13 ホラーをぶっ壊せ!
昼飯を挟んでから、次の作業に入っていく。
次は戦車による、廃墟の解体作業だ。
待ってましたと言わんばかりにエリックが戦車に乗り込むのを、杉野達がプレハブ小屋から見守っていると、戦車のハッチからエリックの怒鳴り声が聞こえてきた。
「お前ら! 何やってんだ! 早く乗り込め!」
怒鳴られた杉野達は急いで小屋から飛び出て、戦車に向かった。
まず坂田が戦車の後ろによじ登り、そこから杉野へ手を伸ばす。
「掴まれ杉野!」
「はい!」
坂田の逞しい腕に引かれて、杉野は戦車の背中へよじ登った。
こういう時に、腕っぷしの強い人が一人いると、とても心強い。
次に二人で神谷を引っ張りあげると、最後に八坂を慎重に上げる。
手がやわっこくて、とても良い匂いがした。
全員が戦車の背中に上がったら、一人づつ頭のハッチから中へ入っていく。
中に入ると、鉄と油と少しだけ火薬のにおいがした。
「遅せぇぞ、お前ら! 戦場では一分、一秒が命取りとなるんだぞ!」
「いや、俺らも操縦するなんて聞いてないっすもん」
「馬鹿野郎! 戦車を一人で操縦できるわけねぇだろう」
なんやかんやと口論しながらも、エリックの指示で配置についていく。
神谷は車の運転が得意だと言うので操縦手に、坂田は腕っぷしを認められ装填手に、杉野は装填手にするには力が足りないので仕方なく砲手に、最後に残った八坂は通信手として配置された。
エリックはというと、杉野と坂田の後ろに付き、車長として各人員に指示を出す。
「よし! じゃあ、まずは廃墟の前まで行ってくれ」
指示を受けた神谷が、真ん中のレバーを倒しギアを入れる。
「パンツーフォー!」
何やら叫びながら、神谷が左右にあるレバーを倒すと、戦車が動き出したのが砲手の杉野からも分かった。
しかし、廃墟に近づくどころかドンドン遠ざかっていく。
「ストォォォプ!!! 止まれ! 神谷!」
杉野の後ろでエリックが叫んだ。
「え、えーと……これか!」
神谷がブレーキを踏むが間に合わず、戦車は廃車の山に突っ込んでしまった。
「はぁー……神谷、落ち着いてもう一度前進に入れてみろ」
「は、はい!」
今度は失敗しないように、ゆっくりと真ん中のレバーを操作して、そーっとアクセルを踏む。
すると、ゆっくりとだが戦車が前進し始めた。
十分くらいかけて、なんとか廃墟の前へ辿り着いた。
「いよぉぉぉし! いい子だ! こっからは砲撃だけだから、神谷は休んでてくれ」
「わっかりました!」
元気よく答えたと思うと、緊張の糸が切れた神谷が操縦席でぐたっとなった。
「お前ら、ついにお待ちかねの砲撃タイムだ! 気合入れていけよ」
「「イエッサー!」」
杉野と坂田がノリノリで答える。
まずは坂田が砲弾を装填し、砲撃準備を整える。
そうしたら、今度は杉野が照準器を覗いて、狙いをつける。
照準器越しに見えた廃墟には、白いばってんマークが五つ、一階部分の左側だけに描いてあった。
あらかじめ撃ち抜く箇所を廃墟の壁に白いペンキで印を付けておいたので、そこを狙って撃てばいいというわけだ。
照準器にいくつか描かれている三角マークの中でも一番大きい真ん中の三角を、廃墟のばってんマークの一つに合わせる。
「照準完了しました!」
「よし! 合図したら撃て!」
エリックの合図を待つ間も、ちゃんと狙えているか心配で、照準をちょこちょこ微調整する。
「3、2、1、FIRE!!」
エリックの合図で、杉野はトリガーを引いた。
ドパァァァン!!
今迄の人生で一度も聞いたことがないほどの大音量で、砲撃音が鳴り響く。
音と一緒に、かなりの振動が全身に伝わってきた。
カコォォォン!!
砲撃とほぼ同時に、空薬莢が車内に飛び出してくる。
「まだ熱いから触るんじゃねぇぞ」
うっかり触りそうになった神谷が慌てて手を引っ込めた。
砲撃の余韻に浸っていた杉野が我に返ると、肝心の戦果を確認する為に再び照準器を覗いた。
まだ、廃墟のばってんマークは五つとも健在だ。
どうやら外したようだ。
「……外れました」
「ドンマイだ、杉野! 次弾装填! 急げ!」
エリックからの指示を聞いて、坂田が次の砲弾を重そうに持ち上げる。
今回使う砲弾は硬芯徹甲弾というもので、かなり重いらしい。
あんな重そうな物を持ち上げずに済んだのは、かなり運が良かった。
坂田には悪いが、適材適所なのだからしょうがない。
この時の杉野は油断しまくっていた。
だがしかし、砲手も砲手で大変な役割であることを、すぐに知ることとなる。
装填が終わり、杉野が照準器を覗こうとすると、エリックが止める。
「さっきのは緊張で手が震えていたのが原因だろう。次はリラックスして狙ってみろ」
エリックのアドバイスを聞いて、照準器から目を離した杉野は深呼吸をして心を落ち着かせた。
緊張も溶けて、準備万端となった杉野が再び照準器を覗く。
今度はしっかりとばってんマークに狙いをつけ、一瞬息を止めてから、トリガーを引く。
一回目よりは驚かなくなった砲撃音に紛れて、柱の折れるバキッという音が聞こえた気がした。
砂煙が収まると、廃墟のばってんマークが四つになっており、狙っていたばってんマークがあった所には野球ボールくらいの穴が開いていた。
耳を澄ますと、廃墟を貫通した砲弾が木々をなぎ倒している音がまだ続いていた。
次のターゲットを狙い、砲弾を撃ち込む。
今度は、外すことなく正確に撃ち抜けた。
その後は少し疲れてきたのか、二つのばってんを撃ち抜くのに六発も使ってしまった。
そして、ついに最後のターゲットとなる。
坂田が慣れた手つきで、砲弾を装填する。
これで十発目の装填なのだから、当然といえば当然だ。
「よーし、こいつで最後だ。ちょいとばかし集中力が切れてるようだから、これでも噛め」
そう言って渡されたのは、見たことない文字が書かれた包装の板ガムだった。
口に放り込んで一噛みしてみると、甘ったるい味と海外物特有のなんともいえない匂いが口の中いっぱいに広がる。
最初のうちはこんなんで集中できるのかと思っていたが、しばらく噛んでいると味がしなくなり、割と集中できた。
そのまま集中状態を維持して、照準器を覗き、慎重にターゲットを狙う。
確実にばってんマークのど真ん中に狙いをつけ、トリガーに指をかける。
トリガーを引こうとした瞬間、照準器の右端に人影が見えた気がして、思わず狙いが左にそれてしまった。
気づいた時にはトリガーを引いていて、照準器からは砂煙しか見えなくなる。
「すいません、外れました」
「おいおい、これじゃ~日が暮れちまうぞ」
「いや、なんか人影が見えた気がして…」
エリックに言われた杉野が言い訳を返す。
「人影? ……八坂、博士に繋いでくれ」
通信手席の八坂がこちらに振り向いて、困った顔をした。
「機械の操作が分かりません」
「あー……んじゃ、端末で呼び出せ。俺のは小屋に忘れてきちまってな」
「分かりました」
そっけない返事を返して、八坂が自分の端末で博士を呼び出す。
『もしもし、わしじゃ。なにか問題でも発生したか?』
端末から博士のしわがれた声が聞こえてくる。
「あー、ちょっとよく分かんないんで、教官に変わります」
八坂が杉野に端末を手渡し、それを後ろのエリックに渡す。
「もしもし、俺だ。いやなに、大したことじゃぁないんだが、杉野が人影を見たって言っててな。そっちはどうだ? 何か見てないか?」
『うーむ、こちらからだと遠くてほとんど見えんのじゃ。まったく、歳は取りたくないのう』
「そうか、それじゃあ見えてても気づかねぇわな。分かった、とりあえず早いとこ終わらせて、念の為に山狩りでもして不審者を炙り出すか」
『まあ、そこまでせんでも大丈夫じゃろう。バレそうだったら、映画の撮影とでも言っておけばええわい』
「OK、んじゃ、そういうことで」
エリックが通信を切り、端末を杉野に渡す。
またそれを下にいる八坂に手渡した。
「とりあえず、またなんか見たとしても気にするな。早いとこ終わらせないと、ほんとに日が暮れちまう」
「了解です」
それで良いのかと思った杉野だったが、割り切って照準器を覗く。
装填されたのを音で確認し、もう一度最後のターゲットに狙いをつける。
一点集中してトリガーを引いた。
砲撃と共にバキッと音がして、廃墟の左半分だけが勢いよく崩れていく。
「よぉし! よくやった! さぁ、戦車を戻したら、バケモン狩りの時間だ!」
まさかまた動かすとは思ってなかった神谷が、驚いた拍子に天井に頭をぶつけた。
戦車を小屋の前に危なげなく戻すと、一人づつハッチから這い出ていく。
外に出ると、博士が銃やらゴーグルやらを準備して待っていた。
「お疲れさん……といってもこれからが本番じゃがな」
ホッホッホッと笑う博士につられて、エリックもガハハと笑いだす。
「いやー、やっぱり戦車は最高だぜ! ……そうだ、今回の捕獲作戦なんだが、俺も参加していいか?」
「もちろんよいぞ。頭数は多ければ多いほどいいからのう」
この時は、まさかあんな惨事が起こるとは、露ほども思っていなかった杉野達であった。




