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第05話『オーク村の村人』

 改めて動物小屋を見てみると、なかなか整備されている。

 これだけの動物が飼育されているなら、オークを食料にする必要性は下がったが……。


「あっ」


 裾を絞ったもんぺに綿か動物の毛が入った袢纏はんてんを着た、小柄な少女が、両手に水桶を持ってよろよろと歩いていた。

 ネラと視線が合う。


「はじめまして。ここに住んでる人間、だね?」


 少女は頷いた。

 ネラが長身で肩幅もある体つきというのもあるだろうが、近寄ると少女の背丈が小さく華奢なのがよりハッキリする。

 この世界の女性の平均的な体格は知らないが、流石にこれで平均以上という事はあるまい。平均かそれより低めだろう。


「私の朝食を作ってくれた人?」


「それは、私ではありません。ごめんなさい」


「謝る必要は無いし、作ってくれた人は居るんだろう。良ければ案内してくれないか?」


「え、はい。あの、そこに居るのは、ユニコーン……ですよね?」


「ああ、まあ……」


『まあ、ではなく、僕は正真正銘のユニコーンです。宜しくお嬢さん』


「聞こえてないようだが」


「えっ、ユニコーンとお話が出来るのですか? ユニコーンは清純な乙女にしか付き従わないと聞いた事があります」


『清純な乙女……フィヒッヒッヒッ……ネラが? 清純な? 乙女? だとしたら、この世の全ての女性は清純な乙女だよッ』


「私はただ、(いなな)きを感じ取っているだけで、声などはとても……それこそ選ばれし乙女の力だろうね」


『急にイケメン気取って口説き始めるような乙女なんて、居る訳ないもんね』


(ルブラン黙れ。トイレ禁止にするぞ)


『破壊光線を忘れるなよ』


「……あの、どうしたのです?」


「なんでもない。水汲みに行って来たんだろう? 私が持とう」


 おろおろしている少女の両手から水桶を奪うように、ネラが持ち替えた。

 かなり大きな手桶で、桶自体の重さもかなりあるから、普通の少女には重労働だろう。

 満杯まで汲むととても持てないからだろうが、桶の1/4くらいしか水が入っていない。


 ネラは2つの桶の水を1つに纏めて、空になった方を少女に返すが、纏めても桶の半分程度しかない。

 ついでに、というかそちらが主目的だが、触れた少女の手から【W-01】を通して情報を収集しておく。

 それなりに詳細な身体情報は、これで得られる。


「ほら、これなら持てるだろ?」


「ありがとう、ございます」


「名乗ってなかったね。私の名前はネラ。こっちのユニコーンに特に名前は無いようだ」


『おい! 僕が直接話しかけられないからってそれは無いだろう。君が付けた名前じゃないか!』


「私はミリーと言います。あの、昨日の夜に新しい頭領になった方……ですよね?」


『無視をするなよ』


「まあ、そうだけど、君は頭領と言うんだ。他の人達もそうなのか? オーク共は王様と言っていたが」


「失礼しました! あの、でも……」


「私自身、こんな集落一つで王様なんて名乗りたくないしね。頭領って言う方がまだしっくりくる。村長でもいいかな」


『王様! ルブランはここに居ます!』


「ああそうだ。もし水汲みに何度も往復する必要があるなら、両方とも満杯にして持って来ようか?」


「えっ、良いんですか?」


「良いよ。お互いに仕事が早く終わるだろ?」


「じゃあ、お言葉に甘えて、水汲み場はこっちです」



 集落を下って案内された水汲み場は、本当にただの水汲み場だった。

 川の流れが緩いところにある屋根付きの桟橋でしかない。明らかに桟橋なのだが舟は無さそうだ。


「井戸とか無いの?」


「あったんですが、壊れてしまって……」


「直せる人が居ないのか?」


「はい……」


 水を使うのにいちいちこれでは不便過ぎる。後で直すか。


(水を、浄化したくはないか?)


『僕を何だと思ってる?』


(浄水器じゃなかったのか)


『帰る』


(聡明で綺麗好きなルブランは、この水質をどう判断するか!)


『ここらの水は……水源は問題無いけど、多少は汚染はあるよ。気にする程では無いと思うけどね』


(冷たい水が飲みたい。沸かしてから冷ました奴は違うんだよ)


 ルブランが浄化した水を桶に満杯になるまで、ミリーに持たせていた桶にも満杯になるまで入れる。

 ネラとルブランを交互に見ながら、ミリーが凄い凄いと呟いていた。


「じゃあ帰るか」


 ルブランの背に乗せられた桶は、鞍のように密着する【W-01】のお陰で落ちない。

 並んで歩きながら、ミリーはちらちらとネラを横目に見上げる。


「何か?」


「いえ……この水桶、オークが使うように作られたものなので、男の人でもなかなか持てなくて」


「惚れて良いぞ」


『それは僕のセリフなんだよ』


 オーク用の水桶は一般人が使うには大きすぎる。

 満杯にすると、ミリーくらいの体格なら体重の半分以上はあるだろう。

 だがそれで苦労するなら、人が使うのに丁度良い大きさのを別に作れば済むだろうに、何故オーク用の大きいのを2つ持ってそれぞれ1/4という中途半端な事をするのか。


「何で、桶を2つ持ち歩いてるんだ? 1つじゃダメなのか?」


「何で、でしょうね……? 昔から皆そうしていたので……」


 特に理由の無い前例の踏襲。


「じゃあ、持ちやすい小さい桶を作ったら?」


「それも難しいです……」


 井戸を直せないのと同じく、桶も作れないのか!

 ネラの考えていた不安とは違う意味での不安材料である。

 しかし現にこれだけの水を入れても壊れない丈夫な桶があり、井戸はあって、動物小屋もあり、オークの集落の建物の幾つかも作ったのは人間だろう。

 ミリーや他の人間が住んでいる家もある筈。

 つまり昔は作れたが今は作れないという事になるだろうか。過去の遺産を食い潰している感じか?

 仮であっても拠点として暮らすなら、根本的な改造が必要かも知れない。



「着きました。ここです」


 ネラ達が案内された家は、思っていたより立派だった。見てきたオーク達の家より出来が良い。

 木造の平屋で、正面が集落の中心方面の東を向いて、奥に長い縦長の形をしている。

 幅は10m、奥行きは30mはあるだろう。


(ルブラン、ここで待っていろ)


『どうせ僕が入れる大きさの入口無いから、ここに居るよ』


 入ると土を固めた地面に、左側に炊事場、食事を囲めるような大きなテーブルと椅子、仕切りを設けて右側に農機具などが置かれた広めの作業場がある。


「あ、水はこちらにお願い出来ますか?」


 示されたのは炊事場にある、石を削り出して作った水槽。

 水甕(みずがめ)すら無いのかここは……王様オークの家にもそんなもの無かったな。


 炊事場には鉄の大鍋が1つと土器の大釜が2つあるくらいで、他にまともな調理器具は見当たらない。金属製のナイフくらいあるだろうと見回しても、見えるところにそういったものは無い。

 ネラは、ここに来てからまともな土器や金属器を見ていない。鉄の大鍋が唯一で、あるのは木器、石器、骨角器だ。

 金属器に関しては精錬に使う炉を作れても、鉄鉱石なり砂鉄なり、銅鉱石なり錫石なりの材料が無ければ作れないが……燃料は森に幾らでもあるし、木や石の道具が作れるなら土器くらい作れそうなものだが、適した粘土が貴重なのだろうか?


 水槽に水を入れ終わると、ミリーに案内されてさらに奥へ。

 炊事場、作業場の先に通路があり、左側に引き戸の付いた部屋が幾つもある。

 右側の壁の向こうは倉庫だろう。作業場に近く動物を飼っている感じでもない。


「あの、皆さん呼んでくるので、ここで待っていてくれますか?」


「なら私は食器を返しに持ってくる。すぐに戻る」


「分かりました」


 帰り際に改めて外観を見ると、各部屋は北側の通路からも南側からも出入り出来るようになっているが、全体としては改築して建て増したもののようだった。

 南向きの長屋があり、東側に炊事小屋と作業小屋、北側に倉庫があったのを、全部繋げて一体化した。そんな感じだろう。

 流石にトイレは繋げたくなかったようだ。

 川に向かって傾斜した場所に小屋を作っているだけの垂れ流し式で、位置的にも西側通路から20mくらい離れている。



 ネラが食器を持って戻って来ると、中のテーブルでミリーと4人の男女が座って待っていた。


 ミリーを含めて男が3人と女が2人。

 これだけ大規模な長屋ならさぞ大人数が暮らしているだろうと思っていたが、たった5人。

 全員がミリーのものと似たような、前開きの防寒着を主体とした継ぎ接ぎだらけの簡素な服装だ。


 ミリーもだが、全員表情が少し硬い。

 種族的に同類とは言え、それ以外には何の接点も無い余所者だから警戒はするだろうが。


「昨日ここに来て、色々あって王様になった。ネラ・シュヴァルツヴァルトという」


 まずは自己紹介。

 そして矢継ぎ早に本題に移る。


「押しかけておいて急に済まないが、まず前提として聞きたいのは、君達はオークに囚われて虐げられてはいないだろうか、という事」


「というと?」


「自分の意志でここに居るのか、外に出ても行く当てが無いから仕方なくここに留まっているかは問わない。囚われの身であるか、虐げられているか、またそうであれば、可能なら逃げ出したいと考えるか」


「何を心配してるか知らんが、全員そんな気持ちは無いさ」


 答えたのはリーダーと思しき男。ネラが見上げる程に高い背丈とがっしりとした体格で、いかにもボスという風格だ。


「別段、現状に大きな不満は無いのだな、全員」


 一見すると囚われて虐げられているふうには見えないが、この話題を振って表情が曇ったりしたら怪しい。

 とりあえずは5人全員、怪しい表情ではないから、この件での心配は無さそうだ。


 今しがた返答した、リーダーらしき男が前に出て来た。


「マライだ」


「はじめまして、よろしく」


 ネラが握手を求めても、何故か警戒している。

 挨拶に握手する文化は無いか?


「人と握手する時は、手袋は取るもんじゃないかね?」


 握手によって【W-01】から情報を得ようとしていたネラからすると、素手での握手は得るものが無い。

 だがまずは全員の信用を得る必要があるだろうし、ミリーの情報は取れた。

 そう急ぐ事も無いと判断し、素直に手袋状の【W-01】を外す。


「改めて、よろしく」

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