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101 坂田を探せ!

 その頃、一階の杉野達は落とした端末をやっとこさ探し当てたところであった。


「もう、あんたがぶつかってきたせいで清水ちゃんとはぐれちゃったじゃない!」


「そんなこと言われても、あの暗い中で急かされちゃぶつかりもするよ」


 杉野は咄嗟に、全ての責任をエリックに押し付けた。

 急かしたことは事実なので、杉野に代わって八坂に睨まれたエリックはうぐっとたじろいだ。


「そ、それよりよぉ、坂田は何処に行ったんだ? 何処にも見当たらねぇけど」


 八坂の冷たい視線に耐えきれなくなったエリックは無理やり話題を変えて、窮地を脱しようと試みた。


「教官殿が焦らせたから、はぐれたのではないですか?」


 しかし、神谷の不意打ちを受けて、更なるダメージを負うこととなる。


「まあ、確かに坂田さん達が何処に消えたのかは気になりますね。ここ、ちょっと不気味ですし」


 エリックが可哀そうになってきた杉野は軽く援護することにした。


「ほらほら、杉野も言ってるだろ。いくらお化け屋敷とはいっても、ここは戦場なんだ。またAK持った骸骨が出るかもしれねぇし、早いとこ探しに行こうや」


「……分かりました。坂田はともかく、清水ちゃんが心配なのは私も同じなので」


 八坂の表情がなんとなく和らいだ気がして、やり玉に上げられたエリックと杉野の二人はようやく緊張の糸を解いた。


「清水ならティーガーの中で休んでるぞ。動く骸骨を見ちまったのが相当きつかったらしい」


 だがしかし、エリックが妙なことを言うので、エリック以外の三人は血の気が引いた。

 杉野達には、確かに前を歩いていた清水の姿が見えていたはずだ。

 しかし、エリックの話では清水は屋敷に入ってすらいない。

 では、あの坂田の後ろにピッタリくっついて歩いていた人影はなんだというのか。


「……坂田さんが危ない」


 そう呟くと、杉野は足元に散らばる骨を掻き分けて前に突き進んだ。


「ちょっと! 何処行くのよ!」


「坂田さんを探しに行くんだよ! このままだと、神隠しか何かにあっていなくなっちゃうかもしれない!」


 それこそ、奥多摩での八坂のように……。

 そう口にしたかったが、また八坂と口論になるのは時間がもったいないので、ギリギリのところで躊躇った。


「まあまあ、そう焦ることはないでありますよ。屋敷自体は狭いのですから、すぐに見つかりますって」


 自分だけ突出しようとした杉野を、神谷は冷静に腕を掴んで止めた。


「そうだぞ。焦ってもいいことないぞ」


 そう、エリックに言われたので、杉野はちょっとムカッとした。

 さっきまでとまったく違うことを言っているのだから、そうなるのは当たり前だ。


「……まあ、そうですね。まだいなくなったかは分からないですし、案外ひょっこり出てくるのかも」


 しかし、少しは大人になってきた杉野は素直に折れた。

 今は皆で協力して、坂田を探しださないといけないからだ。


「それじゃ、まずは何処から探すんだ? 杉野が決めていいぞ」


「じゃあ、えっと、廊下の奥に部屋があるみたいなので、そこから行きましょう」


「よーし、じゃあ先頭は任せたぞ」


 エリックの失言に、杉野達三人から冷たい視線が飛んできた。



「はあ~あ、いらんこと言っちまったぜ」


 結局、先頭はエリックに代わってもらった。

 元々は、エリックが焦らせたのがなによりの原因なのだから、当然の報いだ。


「どれどれ、おっ! 奥の部屋は和室か」


 先頭を歩いていたエリックが廊下の奥の襖を開けると、そこは不思議なくらい小綺麗な部屋だった。

 廊下とは打って変わって骨もゴミも落ちていないその部屋には、箪笥や食器棚といった家具に紛れて禍々しい雰囲気を放っている鏡台が置いてあった。

 見た目は普通の鏡台なのだが、杉野の中に眠る本能がこれは怪しいと言っているような妙な感覚だ。


「さすがの坂田でも、箪笥の中には隠れねぇだろ」


 そう言って、エリックは踵を返し、部屋から出ていった。

 他の面々も出ていったが、杉野だけは無性にその鏡台が気になってしまい、なかなか出られないでいた。

 何かが呼んでいる、そんな感覚が自分の身体を動かしているような気がして、杉野は少し怖くなってきた。

 このままでは危険だと、無理やり部屋から出ようとしたが、何処からか吹いてきた生暖かい風に阻止された

 何故かは分からないが、その風が自分の顔に当たったと同時に身体の自由が効かなくなってしまったのだ。

 そして、風が杉野の頭を包むように吹き去ったと思うと、どういうわけか今度は杉野の背中に張り付いてきた。

 もはや、これはただの風ではない。

 どういう理屈で操っているのかは分からないが、間違いなく幽体の仕業だろう。


「……っ……ぐっ……」


 杉野はどうにか身体を動かそうと頑張ったが、悲しいことに口を少しだけ動かすのが精一杯であった。

 いや、待てよ。よく考えると、動かないだけならまだいいのではないだろうか。

 近くに骸骨はいないし、幽体に襲われたとしても死ぬことはないだろう。多分。

 それに、いつかのエリックのように身体を操られて、銃で仲間を撃ったりするよりはここで固まっている方がよっぽどマシだ。

 そう思った矢先、自分の視界がいつの間にか動いていることに杉野は今更ながらに気づいた。

 身体の自由を奪った何者かが、自分の足を動かしているのだ。

 果たして、自分を何処へ連れて行こうというのだろうか。

 できることなら屋敷の外へ行ってほしいのだが。

 そう、杉野が心の中で必死に願っていると、勝手に動く身体は杉野の願いに反して、さっきの鏡台の方へ向いてしまった。

 そして、鏡台の前まで来ると、その場へ座りこんでしまったではないか。

 目の前には鏡に映る自分の姿が、外から少しだけ射す夕日によって微かに見えた。

 その表情は、自分のものとは思えないほどに歪んでいたので、杉野は恐怖を覚えた。

 これは本当に自分の顔のなのか、そう思ってしまうほどに奇妙な表情をしていたのだ。

 杉野が鏡の中に気を取られている間も、自由が効かない身体は勝手に動いていく。

 鏡台の下の方にある引き出しへ手を伸ばそうとしているのだ。

 しかし、杉野はそれに気づけない。

 何故なら、顔も目も自分の意思で動かせないので、下を見ることができないからだ。

 自分の手が引き出しに当たった微かな感触で、杉野はようやく自分の身体が再び動いていることに気づいた。

 だが、もう遅い。

 手は一番下の引き出しを開けようと、ゆっくりとだが確実に動いているのだ。

 引き出しが少しずつ開き、手の動きが止まると、自分の顔が下へ向こうとしていることに気づいた。

 自分の身体を操っている何者かはこの引き出しの中を杉野に見てほしいのだろうか。

 そう思うと、杉野は少しだけその何者かに興味が湧いてきた。

 それと、引き出しの中身にもだ。

 どうしてそんなに気になるのかは分からないが、もしかしたら杉野の生まれながらの多大な好奇心が原因なのかもしれない。

 自分の無駄な好奇心を呪いながら、杉野はその瞬間をじっと待った。



 顔が徐々に下を向き、引き出しの中身がもう少しで見えそうだ。

 杉野は誘惑に負け、もはや自分の身体を動かそうと試みることは諦めていた。

 もう少しだ。あともう少しで引き出しの中身があとちょっとで見えそう……。


「ちょっと、なにやってんの? 早く来ないと置いてくよ」


 視界に引き出しの中身が入るかどうかというところで、後ろから八坂の声が聞こえた。

 それと同時に、さっきまで動かせなかった自分の身体からふっと力が抜け、顔も目も動かせるようになった。

 八坂が声をかけてくれたおかげで、杉野の身体を操っていた何者かが逃げたのだろう。

 杉野は一瞬迷ったが、顔を上げ、固まっていた手に力を込めて、引き出しを勢いよく閉めた。

 そして、八坂の方へ振り返って、一言。


「ああ、ごめん。すぐ行くから」


「遅れないでよ、ただでさえ一人いなくなってるんだから」


 八坂の小言に、杉野はへへっと軽く笑って答えた。

 それに、八坂は少し安心したようなうざったいような微妙な表情を返してくれた。


「じゃ、二階で教官達が待ってるから、早く行くわよ」


 そう言って、八坂は部屋のすぐ外にある階段を昇り始めた。

 杉野もそれに続いて行こうとして、ふと、足を止めた。

 先程までの自分の心境が今になって恐ろしくなってきたのだ。

 いつもの自分ならば、あのような時に諦めたりしないはずなのだが、何故かあの時だけはわりと簡単に諦めてしまった。

 果たして。自分を操ったのがなんだったのか、あの引き出しには何が入っていたのか。

 それは杉野にも分からない。

 きっと、博士やエリックも知らないのだろう。

 それでも、それがろくなものでないことだけは杉野でも分かった。



 二階に上がると、しかめっ面のエリックが仁王立ちで待ち構えていた。


「おい、杉野! 何処で油売ってやがった!」


「す、すいません。ちょっと金縛りにあってまして……」


「金縛りだぁ?」


 杉野は一階での出来事を簡単に説明した。

 こちらとしてはかなり衝撃的な体験だったのだが、エリックのリアクションは薄く、それどころかため息までつかれた。


「そんなになったんなら、もっと早く呼べよ」


「いやいや、口も動かせなかったんですって!」


「それでも、本気で叫ぼうと思えば叫べたはずだ。できなかったのは、お前自身が本気で抵抗しなかったからだぞ」


 エリックにそこまで言われた杉野は何も言い返せなかった。

 実際、あの時はあまり焦ってなかったし、なんなら何が起こるのか楽しみにしていたくらいだった。

 そのせいで動けなくなっていたとしたら、それは杉野の自業自得だ。


「まあいい。あとは二階を探して、坂田とターゲットを見つけるだけだ。杉野もそれくらいはできるだろ?」


「ああ、はい。それくらいなら」


「よし。んじゃ、行くぞー!」


 エリックの掛け声が響き渡る中、杉野達一行は二階の探索を開始した。



 まず最初に調べたのは、階段のすぐ近くにある部屋だ。

 その部屋には、少し前に坂田が見た異様な光景はなく、ただただ二組の布団が並んでいるだけだった。


「ここは何もないようですなぁ」


 神谷がずかずかと入っていき、布団をめくってみたりするが、特に何か見つかるわけもなく、その部屋の探索はすぐに終わった。



 となると、次は廊下の奥の扉だけだ。

 エリックがその扉のドアノブへ手をかけようとすると、中からごとっと物音が聞こえてきた。


「なんだぁ、誰か入ってるのか?」


 そう言いながら、エリックが勢いよく扉を開けると、扉が何かに当たるガッという音が聞こえる。


「なんか引っ掛かってんな。おい杉野、ちょっと手伝ってくれ」


「あーはい、分かりました」


 エリックがドアノブを、杉野がドア自体を身体で押し、どうにかして中で引っ掛かってる物を押し返そうとした。

 しかし、内開きのドアは中々開かず、ついにはその場にいた全員でドアを押すはめになった。

 しばらく、全員で力を合わせて押していると、ドアの隙間から見覚えのある顔が出てきた。


「さ、坂田さん!?」「生きておられたのでありますか!?」


 杉野達が喜びの声を上げるが、何か様子がおかしい。

 不審に思った神谷がライトを当ててみると、坂田は自分の金髪を一部がハゲるほど毟って、口いっぱいに頬張っていた。


「どどどどうしたんですか、坂田さん!? 大事な髪がなくなっちゃいますよ!」


 杉野が冗談っぽく言っても、坂田は無言で髪を貪りながら、焦点の合わない黒目で明後日の方向を見ているだけだ。


「教官、どうしましょう!? 坂田さんがおかしくなっちゃいました!」


「これはちょっとまずいかもな。とりあえず、坂田を抱えて一時撤退だ!」



 そうして、杉野達は撤退を余儀なくされた。

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