103 月夜を騒がす、がしゃどくろ
ぱんどらぱーくの上空をジェット機が飛ぶ音が聞こえてきたのは、それから十分ほどのことであった。
「こちら、タイガー1。ターゲットを目視した。これより、攻撃を試みる」
ぱんどらぱーくの上空に辿り着いた最初の戦闘機は、デフォルメされた虎の部隊マークが尾翼に描かれたF-15Jであった。
上からの要請があってから、僅か十分の間にビル三階分だと言われていたターゲットの大きさは、すでに旧東京タワーとそう変わらないくらいまでに成長していた。
「タイガー1、FOX2!」
F-15はその宣言通りに、巨大な黒い鉄球のような頭蓋骨へ突っ込み、ギリギリのところでミサイルを発射しながら回避運動を試みた。
ターゲットの目の前で発射されたミサイルは見事に命中し、その鼻っ面に大きな穴を開ける。
頭蓋骨の頭頂部を掠めたF-15は無事にターゲットの後ろに回り込み、そのまま離脱しようとした。
しかし、もはや恐竜の尻尾といっていいほどに長い三本目の足が空に伸び、逃げようとしたF-15を器用に絡めとってしまった。
「メーデー! メーデー! メーデー! タイガー1、ターゲットの尻尾らしき部位に捕まりました」
『こちら、タイガー2。待ってろ、今助けてやる!』
あとから来たもう一機のF-15が放ったミサイルにより、尻尾の拘束が解け、タイガー1は辛うじて逃げ出すことができた。
「タイガー2、あとは頼んだ!」
しかし、尻尾に拘束された拍子に機体が壊れてしまい、タイガー1のパイロットは脱出し、戦線を離脱したのであった。
戦闘は続き、自衛隊の中では最新鋭機のF-35Bも交えて、空の上は次第に賑やかになってくる。
そんな中、樹海の周辺を通る道路上には陸上自衛隊が誇る10式戦車や榴弾砲達が遠くの方に見えるがしゃどくろへと照準を合わせていた。
「目標、がしゃどくろ! 撃ち方始め!」
連隊長の号令により、戦車達は一斉に砲撃を開始した。
放たれた砲弾は夜空に輝く流星の如く飛んでいき、がしゃどくろの肋骨や大腿骨などにヒビを入れた。
全弾命中、見事なものであるが、この程度の火力ではもはや本物の鉄よりも固くなった骨を折るのは不可能である。
しかも、破壊したそばから新たな骨により修復されるので、埒があかない。
「連隊長! まったく効いていません!」
「諦めるな! 狙いを集中させて、なんとしても破壊するのだ!」
連隊長が必死になって士気を高めるが、どれだけ砲弾を食らわせてもがしゃどくろはビクともしなかった。
「Shit! どんどん大きくなりやがる!」
自衛隊の雄姿がよく見えるようにと、外に出たエリックは砲塔にしがみつきながら悪態をついた。
「危ないですよ! そんなとこにいたら」
「うるせぇ! こんだけ派手な戦闘は久しぶりなんだ。見逃すわけにはいかねぇのよ」
杉野の忠告にも、エリックは聞く耳持たずにひたすら観戦を続けた。
「まったく、もう……」
呆れた杉野があちこち見渡していると、遠くに小さな動く影が見えたような気がした。
「今のって……」
間違いない、あれは今の今まで忘れてしまっていたM22ではないか!
「エリック教官! M22が出ました!」
「あぁん!? 今、忙しいんだ。あとにしてくれ」
ジェット機の轟音とティーガーのエンジン音で杉野の声が聞こえなかったのか、エリックは言うことを聞かなかった。
「人がわざわざ忠告してるのに、この筋肉だるまは……」
呆れを通り越して、もはやどうにでもなれと思ってしまった杉野はそれ以上何も言わないことに決めた。
しかし、M22の砲口がこちらを向いているのに気づき、杉野は咄嗟にエリックを車内へ引きづりこんでいた。
間一髪のところで砲撃を回避し、杉野が心底ホッとしていると、何故かエリックに怒鳴られた。
「なにすんだ! 今、いいところだったのに!」
「いやいや、M22に撃たれそうなところを助けたんですよ! 感謝してほしいくらいなんですけど!」
さすがの杉野も声を荒げて怒った。
「そりゃーすまんかった。それで、M22は何処に行った?」
「現在はがしゃどくろの真下にいますね。あっ! 踏まれた!」
杉野の代わりに答えた神谷から、M22の最後を伝えられた。
思えば、あの戦車とは散々追いかけっこをしたんだったか。
いや、決して良い思い出ではないのだが、ここまであっけないと少し可哀そうに思えてきたのだ。
「これで、敵の戦車は全滅か。あとは、あのがしゃどくろだけだな」
「そう簡単そうに言いますけどね。自衛隊でも勝てないのに、どうやったら倒せるんですか? あの怪物を」
「まあそう焦るな。もうそろそろ博士の言ってた良い考えが来てもいいはずだ」
「そんな都合よく――」
その時、ティーガーの無線機に通信が入った。
「はい、こちらティーガー……内藤さん!?」
「来たか!」
エリックはそう叫ぶと、再びティーガーから這い出て、今度は砲塔の上に立った。
「だから、危ないですよ!」
「いいから来てみろ、杉野。面白いもんが見られるぞ」
ずーっと戦車の中にいた杉野は、エリックの誘いに思わず乗ってしまった。
ハッチから外に出ると、秋の夜らしい風を肌に感じた。
その風に乗っかって、ヘリの音が聞こえたような気がして、杉野は今もジェット機が飛び交っている夜空を見上げた。
そこには、夜空に浮かぶ月よりもデカい水晶が浮かんでいた。
いや、浮かんでいるのではない。あれはヘリからぶら下がっているのだ。
そのぶら下がっている水晶を、杉野は何処かで見たような気がした。
「あれって、もしかしてソウルキャッチャーですか?」
「ありゃ、本部の方で開発中の特大ソウルキャッチャーだ。まさか、完成していたとはな」
そのまま眺めていると、ヘリにぶら下がった巨大ソウルキャッチャーはがしゃどくろにぶつかった。
「あんなに大きい骸骨にも効果あるんですかね?」
「それは今から分かるだろうよ」
ソウルキャッチャーをぶつけられたがしゃどくろは、最初のうちは逃げようとしていたが、次第に動きが鈍くなっていき、最後にはまったく動かなくなった。
「そろそろ、中に戻った方がいいかもな」
「えっ、それってどういう?」
エリックは答えずに、杉野を残して自分だけティーガーの中へ戻ってしまった。
杉野が首を傾げていると、頭に何かが落ちてきた。
「あっ痛ったー!」
落ちてきた物を拾い上げてみると、それは黒い骨だった。
さらに、間髪入れずに大量の骨が空から降り注いだので、杉野は慌ててティーガーの中に避難した。
黒い骨の豪雨が降り止み、空で轟いていたジェット機の音も聞こえなくなると、近くにヘリが着陸した音が聞こえてきた。
「おい、お前ら。救世主を出迎えるぞ」
エリックが気取ったセリフを吐いてから外へ出ていったので、杉野達も渋々あとに続いた。
外に出ると、前回の作戦でお世話になった本部組の内藤と仙石がヘリから降りてくるところだった。
「安倍博士の依頼で特大ソウルキャッチャーをお届けに参りましたでー。ああ、輸送費は着払いやで」
冗談を交えながら、仙石が手を振った。
「遅かったなぁ。もう少しで、俺が倒しちまうとこだったぜ」
「いやぁ、すんまへんなぁ。空が混んでたさかい、遅れてしもうたんや」
相変わらずはんなりとした喋り方の内藤に、神経が擦り切れていた杉野達――特に野郎共――は大いに癒された。
「って、そちらの外人さんは初めて見る顔ですなぁ。ワイは仙石言います。こっちのは、内藤。ああ、言っときますけど、付き合ってはないですよ。ただの幼馴染みってだけなので」
「いややわ~、最近はよくデートに連れて行ってくれるやないの~」
「あ、あれは市場調査や!」
「うちの会社は市場調査なんてしないやろ」
二人の夫婦漫才のようなやり取りに、空気はどんどん和んでいった。
「そういえば、坂田はんはおらんの?」
だがしかし、仙石が現実に引き戻してきた。
「えっと、その、実は坂田さんは……」
「あれ、仙石に内藤さんじゃん! どしたん? こんな所で」
杉野が説明しようとした矢先、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「坂田さん!? 正気に戻ったんですか!?」
「ん? ああ、なんかめっちゃ寝てたみたいでさぁ、起きたら戦車の中で俺一人だけだったんよ」
「祐樹さぁぁぁん!!!」
号泣した清水が坂田へ抱きつき、そのまま押し倒した。
「どうしたよ、そんなに泣いて。もしかして、俺が避けてたから寂しかったのか?」
「うええぇぇぇん!! 祐樹さぁぁぁん!!」
それからしばらくは、清水をなだめるのに坂田は付きっきりであった。
まあ、これをきっかけに仲直りできそうだし、結果オーライだ。
「そういえばよぉ。俺が寝ちまう前に、なんか変な鏡を見つけたんよ」
清水をなだめながら、坂田が衝撃的な発言をしてきた。
「えっ、それって引き出しがあるやつですか?」
「あーそういえばそんな感じだったな。でさぁ、一番下の引き出しに入ってたんよ」
「何がですか?」
「これが」
そう言って坂田が取り出したのは、紛れもなく人の手首だった。
「坂田はん、度胸あるなぁ」「ほんまやわぁ」「うわ、グロっ」「こんな奇麗な手首は初めて見たのでありますよ!」「なに持ってきてんすか、坂田さん!」
坂田が持ってきた得物により、その場は阿鼻業間であった。
ただ一人、泣き疲れて眠ってしまった清水を除いて……。
がしゃどくろとの戦いも無事に終わり、杉野達は撤収作業を進めていた。
もう夜は明け始め、東の空には白い朝日が見え始めている。
「いやー、今回は大変だったなぁ。なっ、杉野!」
「ほんとに、もう二度と樹海になんて来たくないですよ」
作業の合間に、杉野は再びまともに話せる喜びを噛み締めながら、坂田との会話を楽しんでいた。
「にしても、この手首が禁なんとかの正体だとは知らんかったなぁ」
あの後、博士に連絡したところ、この手首こそが禁后だったらしい。
いつも坂田の破天荒な行動に悩まされていたが、今回ばかりはそれに感謝せざるを得ない。
「今迄で一番グロい得物でしたね。そういえば、帰りはヘリで送ってくれるらしいですよ」
「おぉ、いいねぇ。なんか助けてくれたみたいだし、あとで飯でも奢らんとな」
元々そうするつもりだったようで、帰りは集合地点の廃校まで仙石達が乗ってきたヘリに乗っけてもらえるらしく、神谷なんかは「チヌークに乗れる!」と興奮していた。
しかし、唯一それを拒んだ者が一人いた。
「ってか、教官はほんとに乗らなくてもいいのかねぇ?」
「まあ、大丈夫ですよ。ティーガーに乗って帰るらしいですし」
結局、エリックはそのままぱんどらぱーくへ残った。
後日、シャーマンやKV-2が不動車としてオークションに出されたという話をミリタリー界隈のニュースで知ることになるのであった。




