102 パンドーラーになれ
坂田を救出できたのはいいが、とても正気とは思えない姿になってしまった。
こうなると、今回の仕事は坂田抜きでやることになるだろう。
なかなかハードな仕事になりそうだが、こればかりはしょうがない。
こんな廃人のような坂田にこれ以上無理させるわけにはいかないのだ。
屋敷から出ると、外はもう真っ暗だった。
未だに自分の髪を頬張っている坂田をティーガーの近くに座らせると、彼氏の気配を感じ取った清水がキューポラから顔を出した。
「祐樹さん!」
坂田の名前を叫び、清水は砲塔から地面へ飛び降りた。
「何があったんですか!? こんな……」
清水はそのままエリックにすがりつき、そして泣いた。
めちゃくちゃに泣きじゃくり、最後には膝をついてうなだれてしまう。
「すまん。いつの間にかはぐれちまって、見つかった時にはすでに……」
「そんな言い訳なんて聞きたくないです。誰が、私の愛する人を、祐樹さんをこんな風にしたんですか!」
清水の激昂はしんっと静まり返った暗闇を震わせ、ついでに杉野達の心をも動かした。
あれほどに温厚だった清水がここまで感情を露わにしているのだ。
それなのに、自分達は何もできないと絶望しているなんてありえない。
「大丈夫、坂田は私達が必ず元通りにするから、清水ちゃんはここで坂田を見ていて」
そう言ったのは、他でもない清水の親友の八坂だった。
泣き疲れた清水に寄り添い、勇気づけるように宣言すると、八坂は再び屋敷に対峙した。
「この糞パンドラ! 私の親友をよくも泣かせたわね!」
そして、中にいるであろう元凶に啖呵を切り、腰に差していたグロックを抜くと、屋敷へ向かって発砲する。
「今更謝っても許さないわよ! こいつで穴だらけにしてやるんだから!」
そう言って、一人で屋敷へ入ろうとする八坂をエリックが止めた。
「まあ待て、まずは作戦会議といこうじゃないか」
「そんな悠長な事言ってられませんよ! このまま放っておいたら、坂田がどうなるか……」
「放っておいても死ぬこたぁねぇ。騙されたと思って、俺の話を聞いてくれ!」
そこまで言われて、ようやく八坂はこちらへ戻ってきた。
「しょうもない話だったら、途中で切り上げて、屋敷に突入しますからね!」
無事に八坂が戻ってきたところで、作戦会議は始まった。
「まず最初に、ターゲットである『パンドラ』を破壊するわけにはいかん。なので、こんな作戦を考えてみた」
そう言うと、エリックは懐からメモを取り出し、杉野達に見せてきた。
ライトで照らすと、そこにはなんとも強引な作戦内容が書かれていた。
「屋敷を……」「爆破するのでありますか!?」
「そうだ。これ以上犠牲者が出ないように屋敷だけを破壊して、ターゲットをこの広場に曝け出そうってわけだ」
「それって、ターゲットも爆発に巻き込まれるんじゃ……」
「そこは心配するな。予め屋敷が壊れるギリギリの量の爆薬を使えば、ターゲットは少しキズが付くくらいで済むだろう」
杉野達には、エリックの言っていることが信じられなかった。
いくら爆薬を最小限にしても、被害は最小限にできるわけがない。
それを汲み取ったのか、エリックはさらに続ける。
「博士によると、呪物は破壊されるのを防ぐ為に周りの人間の脳を操って、銃で撃ったり鈍器で叩いたりできないようにコントロールしてるらしい。今回は、この習性を逆に利用するわけだな」
「つまりは、ターゲットがギリギリ壊れないような位置に爆弾が設置されるようにあちらさんが勝手に調整してくれるってわけですか」
「ま、そういうことだ」
なるほど、案外考えてはいたのだなと、杉野達は感心した。
最初に作戦内容を知った時は、このハゲ坊主は何を考えているのだと憤ったものだが、この作戦ならば確かに上手くいくかもしれない。
「それで、爆薬は何を使うのでありますか?」
「ああ、これだよ。米軍の連中に分けてもらったC4だ」
言いながら、エリックはズボンのポケットから白い粘土のような物を取り出した。
「それが、爆薬ですか?」
「なんだ、疑ってやがんのか? こいつは所謂プラスチック爆弾でな、好きな形に整形してどんな所にも設置できるし、爆発力も申し分ない。まさに今回の作戦にピッタリな爆薬なんだ」
「まさかあのC4を使う日が来ようとは……」
興味なさそうな杉野とは違って、重度のミリオタな神谷は泣いて喜んでいた。
ただの爆弾にそこまで喜べるとは、なかなか幸せなものだ。
「んで、それを仕掛けてこればいいんですよね? なら、早くやりましょう。時間がもったいないです」
野郎共とは違って、八坂はやけに焦っていた。
別に早くやったからといって、坂田が元に戻るとは限らない。
それでも、これ以上清水の悲しむ姿を八坂は見たくなかったのだ。
「それじゃあ、始めますかね」
エリックが重い腰を上げると、ポケットから追加のC4爆薬を取り出す。
「てめぇら、派手にいくぞ」
爆弾を設置するだけなので、今度は屋敷の中に入る必要はない。
一人一つ爆弾を持って、屋敷の外の好きな所に設置すればいいだけの簡単な作業だ。
なので、特にトラブルもなく、さして時間もかからずに終わった。
「教官! 全てのC4を設置し終わったのであります!」
「おう、早かったな。んじゃ、全員ティーガーの中に入れ。重戦車の中なら爆風で火傷することはないだろう」
それを聞いて、杉野達は我先にとティーガーの砲塔に昇った。
その慌てた様子を見たエリックの笑い声は、狭いハッチから車内へと必死に入ろうとする三人にしっかりと聞こえていた。
「そんな焦らなくても、遠隔で起爆するから大丈夫だぞ」
それを早く言ってほしいとばかりに、杉野達はエリック一睨みしてから、ゆっくりとティーガーの中へ入っていった。
ティーガーの中に入ると、正気を失った坂田とその介抱をしていたはずの清水が乳繰り合っていた。
「なにやってんすか!? こんな時に!」
「あーえーっと、最近祐樹さんが冷たいから、こういう時くらいしかできないし……」
半裸の坂田に抱きつきながら言い訳を言われると、どうにも言い返せない。
清水の親友の八坂は恥ずかしがって背を向けてしまっているし、神谷なんかはリア充への恨み節をブツブツと呟いている。
どうやらこの中には、清水をツッコめる人間はいないらしい。
「全員乗ったな。って、清水!」
頭上からエリックの声が聞こえてきたので、杉野は安慮した。
きっとエリックなら、この状況でもちゃんとツッコめるだろうと信じていたからだ。
「……ほどほどにしとけよ」
「はい!」
エリックでも駄目だった。
なんせ、一時期は目を背けたくなるほどラブラブだったのに、坂田の方から避けるようになってからの清水はとても寂しそうだったからだ。
そんな姿を見てしまっては、エリックもそう強くは言えないのだろう。
「それじゃ、そろそろ爆破するか」
「あのー」
「なんだ、杉野? しょんべんか?」
「違いますよ! もしターゲットが爆発に巻き込まれて壊れたら、どうなるんですかね?」
「なんだ、そんなことか。そうなったら、それこそ作戦失敗だな。ま、屋敷の瓦礫ごと回収して復元するっちゅー方法もあるから、なんとかならなくはないぞ」
「いや、そうじゃなくて、博士が付けた『パンドラ』って開けたらヤバい箱とかじゃありませんでしたっけ?」
「今になって怖くなってきたのか?」
「そういうわけじゃないですけど、なんか嫌な予感がして……」
杉野のやけに不安がる様子に、エリックは顔をしかめた。
「そんなら、お前が起爆しろ。箱を開けたパンドーラーは無事だったんだから、少なくとも起爆した本人は死なないだろ」
元ネタをよく知らなかった杉野は首を傾げたが、エリックは有無を言わせず起爆装置を渡してきた。
杉野はいらないことを聞いてしまったなぁと今になって後悔してきた。
「いいですなぁ。自分も発破してみたいでありますよ」
杉野が発破装置を持って苦い顔をしていると、砲主席で暇を持て余していた神谷が羨ましそうにこちらを見てきた。
「じゃあ、神谷やる?」
「いえ、遠慮しとくのであります。それは杉野隊長に与えられた任務でありますから、自分が代わりにやるのはおかしいのであります」
変なところで真面目だなと、杉野は心の中でツッコんだ。
とにかく、今はミリオタに構っている場合ではない。
さっさとC4を発破して、「パンドラの箱」を開けねばならぬのだ。
今回使う発破装置は前にエリックの愛車の中で使っていた物よりも大きめで、専用の鍵を回して発破するタイプの本格的な物だった。
鍵自体はすでに刺さっているので、あとは赤い誤爆防止ボタンを押しながら鍵を回すだけで発破できるらしい。
「……それじゃあ、いきます」
宣言してから、杉野はボタンを押して、鍵をつまんだ。
車内に一時の沈黙が流れ、杉野の汗が流れる音までが聞こえたような錯覚すら覚える。
自分はパンドーラーとやらになるんだ、杉野はそう心の中で意気込んでから鍵を回した。
ボッカァァァァァン!!!!
ティーガーの中からでも、その爆音ははっきりと聞こえた。
そして、爆音より少し遅れて、ティーガーの装甲に屋敷の瓦礫や中にあった家具などの残骸が当たるのがバキバキという音で分かった。
「……やったか?」
フラグになりそうなセリフを吐いてから、エリックが車長席の杉野を押しのけて、キューポラから顔を出す。
「どうですか? 成功しましたか?」
結果が気になった杉野が聞いてみるも、エリックからの応えはなかった。
「エリック教官……?」
「ヤっちまったかもしれねぇ」
エリックの不穏な言葉を聞いて、杉野は我慢しきれずにエリックの胸筋とキューポラの隙間に頭をねじ込んで、外の様子を見ようとした。
最初は暗くてよく見えなかったが、月を隠す雲がどいてくれたのか、月明かりが屋敷があった所へ射すとエリックの言っていたことが理解できた。
元は屋敷だった瓦礫の山の上で、長いボサボサの黒髪を振り乱す黒い骸骨が暴れていたのだ。
普通の黒い骸骨ならば少し前に見たばかりなので、そう驚きはしない。
しかし、その骸骨はやけに大きく、身長だけならティーガーよりもあるのではないかと思えるほどだったのだ。
「あ、あれ、なんですか!?」
「俺にも分からねぇ。あの屋敷に潜んでいたのか、それともターゲットに封印されていたのか。どっちにしろ、今迄の奴らよりもヤバそうだ」
そう言った、エリックの声は震えていた。
あの、恐怖というものを知らなさそうなエリックがここまで恐れるとは、あの骸骨はかなり危険なようだ。
「つっても、こいつには勝てねぇだろ。神谷! 主砲であの化け物を狙え! 杉野は引き続き指示を出せ」
「了解であります!」「分かりました」
指示を出したエリックは、すぐに装填手席へ戻り、入れ忘れていた砲弾を砲身に突っ込んだ。
幸運なことに、ティーガーの車体は屋敷の方を向いていたため、装填が終わればすぐに発射できる状態だった。
「発射準備完了だ! 杉野の合図を待ってから発射しろよ!」
「分かっているのでありますよ。杉野隊長の指示にも慣れてきたので、今回は一発で仕留めてみせま――」
チュドォォォォン!!!
引き金に指を掛けたまま、神谷が自信満々に自分の胸を叩いたので、その拍子に砲弾が発射されてしまった。
「なにやってんだ! 神谷!」
「あああ、すいません、すいません! 勢い余って撃ってしまいました」
神谷は平謝りしながら、引き金から指を離した。
「ったく。んで、どうだ? 仕留めたか?」
エリックに言われて、車長の杉野はすぐさまキューポラから顔を出して、戦果を確認した。
硝煙と土埃の中に、微かにだが黒い何かが動くのが見える。
どうやら、仕留めそこなったようだ。
「駄目です。外れたのか、それとも効いてないのかは分かりませんが、敵は未だにピンピンしてます」
「そうか……神谷!」
「ひゃ、ひゃい!」
「次はちゃんと指示を待てよ」
「りょ、了解であります!」
「ああ、そうだ。八坂、次の砲撃が済んだら、川の近くまで移動してくれ」
「分かりました。骸骨を撃破できた場合はどうするんですか?」
「撃破できてもやってくれ。あの骸骨はただもんじゃねぇ。俺の第六感がそう言ってやがるんだ」
「はあ、なるほど……」
あまりにも真剣な表情でエリックが言うので、八坂は少し萎縮してしまった。
「装填完了! 杉野! 早めに合図を出してやってくれ!」
「了解です! では……撃てぇ!」
軽く溜めてから、杉野は合図を出した。
ドバンと砲撃音が響き、それを合図に八坂がティーガーのギアを入れる。
ティーガーは待ってましたと言わんばかりに走り出し、骸骨がいるであろう土煙の真ん前を掠めてから、シャーマンで作った即席の橋の方へ向かった。
「どうだ、杉野。今度こそ、仕留められたか?」
「いえ、残念ながら……」
「おいおい、頼むぜ、神谷」
「いや、確かに当てたはずなんですけど……」
砲撃を食らったはずの骸骨は、まったく効いていないかのようにこちらを睨んでいた。
と思いきや、熊などの獣がするようなフォームでこちらに走ってきたではないか。
「こっちに来ます!」
「なぁにぃっ!」
キューポラから顔を出したまま、杉野はエリックへ報告した。
そのまま、追いかけてくる骸骨の観察を続けた杉野はある事に気づいてしまった。
「なんか、さっきよりも骨が多いようなぁ……」
骸骨の胸に何本も生えている肋骨が妙に多くなっているような気がするのだ。
「どうした、杉野? そんな青い顔して」
「あの~、人間の肋骨って何本でしたっけ?」
「あぁ? 確か左右合わせて二十四本だったはずだ」
さっきまでは確かにそうだったはずなのだが、今はその倍の四十八本はあるように見える。
「肋骨がどうかしたのか」
「ああいえ、大した事じゃないとは思うんですけど」
「なんだ、言ってみろ」
「追いかけてきてる骸骨の肋骨が増えてるんですよ。倍に」
「……ほう、そいつは面白いジョークだな」
「いや、ほんとなんですって! こっち来て、見てみてくださいよ!」
ムッとした杉野はエリックの腕を引っ張って、無理やりキューポラから首を出させた。
「まったく、この忙しい時に……おい、増えてるのは肋骨だったか?」
「えぇ、そうですよ」
エリックに見張りを代わってもらった杉野は、なるべく不機嫌そうな口調で答えた。
「肋骨どころか、手やら足やらが増えてんだが……」
「マジですか!?」
エリックに譲ってもらって、杉野は再び骸骨を見た。
骸骨は先程よりも一回り大きくなっていて、エリックが言うように手は右が二本、左が三本増えていた。
足の方は尻から一本生え、まるで恐竜の尻尾が生えてきたかのようにも見える。
「なんで、あれ増えてるんですか!?」
「俺にも分からん。そうだ! 清水、博士に繋いでくれ。トンデモないもんが現れたってな」
「えっ? あっはい、了解しました」
それまで、未だ放心状態の坂田の顔や首にキスマークを付けていた清水は呼ばれたことに気づくと、顔を真っ赤にしながら自分の仕事を始めた。
『もしもし、ワシじゃ。どうだ、ターゲットは確保できたか?』
「えーっと、実は壊しちゃったみたいで、今はでっかい骸骨に追われてます」
『なんじゃと!?』
博士のしわがれた叫び声は、車長席の杉野からも聞こえるほどだった。
「す、すいません! あ、あの、エリック教官に替わりますね」
『ああ、そうしてくれると助かる』
やっとこの仕事から解放されるとでも言いたげな顔で、清水がエリックへ無線機のマイクとヘッドホンを渡した。
「おう、俺だ。いやな、ちょいと大変なことになっちまったみてぇで――」
『お前が居ながらにして、何故ターゲットが壊れたのじゃ!』
ヘッドホン越しに博士の怒声が聞こえ、エリックの表情が堅くなっていくのが隣で見ていた杉野にも分かった。
「ああ、いや、わざとじゃねぇんだよ。うっかり爆薬を多めに使っちまったみてぇで……」
『なに!? 爆薬を使ったのか!? 今回のモノはデリケートじゃから、慎重に扱えとあれほど言ったじゃろうが!』
珍しくエリックが押されているので、杉野はちょっと楽しくなってきた。
「そ、そうだっけか? C4くらいなら使ってもいいとか言ってたような気がするんだが」
『そんなことは言っとらんわい!』
「ありゃー、それじゃ俺の聞き間違いだったかー」
『まったく、これに懲りたら仕事の説明中にガムを噛むのは止めるんじゃぞ。それで、骸骨に追われてるとな』
「そうなんだよ! 屋敷を爆破したら、黒い骸骨が現れてな。88mmを何発か食らわせたんだが、効果がないどころかどんどんデカくなってきてんだよ」
『ふむ、なるほどな。おそらくその骸骨は、他のと同じように鉄でコーティングされた骨で構成されているんじゃろう。他と違うのは、鉄の骨を引き寄せる磁力が圧倒的に強いのじゃろうな』
「なるほど。じゃあ、あいつはそこら中に転がってる骨を引き寄せて、どんどん大きくなってるわけか」
『砲撃も効かなかったわけではないのじゃろう。ただ単に、砲撃で損傷した箇所を周りの骨で補修しているだけじゃ』
「となると、これ以上撃っても無駄なのか」
『いや、そうとも限らん。撃ち続ければ、そのうち骨が尽きるじゃろうから、いつかは倒せる。まあ、その前に砲弾が尽きるじゃろうがな』
「なら、どうすれば……」
『まあ、待て。ワシに良い考えがある。ただ、時間がかかりそうじゃから、それまではそちらでなんとかしてくれ』
「OK、分かった。じゃ、次に呼び出す時にはあいつを倒せてるように祈ってるくれ」
『ああ、祈っとく。死ぬなよ、エリック』
「あたぼうよ」
男らしいやり取りを最後に、通信は切れた。
「てめぇら! もう少し凌げば、博士がどうにかしてくれるらしいぞ。それまで頑張ってくれよ!」
「もちろんでありますよ!」「簡単に言ってくれるわね、ほんと」「それまでに燃料が持てばいいですけど」「それまでは、祐樹さんとイチャイチャできるんですね!?」
神谷以外はネガティブだったり他のことに夢中になっていたりと、酷い返事ばかりだった。
「ほんとに大丈夫かね、これ」
少し不安になってきたエリックは車内の人員を見回して、ため息をついた。
シャーマンで出来た即席の橋を急いで渡り、ティーガーは遊園地の石畳をひた走った。
とはいえ、所詮は重戦車なのでせいぜい40kmくらいが関の山だ。
なので、骸骨との距離は次第に近づいているように見えた。
「あれ?」
キューポラから骸骨を見張っていた杉野は気づいてしまった。
距離が近づいているのではない。相手がどんどん大きくなっているのだ。
「教官! 骸骨がさらに大きくなってます!」
「くっ、今どれくらいだ」
「えーっと、うちの会社のビルとほぼ同じくらいですね」
「なぁにぃ!」
骸骨はすでにビル三階分の大きさに成長していたのだ。
それはもはや、有名な妖怪の「がしゃどくろ」といっても差支えないほどの大きさであった。
「清水、この周波数に合わせろ。あと、マイクとヘッドホンは俺に貸せ」
「いいですけど、何処にかけるんですか?」
「古い友人だ」
エリックがヘッドホンを再び装着し、その隙間からジジっとノイズが一瞬聞こえたかと思うと、聞き慣れない若い男の声が微かに聞こえてきた。
『こちら、浜松基地。そちらは何者か?』
「こちら、幽体研究所玉籠支部のエリック・スミスだ。そちらに犬飼一尉は居るか?」
『ああ、OS部隊の……。少々お待ちください』
若い男の声が聞こえなくなり、ヘッドホンから大音量の君が代が漏れ聞こえてきた。
しばらく聞いていると、やけに渋い男の声が聞こえてくる。
『こちら、犬飼一尉。エリック、久しぶりだな。ソマリア沖以来じゃないか?』
「あーそうだな。そっちは元気にやってるか?」
『まあ、元気っちゃ元気だな。つっても、最近は運動不足で太っちまってるがね』
「お前の場合、海賊追いかけてるのが一番の運動だもんな」
『へへっ、あの頃は楽しかったなぁ。そういえば、今も傭兵やってるのか?』
「いや、今は幽体研究所でガンスミス兼教官だ。お前、聞いてないのか?」
『ああ、そういえばそうだったな。どうだ、そっちは大変だろう? なんせ、死人を相手にするんだからな』
「実はそのことで、ちょいと助けてほしいんだが……」
『ほう、あの無類の強さを誇ったエリック様が俺に助けを請うとはな。明日は雪でも降りそうだ』
「こんな時に冗談なんて言うか!」
『まあ、そう怒るな。んで、何があったんだ?』
「お前、『がしゃどくろ』って知ってるか?」
『あー確かドデカい骸骨の妖怪だっけか? それがどうした?』
「今、そいつに追われてるんだよ」
『……お前んとこの会社って、妖怪退治もやってんのか?』
「ちげぇよ! 話すと長くなるんだが、それでもいいなら一から説明するぞ」
『いや、いい。そいつが何かは知らないが、お前が何を頼みたいのかは分かってっからな』
「おお、そうか! そんじゃ、青木ヶ原樹海に10式と90式、あと203mm自走榴弾砲をそれぞれ十台ずつ送ってくれ」
『それくらいなら、お安い御用だ。ちびっと時間がかかるかもしれねぇがな』
「ありがとな。それと、念の為に航空支援も頼みたいんだが……」
『任せろ。F-15JとF-35Bを何機か出動させるよう上に頼んでやる。他にはないか?』
「それくらいで大丈夫だ。んじゃ、頼んだぜ」
『おう、生きて帰ってこれたら、そんときゃ飲みに行こうや。じゃあな』
ブチっという音と共に、通信が切れた。
「よし、援軍を呼んだから、それまで堪えるぞ!」
今回ばかりはエリックが居てくれてほんとに良かったと、杉野は心の底から思った。




