始まり?
ここは何処だ?そもそもいつの間にここに来たんだ?頭の中には?しか浮かんで来ない。
まずは先日の事を思い出してみよう。
俺は發祢司、苗字こそ珍しいが特別顔が良い訳でも無く、なんでも出来るエリートでも無い。食うのがやっとなサラリーマンだ。
やっと残業が終わり、電車に乗ろうとしたが終電はとっくに過ぎているので仕方なく歩いて帰る事にした。
途中、コンビニに寄り晩飯にと酒と弁当を買って、家路に急ぐ。
――もう外は真っ暗だ。
自宅のマンションに着けば真っ暗な部屋が出迎えてくれる。
まずは飯を食う、風呂に入る、寝る前に若干ぬるくなった酒とつまみを出す。テレビのニュースでは相変わらず何処の誰が死んだとか、強盗が捕まったとか、自分の知らない所でいろいろと起こっているようだ。
チャンネルを変えれば興味が無いアイドルが何か歌っている、何処かで聞いた曲だが何処で聞いたのか思い出せないな…
そうこうしてるともうこんな時間だ、明日も早いからもう寝ないとな…
目覚ましをセットし、ベッドに入る。疲労と酒が入る事で眠るのはすぐだった。
――そう、いつもの日常だ。起きて、仕事に行き、帰って寝る。何でもない普通の日常。それなのに…
――朝。目を覚ます前に違和感を感じた。
ベッドの感触が違う、なんだか背中にゴワゴワとした物やら硬い物が触れている?それに酷い悪臭がする…
おかしい、部屋にはそんな変な物は置いていないはずだ。
恐る恐る目を開けてみる。
――暗い?違う、目の前に何かがあるのか。
何だかわからないが、どかさないと動けないな…目の前の物を掴んでどかそうとするが無駄に重く感じる、元々が低血圧だから朝は力が入らない。
――しかしこんな物部屋にあっただろうか?
やっとのことでどかして体を起こす。そこには…
「なっ…!?」
思わず声が出た。
辺りを見渡せば大小様々なゴミ、ゴミ、ゴミ。
――どう贔屓目に見てもゴミ捨て場としか言えない場所だった。
「はっ?…ちょっ…えっ…?」
わけがわからない!俺は自宅のマンションで寝てた筈だ!それなのに今はゴミの上で寝ている!?
全く理解が追い付かない。落ち着け!まずは現状把握からしよう。
そう思い、深呼吸する。悪臭が肺に入ってきて気持ち悪い、するんじゃなかった…
まず一つ、明らかに自宅では無い。家はこんなゴミ屋敷じゃない。
二つ、自宅近くにこんなゴミ捨て場があるとは聞いたことがない。
三つ、ゴミを見てみたが、日本ではあまり見たことが無いような物が多い、紙のような物もあるが明らかに紙ではない、書いてあるものを読もうとしたがさっぱりわからない。
日本語でも英語でもなく、記憶の片隅にあるテレビで見た他国の文字とかを思い浮かべてもみるけど、どうもそれ等とも違うようだ?
考えれば考えるほどわからない…とにかくこんな所でいつまでも途方に暮れていて良い訳が無い。
だがこれだけゴミがあるという事は近くに人が居るって事ではないか?
「よし!まずは人を探そう!」
と声に出した所で気が付く、…やけに声が高い気がする?と手を喉に伸ばした所でその手が小さい事にも気が付いた。
明らかに子供の手だ。
「子供に…なってる?」
これは何の冗談だ?これじゃあまるで大学生探偵が子供になった漫画の世界みたいじゃないか。
まあそんなことはどうでもいい…良くはないが、ここが何処なのか知らなくてはならない、現在地さえわかれば自宅に帰る事が出来るだろう。
立ち上がろうと視線を下げると…裸だった。
――いや、気付いていた、気付いてはいたがとても服がどうとか言っていられる状況では無かったのでどうやら頭の外にあったらしい。
どうしよう?さすがに見た目は子供(?)とは言え裸で人に話しかける度胸は残念ながら持ち合わせていない。
辺りを見回すがやはりゴミしか見当たらない…助けを呼ぶにも枕元にあった携帯も無い。
溜息を一つ吐いて、足の上にあったゴミをどかして立ち上がる。一歩目を出した所で盛大に転んだ。
再度立ち上がろうとするが、うまく力が入らない。
こんなガリガリの、悪く言えば栄養失調みたいな体だ、当然だろう。
改めて立ち上がるも、生まれたての小鹿のような立ち方だ…
プルプルする足を叩きながら歩き、体を隠せる物を探す。
ゴミ漁りなどしたくはなかったが非常事態には仕方がないだろう。
手でゴミをかき分けていると「――痛っ!」何かで手を切ってしまった様だ。
右手を見ると赤い滴が膨らんでくる。
ちょっと切っただけなのに物凄く痛い気がする…視界も滲んできて、泣くのを我慢できなかった。
頭では泣くほどの傷じゃないと判っているのに、抑えが利かない。
泣きながらゴミを漁っていると一枚の襤褸切れを見付けた。
両手で掴み、ウンウン唸りながらもなんとか引っ張り出す事に成功する、この体を隠すには十分な大きさだ。
とても汚くて身に着けるのも嫌だが、これ以上の物をここでは期待出来ない。
だがこれでようやく探索が出来る。
襤褸切れを身に纏い、真っすぐ歩く、しばらく歩くと柵が見えてくる。
そこから柵伝いに歩いていると、門が見えた。
扉は格子状の重そうな鉄製の奴だが、幸いにも鍵などは掛かっていないようだが…この体でこれを開けるのは重労働だ。
「~~っ!!」体重を掛け、肩で押すようにゆっくりと押す、金属の軋む嫌な音がしながらゆっくりと開く。
荒い息をしながら、やっとのことでゴミ捨て場から抜け出すことができた。
息を整えながら前を見ると、一本の道が見える、先には通りがあるようでちらほらと人も見える。
――ああ、人が居るってわかるだけでこんなにも安心できるんだなぁ…と、しみじみ思ってしまった。
それともう一つ不思議なことがある、道はあるのだがその道が、
「石畳?」
そう、石畳なのだ、日本であれば普通は大抵アスファルトかコンクリートで舗装されている。
なんだかとても嫌な予感がする…そう判断できる様な材料はあった…少なくとも日本ではないだろう。
仮に海外であっても何処なのかさえわかれば帰る方法があったかもしれない。
だがこの体はどう説明する?今は気力で動いているが、横になれば動けなくなりそうな体力しかない子供の体だ。
説明の付かない事ばかりだが、今こうして此処にいるって事は、俺の他にもここに来てる奴が居るのかもしれない。
「まだ諦めるには早い…か」
ゴミ捨て場からの脱出も出来た、息も整った、次は通りへ出て現状を教えてくれるかもしれない人を探す。
通りへ向かって歩く。
――ここからが最悪な日の始まりだとはまだ考えていなかった。