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Operation Soul~若者達の幽霊退治~  作者: 杉之浦翔大朗
第一章 Soul Research Institute
10/103

10 八坂の暴走

 翌朝、八坂が作ってくれた朝ごはんを食べ終わると、仕事の準備が始まった。

 まずは、銃の点検から行い、終わったら腰のホルスターに突っ込んでおいて、いつでも突入できるようにしておく。

 次に、充電しておいたソウルアイと端末の動機チェックを行う。

 いざという時に操作ができないと、パニックになってしまう為、とても重要な作業だ。



 ちょうど全ての準備が終わったところで、小屋の中へ博士が入ってきた。


「おはよう、諸君。昨日はよく眠れたかな? 大抵、初仕事を終わらせた夜は悪夢にうなされるものだが、どうやら大丈夫みたいじゃな」


 昨晩は寝つきも良く、ほとんど夢をみることもないくらいに深く眠れた。

 いつもなら夜はうるさい連中も割と早めにぐっすり寝てくれたのが幸いしたのだ。

 

「では、準備ができたようだし、早速仕事に行ってもらおうかのぅ」


 時刻は朝七時半を少し過ぎたくらいなので、まだ廃墟の中は暗い。

 昨日の昼よりも、入るのに勇気が要りそうだ。

 杉野は、深呼吸して気を落ち着けると、小屋の外に出た。


「んで、今日も一階の探索なんか?」


「ふむ、せっかくだし、今回は二階の探索を行ってもらおう」


 特に作戦があるわけでもなく、杉野達は適当な指令の下、廃墟へ突入する。



 中は予想通り暗く、肉眼では入り口から3mくらいしかまともに見えない。

 杉野は、早速、ソウルアイをナイトビジョンモードに切り替えた。



 階段までは、何事もなく辿り着いた。

 おそらく、入り口の近くは警戒して、幽体も出てこないのだろう。

 ギシギシと音を鳴らしながら、四人が一段づつ慎重に上がっていくと、少しづつ前方が明るくなってきたようで、ソウルアイが通常モードに切り替わる。



 二階へ上がり切ると、外とさして変わらないほど明るいことに驚く。

 ふと、上を見てみると、大きな天窓から朝日が射している。

 ただ、天窓は東側の屋根にしか付いていないようだ。

 おそらく、日が西に傾いてくると暗くなるのだろう。

 だから、博士は朝のうちに二階の探索をさせたのだ。


「結構明るいですね。これなら、何があっても怖くないかも……」


 意外と怖がりらしい神谷が胸を撫で下ろす。


「そうだなぁ……よっしゃ、ちょっくら偵察してくるわ」


「ちょ――単独行動はまずいですよ」


 杉野が止めるのも聞かず、坂田は手近なドアを開けて行ってしまった。


「こんだけ明るいんだから、大丈夫でしょ」


 八坂がそう言ったので、しばらく部屋の外で待つことにした。

 ほどなくして、坂田が戻ってくる。


「なんかありました?」


「いんや、紫色の鏡しかなかったわ」


 それを聞いた神谷が急に焦りだした。


「何てこと言うんですか! せっかく、忘れてたのに!」


 そう言うと、そそくさと坂田が見てきた部屋に入っていく。


「なんか変なこと言っちまったかなぁ……」


 次の瞬間、銃声と鏡が割れる音がほぼ同時に聞こえてきた。



 杉野達が中に入ると、ちょうど神谷が幽体を捕まえたところだった。

 その部屋は寝室だったようで、大きなベットの向かいに神谷が撃ったのだろう鏡の破片が散らばっていた。

 しかし、破片は紫色ではなく、無色透明であった。


「おー、すげーじゃねぇか! なんでわかったん? 俺が入った時はなんもいなかったのに」


「まあ、長年の勘……ですかね」


 神谷が得意げに捕まえた獲物を軽く掲げてから、腰のホルダーに差した。



 二階には、坂田が偵察した部屋以外にも、二つ扉が残っている。

 その一つに、今度は八坂が一人で偵察に行くことになった。


「ま、頑張ってこい。骨は拾ってやる」


 坂田が適当なことを言うが、八坂は見向きもせずに目的の部屋に入った。



 部屋に入ると、洋風の館には不釣り合いな日本人形が所狭しと並べられていた。

 八坂が人形の一つに触れてみると、ビリっと静電気が走る。

 とっさに手を引っ込めると、後ろから気配がした。

 勇気をふり絞って振り返ると、そこには唯一の出入口である扉を塞ぐように、三体の人形が置かれていた。


「ヒッ――」


 思わず、声を出して後ずさりすると、今度は何者かに腕を掴まれる。

 恐る恐る腕を見ると、なんとさっき触った人形が自分の腕を掴んでいるではないか。


「キャァァァァァァ!!!!」



 八坂が入った部屋から大音量の悲鳴が聞こえてきたので、残った男三人が急いで扉を開けようとするが、なぜか開かない。


「なんでだよ! さっきまで鍵なんてかかってなかっただろ!」


 坂田が悪態をつきながら、扉にローキックを食らわせるが、びくともしない。


「こうなったら、三人でタックルしましょう!」


「OK !」「分かりました!」


 杉野の提案に、残りの二人も了承する。

 三人が狭い廊下で少しでも助走をつけるために壁に張り付いた。


「せーの!」


 杉野の合図で、扉にタックルを食らわせると、扉が勢いよく開いた。

 その時、バキッという何かが壊れる音が聞こえたような気がした。



 中に入ると、黒い砂のような粉が散らばった部屋で、日本人形を銃床で叩き壊していく半狂乱状態の八坂がいた。

 こんな時でも冷静な坂田が、携帯している水筒の中身を八坂の頭にぶちまけると、ようやく平静を取り戻す。


「なにやってんだよ、ったく、もったいねぇな~」


 坂田が、頭が割れて無残な姿となった人形を持ち上げる。

 すると、まだ片方だけ残っていた人形の右腕が、グワッと上がった。


「うわっ!」


 ビックリして、思わず床に落とすと、人形の中から幽体が飛び出す様子がゴーグル越しに見えた。


「こいつら全部、幽体が憑いてたんすよ!」


 杉野が叫ぶと、幽体に向かって発砲を開始する。

 しばらくの間、ぽけーっとしていた八坂も、杉野の声を合図に獲物を撃ち始めた。



 次々と、人形から出てくる幽体を撃ち続け、十分ほど格闘した末に、ようやく獲物を視認できなくなった。

 結果として、この部屋だけで十体もの幽体を捕まえることができた。

 しかし、四人の中で一番射撃の成績が悪い八坂だけは、一体も仕留められなかった。


「いやぁ、そういう日もあるって、ドンマイ!」


 坂田が不器用に励ます。

 それを無視して、何かを思い出したように扉の裏を見た八坂が何かを見つけた。

 近寄ってみると、そこにはバキバキに壊れた人形と、怯えた幽体が三体いた。

 これにより、この部屋だけで、坂田四体、杉野三体、神谷三体、八坂三体の合計十三体の捕獲という大戦果を上げたのであった。



 少し落ち着いてから、二階の最後の扉を杉野が見てくることになり、渋々廊下の奥の扉に近づいていく。

 扉を開いてみると、中は思ったよりも狭かった。

 それもそのはずで、中には水の枯れた洋式のトイレしかなかったのだ。

 意外にも綺麗な便器や扉の裏などを調べてみるが、特に何も見つからない。

 拍子抜けした杉野が扉を閉め、仲間の元へ帰ろうとすると、今まさに調べた扉の向こうから水の流れる音がした。


 しかし、そんなはずはない。


 水は完全に枯れていたはずだし、何より水道が通ってないのに流れるはずがないのだ。

 杉野は意を決して、さっき閉めた扉を再び開けた。


 中には何もいなかった。


 試しにトイレのレバーを引き、水を流そうとしてみるが、うんともすんともいわない。

 諦めて扉を閉めると、今度は子供の笑い声が聞こえてきた。

 今度は勢いよく開けてみるが、やはり何もいない。

 結局、最後の部屋の収穫は不気味な音だけだった。



 二階から降りて廃墟を出ると、博士に結果を報告する。

 ソウルキャッチャーを渡すと、何やら難しそうな機械に差し込んで、データを確認していく。


「いやはや、お見事じゃのぅ。ただ、今回も探しているターゲットは捕まえてないようじゃ」


「そういえば、そのターゲットってなんなんすか?」


 博士がこちらに振り向き、しまったって感じの顔をした。


「そういえば言ってなかったな。……今回のターゲットは子供の幽体なんじゃが、こいつがなかなかに曲者でのう。今迄に何回も捕まえに来てるのじゃが、一回も姿を見せないのじゃよ」


「子供の声なら、さっき二階で聞きましたよ。姿は見えませんでしたが……」


「ほぉ! それはいい傾向じゃ、過去の作戦では姿どころか声すらも聞けなかったからのぉ」


 二階のトイレで体験した現象の原因が分かり、杉野は幾分か安慮した。



 それからは、少し早い昼飯を食べて、一時間休憩を入れてから、博士による講義が始まった。


「今日の作業は終わりにして、二日間の成果をまとめたいと思う」


 そう言うと、仮拠点としていたタープを教室代わりに、会社から持ってきたホワイトボードを使って、情報をまとめ始める。


「まず、昨日の八坂君が録ってきてくれた映像についてだが、テレビに映っていたあの顔は何か分かるかな? ……杉野君、どうかね?」


 急に指名されて面を食らった杉野は、答えるのが少し遅れた。


「えっ――えーと、超常現象的な?」


 杉野の答えに、やれやれといった顔でホワイトボードに向きなおる。


「まず、幽体というのは電磁波のようなエネルギー体で構成されているとこの間説明したと思うが、こやつらには電気を操れるという特技があっての、これによって電化製品を自由に操れるというわけじゃ。つまり、テレビにあのような映像を出すような芸当も簡単にできてしまうというわけじゃな」


「でも、待ってください。あの廃墟にはもう電気なんて流れてないですよ」


 神谷が横槍を入れる。


「良い質問じゃ。実はな、幽体は電気を操るだけでなく、電気を幽体自身が纏うことにより、電気を持ち運ぶこともできるのじゃ。ちなみに、この特性を利用した特殊バッテリーを開発部の方で開発しているらしいのじゃが、まったくいつになったら実現するのやら……」


 話が脱線していき、会社の無駄な部署やら闇の深い裏話やらをぐちぐちと話していく。


「しかも、あやつらときたら……おっと、ちょいとばかし脱線してしまったな。さて次に、今日の作業で坂田君と神谷君が目にしたという紫の鏡についてだが、これについてはどう考えるかね?……では、神谷君?」


 呼ばれた神谷が待ってましたといった感じで、得意げに答える。


「それはですね、二十歳(ハタチ)までに『ムラサキカガミ』という言葉を覚えていると、不幸になるという都市伝説がありまして。まあ、所詮迷信だとはおもいますけどね……ちなみに、一緒に覚えておくと不幸を回避できるとされるのが、白いすい――」


「もうよい、君に聞いたワシが悪かった。この鏡が何故紫色だったのか。そして、何故幽体を捕まえたら元の色に戻ったのか、これは幽体が自分の姿形を自由に変えられるからじゃ。物に纏わりついて色を変えることもできるし、口裂け女やら人面犬やらに化けて、都市伝説となることもできる。かつて、妖怪と云われ恐れられた者共も、恐らく幽体が化けていたんじゃろうな」


 それを聞いて、神谷がつまらなそうな顔をする。


「ちなみに、姿を変えるだけでなく音を出すこともできるぞ。杉野君が最後に聞いた水の音は幽体が出したものじゃろうな。さすがの幽体でも、液体までは運べないからのぅ」


 杉野の疑問もついでに解決して、博士はさらに続ける。


「最後に、八坂君が遭遇したポルターガイスト現象についてだが、あれについては……そうだのぅ、八坂君自身に答えてもらおうか」


「えーと、ポルタ―……なに?」


「あの、人形の腕が動いてたやつですよ」


 神谷が注釈を入れる。


「あーあれか、見間違えとかじゃないですか? ほんとは動いてなかったのかも?」


「それで、あんな暴れるかよ…」


 呆れた坂田を、八坂が睨む。


「ふむ、本当にそうだろうか。では、実際に映像を確認してみよう」


 そう言うと、仮設テーブルの上に置いたノートパソコンをこちらに向ける。

 画面には、ちょうど坂田が見たという人形の腕が動くシーンがバッチリと映っていた。

 ふと、八坂の方を見ると恐怖で顔が引きつっている。


「残念ながら見間違えなんかではない。ところで、ここにエリックに回収してもらった例の人形があるのじゃが……」


 博士が懐からボロボロの日本人形を取り出すと、八坂が音もなく杉野の後ろに隠れる。


「ホッホッホッ、そう怯えるでない、もう動くことはないからのぅ。……さて、この人形を調べたところ、面白いことが分かった」


 そう言うと、ポケットから小さなビニール袋を取り出した。

 中には、あの部屋で見た黒い粉が入っている。


「これ、なんだと思う?」


 坂田が手を挙げて、答える。


「火薬!」


「砂鉄じゃよ、これがこの人形の中にぎっしり詰まってたんじゃ。大方、幽体がどこからか持ってきて入れたんじゃろうな」


「でも、どうやって動かしたんですか? 物を動かす能力でもあるとか?」


 杉野が、疑問をぶつける。


「よい質問じゃな。実は、幽体には磁力を自由にコントロールする能力があるのじゃが、さすがにこんな木で出来た人形を磁力で動かすことなどできるはずがない。そこで、そこらの川辺から砂鉄を持ってきて人形の中に入れれば、磁力で操って人形を動かすことが可能となるのじゃな」


 言いながら、片腕だけになった人形の残った腕でこちらに手を振る。


「さて、これで今回の講義は終わりじゃ。何か質問はないか?」


 誰も挙手しないのを見て、博士は深いため息をついた。


「まったく、やる気のない生徒じゃのぅ。では、これにて今日の仕事は終了じゃ。さあさあ、早く晩飯の準備をしなさい」

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