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100 呪いの鏡台

  最後の刺客を撃破したと喜び勇んだ杉野達一行は沈黙したSMKを放置して、この遊園地の中で一番怪しい場所へ向かった。

 その場所とは、泥水の川で囲われた和風お化け屋敷だ。

 博士に渡された地図にも「禁后の館」と書かれているのだし、ここに無ければもう打つ手はない。

 わりと切実な状況でお化け屋敷の前へと辿り着いた杉野達は、ある重大な事を忘れていた。


「あのー、エリックさん。この戦車って、川も渡れるんですかね?」


 坂田が聞いてみると、エリックはうっかりしていたって感じで舌を出してから呟いた。


「あぁーそうだった。こいつじゃ無理なんだ」


「どうするんすかー! もう夕方ですよー!」


 現在の時刻はとうに午後四時半を過ぎて、辺りはすっかり真っ赤な夕焼けに染まっていた。

 真っ暗闇になるのは、時間の問題だろう。


「そう慌てるな。俺に良い考えがある」



 エリックの良い考えとは、なんともシンプルでかつぶっ飛んだものだった。

 今迄に撃破した戦車の残骸を川に沈めて、即席の橋を作ろうというのだ。

 まあ、杉野達がそれ以外に方法を思いつけなかったのだから、やるしかない。

 とはいえ、作業自体は至って簡単なものだった。

 戦車の残骸にワイヤーロープ付きのフックを引っかけ、もう一方の端をティーガーに引っかけたら、あとは川まで引きづっていけばいいだけなのだ。

 さすがに、KV-2やSMKなどの重戦車を運ぶのは時間がかかるので、T-34やシャーマンなどの中戦車のみを運んだ。

 そのせいで、向こう岸にギリギリ届く程度の劣悪な橋が出来てしまったのだが、エリック的にはこれでいいらしい。

 何がいいのかは分からないが、これ以上やってると日が暮れてしまうので、杉野達はそれ以上ツッコまなかった。



「よーし、やっと出来たな! んじゃ、早速渡っていくぞー!」


 やけにテンションの高いエリックのGOサインにより、ティーガーは戦車の残骸で構成された即席の鉄橋を渡り始めた。

 いやに細い車体の戦車ばかりで出来ているので、ティーガーのような幅が広い重戦車が通るにはかなりの技術を要した。

 しかし、ここでも八坂の類まれなる才覚が冴え渡った。

 常に橋のど真ん中を通り、ちょいとでも橋がズレていても焦ることなく車体の角度を調整し、危なげないシーンもゼロで渡り切ったのだ。


「よくやったな、八坂! お前なら、今度ドイツで開催する戦車レースの世界大会『パンツァーGP』でも優勝できるだろうよ」


「いや、いいです。別に戦車の操縦は好きじゃないので」


 八坂はそう言ったが、内心嬉しそうなのが声から駄々洩れであった。



 杉野が八坂の神がかり的な操縦に見惚れていると、戦車はいつの間にやら妙な所に入っていた。

 そこは、トタンで出来た低いバリケードに囲まれた広場のような狭い空間であった。

 それだけなら、ただのオブジェか何かだと思うだろう。

 しかし、「斗争」だの「革命万才」だの、今のご時世ではなかなかお目にかかれない文言がアカい字でバリケード一面に書かれているのだから、あきらかにオブジェなんて平和な物ではない。


「これまた、なんとも物騒な所だな」


 杉野は少し怖くなってきた。

 こんなティーガーが満足に動けない場所で、もしまた戦車にでも襲われたらどうすればいいのだ。

 逃げ場などないし、次も勝てるとは限らない。

 幸運というのは、そういつまでも続くものではないのだ。


「おい、杉野。ぼーっとしてねぇで、ちゃんと例のお化け屋敷を探せ」


 不安に駆られて、軽く放心状態になっていた杉野はエリックの怒気のこもった呼びかけで正気に戻った。


「あ、いえ、はい。なんですか?」


「だから、きんなんたらって屋敷を探すんだよ。車長のお前が頼りなんだから、しっかりしてくれよ」


「はあ、すいません」


 平謝りしてから、杉野はキューポラから周りの様子をよく観察した。


 インパクトの強いバリケードに気を取られて気づかなかったが、広場の奥にあるのは川の向こう側から見えていたお化け屋敷ではないだろうか。

 懐に入れておいた地図にも、川はないがお化け屋敷の前に広場が広がっているのが確認できる。

 やはり、ここで間違いないようだ。


「ありました。目の前に」


「それを早く言えよ!」


「すんませーん」



 エリックに怒られはしたが、ようやく目的のブツが見つかりそうだ。

 しかし、少々問題が出てきた。

 もうすぐ日が暮れてしまいそうなのだ。

 今回はソウルアイなしで、蝋燭の灯りだけ――杉野は端末の充電が切れたので、蝋燭を持っていくことになった――で探索しなければならないので、暗くなってくるのは相当キツイ。


「大丈夫ですかね。かなり暗くなってきましたけど……」


「ま、大丈夫だろ。お前らはもう素人じゃねぇんだし」


 そう言ってくれるのはありがたかったが、不安な杉野達としてはアドバイスの一つでもしてほしかった。

 どうにも、エリックは肝心な時には褒めずに、どうでもいい時は褒める悪癖があるらしい。


「文句言っててもしょうがねぇよ。ちゃっちゃと探して、さっさと帰ろうぜ」


 こういう時に、坂田のリーダーシップはとてもありがたい。

 本来は車長である杉野が言うべきなのだろうが、度重なる戦闘のせいで精神的に疲れてしまってそれどころではなかったのだ。



 一行は戦車を降りると、早速お化け屋敷へ突入した。

 まだ多少なりとも夕日が射しているので、手狭な玄関付近はわりと明るい。

 だが、古風な土間を過ぎ、奥へ続く長い廊下を進んで行くと、次第に外の光が届かなくなってくる。


「お前ら、ビビってねぇで早く進め」


 暗闇に怖気づいた杉野達は無意識にゆっくりと歩いていた。

 最後方にいたエリックに注意されても、杉野達は歩くペースを上げなかった

 何故なら、足元に色々なものが落ちているせいで、ちょこちょこ躓いているからだ。

 下手に急いで、狭い廊下で将棋倒しにでもなったら、怪我どころじゃ済まないだろう。



 ふと、何が落ちているのか気になった杉野が足元に蝋燭の光を当ててみると、そこには無数の黒い骨が絨毯のように敷き詰められていた。


「うおっ!」「痛ったーい」


 驚いた杉野は軽く後ずさりしてしまった。

 そのせいで、後ろにいた八坂と頭をぶつけ、さらに不運なことに八坂が端末を落としてしまったのだ。


「ちょっとどうしてくれるのよ。あんたのせいで、端末なくしちゃったじゃない」


「ごめんごめん。探すの手伝うから許してよ」


「蝋燭の灯りだけで探すのは大変ではないですか? 自分が照らしますです」


 ありがたいことに、神谷が自分の端末で足元を照らしてくれるようだ。

 杉野と八坂の二人は神谷の照らす光の中で、骨の絨毯に手を突っ込んだ。



 杉野達がなんやかんやとやっている間に、前を進んでいた坂田と清水の二人は廊下の奥まで辿り着いていた。


「二階に昇る階段と奥には座敷があるな。どうするよ? 先に二階行くか?」


 二階へ続く階段をライトで照らしながら、坂田は後ろにピッタリ付いてきていた清水に聞いた。

 しかし、返答はなく、代わりにかなりの力で抱きつかれた。


「ちょ、なんだよ、急に」


 焦った坂田が離れようとするが、清水の力はさらに強くなってきた。


「痛い痛い、痛いって!」


 あまりの痛さに坂田が声を上げると、急に痛みが引き、それまで抱きついていたはずの清水がいなくなっていた。


「あれ、何処行ったー?」


 あちこち見回し、階段の方にライトを当てると、階段を登り切った所に清水の姿が見えたような気がした。


「なんだよ、先に行くなよな。あぶねぇだろうが」


 ぼそっと文句を言ってから、坂田は階段を昇り始めた。



 階段を登り切ると、そこに清水はいなかった。


「なんだぁ? かくれんぼのつもりか?」


 清水がふざけているのだろうと思った坂田が近くの部屋へ繋がっていそうな襖を開けてみるが、そこにも清水はいなかった。

 ただ、二組の布団が大量の黒い骨に囲まれている異様な光景が広がっているだけだったのだ。


「いない……か」


 いつもならば大袈裟に驚いて、杉野か神谷辺りを呼んでくるだろうが、今はいなくなった清水を探すので頭がいっぱいになっていた坂田はそのまま襖を閉めた。

 他にも部屋があるのかもと、廊下を進んで行く坂田だったが、先程の部屋以外には小さな物置くらいしかなかった。

 その物置もバケツやほうきなどの掃除道具が入っているくらいで、やはり清水はいない。


「おーい、もういいだろ? 出てきてくれよ!」


 さすがにめんどくさくなってきた坂田が清水を呼んでみるが、返事はなく、ただ何処からか風の流れるヒューヒューという音が聞こえるだけだ。


「はあーあ、めんどくせーなぁ」


 軽く悪態をついてから、坂田は階段へ戻って、下にいる杉野達と合流しようとした。

 しかし、さっきから聞こえている風の音が大きくなったような気がして、坂田は思わず足を止めていた。


「誰かいるんか?」


 まるで口笛のようなその音に、坂田は少し恐怖を覚えた。

 それと同時に、その風の出処を探ってやろうとも考えていた。

 回れ右して、坂田が階段から遠ざかると、風の音は大きくなり、だんだんとこちらへ近づいているような気がする。

 そんなはずはない、と坂田は心の中で呟いたが、それをあざ笑うかのように今度は生暖かい風が坂田の首筋をくすぐった。


「ひぃ!」


 普段の坂田なら上げないような情けない声を上げてしまう。

 それほどに、この空間はおかしかった。

 だがそれでも、ここで逃げるわけにはいかない。

 まだ、清水が何処かに隠れているのかもしれないのだから。

 自分を奮い立たせる為に、坂田は自分の胸を拳で一、二回叩いた。


「待ってろよ。すぐに見つけだしてやるからな」


 勇ましいセリフを吐いてから、坂田は廊下の奥へと突き進んだ。



 廊下の奥に進むたびに、風の音は大きくなっていた。

 さっきのような生暖かい風は吹いてないが、それでも何処からか風が入ってきてはいるらしい。

 その出処を探れば、清水を見つけられるのではないか。

 そんな謎の自信が坂田を突き動かしていた。

 だがしかし、そう簡単に見つかるわけはなく、ついには廊下の奥の行き止まりに辿り着いてしまったのだった。


「ありゃー、おかしいなぁ」


 困った顔をしながら、坂田は行き止まりの壁に手をついた。

 すると、手をついた土壁がゴゴゴっと動き、風の音がさらに強まった。

 なんの意図もない、ただ何気なくついただけだったその手が風の出処を探し当てようとはさすがの坂田でも分からなかっただろう。


「なんか、忍者屋敷みてぇだな」


 思いがけず正解を引いた坂田は壁をさらに押して、その向こう側へ入ってみた。



 壁の向こう側には三畳ほどの部屋があり、その部屋はとても奇麗だった。

 それまでは骨やらゴミやらで足元の踏み場がなかったのに、ここだけは埃一つ落ちていないのだ。

 埃がないのも不自然だが、家具も何もないのもおかしい。

 いや、あった。暗くて見えなかっただけで、確かにそれはあったのだ。

 ライトの光を反射したそれは、古い鏡台だった。

 不気味なほどに奇麗なその鏡には、確かに坂田の姿が映っていた。

 もちろん、それ以外には何も映ってなく、ただ暗闇が広がっているだけだ。

 その鏡台が妙に気になった坂田は、そろりそろりと近づいてみた。

 遠くからは気づかなかったが、鏡台には小物が入りそうな引き出しが三段あった。


「げっ!」


 坂田は鏡台に近づいたことを、今更になって後悔した。

 その引き出しに大量の血が付いていたからだ。

 長いこと誰も入っていない廃墟にあるにしては、その血は鮮やかな赤色をしていた。

 坂田は一瞬怖気づいたが、なんとなくその引き出しを開けてみたくなった。


「今ならうるさい教官もいないし……」


 自分に言い聞かせるように言い訳をしてから、坂田は一番上の引き出しを開けてみた。

 引き出しの中をライトで照らしてみると、例の「禁后」と書かれた藁半紙が入っていた。

 つまりは、この鏡台が今回のターゲットのようだ。


「よっしゃ! これで手柄を独り占めできるぜ」


 喜び勇んだ坂田は部屋を出ようと壁に向かったが、何故か鏡台が気になって足を止めてしまった。

 二段目には何が入っているのだろうか。

 ただそれだけが気になり、坂田はその場から動けなかった。

 駄目だとは分かっているが、好奇心を止められなかった坂田は再び鏡台の前に戻り、二段目の引き出しに手をかけた。

 一段目よりかは抵抗があったが、引き出しは何処かに引っ掛かることもなく開いた。

 ワクワクしながらライトで照らしてみると、そこには大量の黒い髪の毛がわんさと詰め込まれていた。


「うげげっ!」


 気分が悪くなってきた坂田はすぐに引き出しを閉めたが、あることが気になって、ちょこっとだけ開けた。

 坂田が気になっていたこととは、髪の毛の中に白い何かが混ざっていたことだ。

 その白い何かの正体は人の爪、しかも白い部分だけでなく、よく見るとピンクの部分も混ざっていた。

 何者かの爪は一つや二つどころではなく、髪の毛に絡まるようにして、いくつも散らばっていた。

 少なくとも、二十個はありそうだ。

 再び気持ち悪くなってきた坂田は、ようやく引き出しを閉めた。

 これに懲りて、今度こそ杉野達の所へ戻るかと思いきや、坂田は最後の三段目へと手をかけていた。

 そして、気づいた時には引き出しを開けてしまっていたのだ。

 坂田自身、何故やってしまったのか分からなかった。

 自然と身体が動いていたような気がするが、今となってはそんなことはどうでもいい。

 一段目、二段目と見たのだから、三段目の中身を見てしまってもいいだろう。

 そんな適当な理由で、坂田はその中身を見てしまった。

 坂田が見てしまったもの、それは……。

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