次は二年三組のステージ発表、演目は「桃太郎」です。(三十と一夜の短篇54回)
キーンコーンカーンコーン……
もうすぐ文化祭。今年はコロナを警戒して、学校イベントはだいたい短縮か取りやめなのだが、文化祭についてはもろもろに配慮をすることでOKが出た。
「桃太郎をアレンジしてやろうよ」
誰かが放ったこのひと言でクラスの出し物は決定。わりと全体のノリはよいようだ。役者と裏方を大まかにわけるためにも、まずは脚本に手をつけることにした。放課後の教室に残るのはクラス委員長の友影、そして脚本がやりたいと挙手をした村田の二人だった。
「いやーもう脳内スパークしちゃってさ。あふれんばかりの俺のアイディア、聞いてくれない?」
委員長はノートとシャーペンをスタンバイ。ひとまず村田のアイディアとやらを聞くことにした。
◇
むかしむかし、あるところに、お爺さんとお婆さんがいました。
お爺さんはトレーニングルームで腕立てふせ。お婆さんは川辺をランニングしていました。
——おい待て。なんだそのアグレッシブなじじいとばばあ。
——この二人はぜひともウエイトリフティング部の大根卸田と加藤にお願いしたい。
——バカじゃねえのか。……だが嫌いじゃない。
お婆さんがランニングをしていると、大きな桃がどんぶらこ。どんぶらこ。お婆さんはそれを家へと持って帰ったのでした。
「これは重い。いいトレーニングになるわい」
——できれば片手で持ってほしい。
——くそ。おもしろそうだ。
お婆さんは桃をトレーニングルームへ持っていきました。これにはお爺さんも「良質な糖分」とにっこり。
二人が休憩がてら桃を食べようとすると突然、桃がぱっかーんと割れてしました。中にはふたごの赤ん坊がおりました。
——ふたご?
——ここ大事。
それを見たお爺さんとお婆さんは大喜び。赤ん坊は「桃太郎」と「桃子」と名付けられました。
——おい、桃子って……
——桃子にはかわいいどころ……そう、佐伯。アイツしかいない。桃太郎には野球部の内田だ。
——マジかよ。おまえ、本気なんだな。
——当たり前だろう。全力でやるさ。
二人とも、プロテインを飲んでみるみると大きくなりました。桃太郎は太くたくましく、桃子はとても可愛らしいのです。お爺さんとお婆さんはともにストレッチをしたり、ベンチプレスの記録をきそったりと充実した時間を過ごしました。
ある日、桃太郎と桃子はいいます。
「鬼ヶ島へ、鬼を退治しに行きます」
「それはならん」
さえぎったのはお爺さんです。鬼は強い。かわいい桃太郎たちが危ない目にあうのが心配なのです。
「もし、鬼ヶ島に行くというのなら! このワシを倒してからにしろぉぉおおうっ!」
じじいとばばあを倒せんことには鬼に勝つなど到底不可能。これすなわち愛の試練。唐突に鳴り響く戦いのゴング、それはこれから起こる惨劇のはじまりか。脅威の爺&婆のタッグに立ち向かうのは、われらが桃太郎&桃子! さあ戦いの幕がいま切って落とされた!
——ほら、山口っているじゃん。あいつ放送部で、ものすごく滑舌いいんだよ。ナレーションはぜひアイツにやってもらいたい。セリフも各々あてる。
——飛沫防止で役者は舞台上ではしゃべらせないってワケだな。やるじゃねえか。
——あと、戦いの様子はでっかい一枚絵にまとめる。プロジェクターでもいい。クラスにいる漫画研究部、あいつらの腕の見せ所だぜ。
——熱いな。
そして苦戦のすえに桃太郎と桃子は勝ち、お婆さんからプロテイン団子を奪いとると、鬼ヶ島を目指して旅にでたのでした。
道中出会った犬、猿、キジをお供にし、さらに武闘派ヤンキー数人と各種銃火器を携えた傭兵を仲間にしました。
——ちょっと待て、なんだそのメンバー。
——お供が動物だけとか正気の沙汰じゃない。現実思考でいこう。
——桃から産まれた時点で正気もクソもないわ。……で、人選は。
——ヤンキー役はサッカー部の陽キャ連中。あと傭兵はサバゲー狂いの村田と、日本SUGEEEE信仰で自衛隊志望の久谷だな。服も武器も自前で持ってくるさ。
そしてダメおしに医者と弁護士も仲間にしました。
——備えあれば嬉しいな、ってな。
——うれいなしだよバカ。
ついに到着した鬼ヶ島。直前で合流したお爺さんとお婆さんをも加えた桃太郎たち一行は、鬼の総大将に勝負を挑みます。
——総大将役は内藤。
——学校きってのイケメンか。
——劇の中だけでもボコボコにしたい。というか内藤、見間違いじゃなきゃたぶんコスプレやってると思うんだ。超美麗な鬼コスお願いって言ったらノリノリでやってくれそうな気がするんだよね。
——おまえリサーチの鬼かよ。
激戦のすえ、多くの鬼たちが敗れました。残すは総大将のみ。やつの首をめがけ、桃太郎が刀を振り上げたその時でした。
「やめて! パパを殺さないで!」
飛び出してきたのは総大将のひとり娘、鬼子でした。
——ちょっと待て。
——まあ聞け。上条いるだろ。あいつ目元がシャープでな、マスクしとけばきれいな顔に見えんだよ。舞台上のやつらは全員マスクをさせるから、衣装とメイクしだいでどうとでも化ける。確か相沢ってやつ、美容師志望だった気がするんだよね。衣装はおシャレニストの杉内か、ドール沼の吉野か……
——くそ、がぜん楽しみになってきたじゃねーか。
ここで桃太郎が鬼子に向かって言います。
「……おまえ、うちの妹とアイドルになる気はないか」
互いに手を取りあい人間と鬼との共存。これこそ真の世界平和。その架け橋として、桃子とともにステージにたとう。そう桃太郎は続けます。そうして鬼子はアイドルになることを決めたのでした。
——おい!
今ここに『ふたごデュオ☆桃子and鬼子』が爆誕。この日のために我々二年三組は魂を燃やしてきました。それではみなさん! 今日だけのスペシャルステージを、どうぞお楽しみください!
——おいーっ!!
——アイドルオタクと公言してる八熊が監修すれば、間違いないと思うんだよ。ダンスの指南は赤井。あいつダンスの大会で優勝してんだぜ。歌は太田と八代だ。太田は知っての通り天然アニメ声。八代はTIKTOKの歌ってみた動画でかなりバズってた。いいか、みんなで総動員して、文化祭だけのスペシャルなステージを作るんだよ。役者も裏方も、みんな輝くステージを!
——くそ! くそ! 楽しみでしょうがねえっ!
◇
『みんな、ありがとーーー!』
鳴り止まない喝采。興奮する生徒たち。ステージ場では桃子と鬼子の二人が手を振っている。それらを舞台袖で見守っているのは今日まで頑張ってきたクラスのメンバーだった。隠キャも陽キャもボッチもパリピも、このときばかりは心がひとつだった。
どれも順風満帆だったわけじゃない。意見が割れたこともあった。お金がなくて良い道具を集められなかった。思ったように歌えないと泣いた太田。筋肉が仕上がらないと嘆いた大根卸田。それでもみんながアイディアを出し合って、歩みよって、協力した。泣いて、笑って、怒って。そして全てを出しきった今、みんなが喜んでいる。普段はバカにしている泥くさい青春が、確かにここにあった。
「俺だけの力じゃ無理だった。配役を承知してもらったのも、裏方が頑張ってくれたのも、委員長の人柄があってこそだ」
「よせやい」
「おまえの類いまれなる人心掌握術には日頃から感心してたよ」
「……そういうおまえこそ何者だよ。こんなとんでもない発想、どうやったら湧いてくるんだ」
「人間観察が趣味の、しがないWEB小説家さ。正直、俺は口だけで、みんなを率いる度胸はないんだ。だから俺の話を聞いて、実行に移してくれた委員長にはほんとに感謝してるよ」
あれは人間観察の域をこえてんだろキモいと思う委員長であったが、それを口にすることはない。ステージに沸く生徒たちを見ながら、その顔には笑みが浮かんでいた。
「桃子ちゃーーーん!! こっち手ェ振ってーー!」
「鬼子ちゃん可愛すぎる! ヤバいはまった!!」
「誰か俺をまっとうな道に戻してくれーー!」
鳴り止まない桃子&鬼子コールはどれも野太い。沸き立つ熱気で、体育館は蒸し暑いほどだ。やがて拍手はアンコールに代わった。タイミングをはかり、クラス全員がアンコールの準備に移る。事前に打ち合わせていた通りだ。いったい誰がこの結末を予想しただろう。いや、発起人である村田だけは確信していたと思う。とんだエンターテイナーだ。
「……男子校で、ここまでやるとは恐れ入ったよ」
最近漫才をよく聞いていたからか漫才ちっくになりました。