事の最中に、こんなに奇麗なものが見られるのかと、杉野が感動してしまうほどに。
そんなことをやってるうちに、弾が切れたのか、あれだけ続いていた発砲音が聞こえなくなっていた。
ようやっと出撃かと思い、待機していた杉野達はホルスターから銃を抜いて、廃墟に近寄ろうとした。
しかし、エリックが次の弾帯を機関銃にセットし始めたので、杉野達は慌てて元の位置に戻る。
「まだ撃つみたいですよ」
「マジかよ……これ以上やったら、ほんとに獲物が残らんのではないか?」
坂田が心配そうに、廃墟の陰で怯えている幽体を見ながら言った。
機関銃の装填が終わったようで、また電動ノコギリのような発砲音が聞こえ始める。
いくらか撃ったかと思うと、エリックはおもむろに機関銃を小脇に抱えて立ち上がり、廃墟に向かって機関銃を乱射しながら歩き出した。
「なんだぁ? 自分から廃墟に向かって行ったぞ」
「っていうか、今更なんですけど、あれ、実弾使ってません?」
杉野は少し前から疑っていたことを、他の三人に聞いてみた。
「まっさかぁ~、あの鬼教官がそんなミスするはずねぇだろ」
坂田が言い終わる前に、廃墟の柱が折れる音が聞こえてきた。
よく見ると、壁のあちこちに弾痕が開いていて、そこから夕日の残光が漏れている。
身の危険を感じた四人は、近くの廃車の陰に隠れた。
「いやいやいや、何やってんだよ! あのハゲ坊主!」
「しかも、なんかあれ、我を失っているように見えるんですけど……」
神谷がそんなことを言うので、坂田が廃車の陰からエリックを観察してみる。
そこには、口からは涎をたらし、目は白目をむいて、どう見てもまともではない鬼教官の姿があった。
「あのバカ教官! 憑りつかれてんじゃねぇか!」
「博士に連絡しましょう! こんな時の為に、何か対策を考えているはずですよ、きっと!」
冷静な神谷が端末で博士を呼び出すと、坂田がもぎ取るように端末を奪った。
『もしもし、ワシじゃ。なにかあったか?』
「なにかあったか? じゃねぇよ! あのハゲ坊主が憑りつかれちまったんだよ! しかも、実弾詰めた機関銃まで乱射してやがるしよう!」
坂田が端末に向かって、わーわーと捲し立てた。
『なるほど……とりあえず、弾切れしたところを狙って確保してくれ。その後は……まあ、どうにかしよう』
博士の指示を聞いて、四人がまた廃車の陰から顔を出す。
エリックの胴体には、何重にも弾帯が巻きつけられている。
おそらく、弾切れになってもすぐに再装填して、また乱射し始めるだろう。
もし失敗すれば、間違いなく殉職するだろうことは素人の杉野達でも分かる。
とはいえ、このままではここから動けないし、下手したらエリックがこちらを探してくるかもしれない。
「やるしかねぇか……」
そう、覚悟を決めた坂田は呟いた。
この時ばかりは、坂田に惚れてしまいそうになった杉野であった。
また発砲音が途切れて、エリックがガチャガチャとやっているうちに、覚悟を決めた四人が同時に廃車の陰から飛び出した。
しかし、思ったよりも距離があったようで、一番足の速い坂田でも機関銃の装填が終わるまでにエリックの元へ辿り着けなかった。
足音に気づいたエリックが、こちらに首をグルッと向けると、銃口をこちらに向ける。
一瞬の判断で、各自そこいらにあったガラクタの陰に急いで隠れた。
洋風のバスタブの陰に隠れた杉野は、他の三人の無事を確かめる為にあちこち見回した。
神谷と八坂の二人はすぐに見つかったが、坂田の姿が見当たらない。
坂田が、杉野よりもエリックに近づいていたことを思い出して、バスタブの陰から慎重に顔を出す。
その瞬間、陶器のバスタブに銃弾が当たり、キーンと甲高い音を響かせる。
間一髪のところで頭を引っ込めた杉野の心臓が、バクバクとビートを刻んだ。
あの一瞬で、坂田の無事な姿を見つけることができたのは幸いだった。
しばらく発砲音が続き、たまに弾がバスタブに当たると、杉野の心臓が破裂しそうなほどに高鳴る。
発砲音が完全に聞こえなくなったタイミングを見計らって、杉野は覚悟を決めて飛び出した。
バスタブの陰から出ると、すでに坂田がエリックの背中に飛び乗り、羽交い絞めにしていた。
しかし、機関銃にはすでに弾帯が装填されており、エリックが暴れるたびにあちこちに銃弾が飛んでいく。
杉野もエリックの右足にしがみつき、どうにかして転ばせようとした。
ようやく追いついた神谷も、エリックから機関銃を取り上げようとする。
しかし、2m近い筋肉モリモリマッチョマンに勝てるはずもなく、三人とも振り払われてしまう。
地面に転がった杉野達にエリックが機関銃を掃射しようと、銃口を向け、トリガーを引いた。
しかし、発砲音がなることはなかった。
なんと、神谷がどさくさに紛れて機関銃に装填されていた弾帯を抜いていたのだ。
そのチャンスを逃すまいと、ここぞとばかりに坂田が殴りかかった。
エリックが、坂田の渾身のストレートをひらりとかわし、機関銃を捨てたかと思うと、腰のリボルバーを抜いて、坂田にぶっ放した。
「痛ってえぇぇぇぇ!!!」
幸いにも、リボルバーの方は幽体用の銃弾だったようで、穴が開くどころか血も出ない。
ゴーグルをしているので失明することもないが、それなりの威力で飛んでくるので痛いものは痛い。
しかも、散弾の方を撃たれたようで、坂田はしばらくの間、あちこち痛そうにさすっていた。
坂田の犠牲により、無害だと確認できたので、杉野と神谷でエリックを押さえにかかった。
少し遅れて、坂田もエリックを羽交い絞めにしようとするが、逆に三人は振り回されてしまった。
しばらくグルグルと振り回されてから、勢いよく吹き飛ばされてしまう。
もはや、どうにかする気力も体力も枯渇してしまった杉野達三人が地面に転がっていると、エリックが腰に差していた軍用のサバイバルナイフを抜いて、こちらに近寄ってきた。
杉野達三人は力が入らなくなった身体に鞭打って這いつくばりながら逃げようとするが、歩いて向かってくる相手から逃げられる気がしない。
諦めかけた杉野の耳に、エリックの消え入りそうな呻き声が聞こえた。
振り返ると、八坂が何処からか拾ってきた錆びた鉄パイプを持って立ち尽くしているのが見えた。
その足元には、エリックが股間を抑えた格好で気絶していた。




