第03話『オークキングとの闘い』
太陽が地平線に姿を隠すまでまだ小一時間程の余裕を持って、ネラ達はオークに案内させた住処に到着した。
随分、立派な集落じゃないか。
見える範囲だけで木造の家が50軒くらいある。
丸太小屋だが、造りはしっかりしているように見える。
ネラは住処というには十分過ぎる程に拓かれた土地を見て感心した。
『知らなかったなぁ……』
「気に入った。ここを仮拠点とする」
人間のものではないにしろ、家というものはそれだけで安心感をもたらしてくれる。
森を開拓して一から家を作る方が簡単だし誰にも気兼ねなく済むが、大勢が住む里というのは、心惹かれる。
オークのものだが。
それに、ここにこれだけの規模の集落があるという事は、辺り一帯は比較的安全という事にもなろう。
デメリットを上回るメリットが無ければ、わざわざ危険度の高い場所に定住しようとは考えない。
これだけの規模だ。安定的な食料確保が可能な体制も、ある程度は構築されているだろう。
「日暮れまでに着けたな。よくやった」
オークの電気縄を解く。だが立ち止まったまま動かない。
「この集落で一番偉い奴に伝えろ。今から私がここのボスだ」
ネラがオークの尻を蹴ってやると、覚束ない足取りで集落の方へ歩いていく。
『着いて早々、乗っ取りかい?』
人聞きの悪い事を言う奴には、全身に【W-01】を塗りたくる。
1人分では足りないので、7人分。
蹄を保護する蹄鉄代わりにもなる。
『ヒッ。くすぐったい!』
「我慢しろ。安全の為だ」
『こんなッ、よく平気で居られたね!』
「黒いユニコーンもなかなかいいぞ」
ルブランの【W-01】が硬化する時間を待ちながら、ネラはヘッドマウントディスプレイ兼用のゴーグルを装着。
さらに念のため、【A-22】と【O-01】を4機ずつ実体化させる。
両方とも飛行型なので、すぐさま集落上空に遷移する。
【A-22】であれば、1機で集落全域を制圧出来る。
しかも無差別ではなく選択的に標的を狙えて、誤射が無い。
【A-22】単独でも標的の探索から評定、攻撃実行まで自律的に行えるが、【O-01】とのデータリンクでより攻撃精度が高まる。
ネラやルブランがふらふら歩いて行っても、【A-22】が間違って攻撃してしまう事はほぼ100%あり得ない。
【O-01】が収集した情報や映像などは、これもデータリンクで必要に応じてHMDに送られてくる。
4機の【O-01】とのデータリンクが問題ない事を確認し終わった頃、ネラ達を案内したオークが、巨大な棍棒を持った他より二回りは大柄なオークと、付き従うように後に続くオークを引き連れて戻ってきた。
「ニン…ゲン……」
大柄オークの後ろに居たオークが一歩前に出て、ネラ達に、いやネラに向かって話しかけてきた。
「言葉が、分かるのか?」
「ワレワレ、オウサマ、ナカマ、カゾク」
「君たちの王様は、集落の仲間達を家族のように想っているという事か?」
「ワレワレ、オウサマ、ツヨイ」
「君の隣にいる、大きいのが王様か?」
「タタカウ、カツ、オウサマ」
「闘って勝ったら、王様になるのか?」
『つまりボスになりたければ、王様と闘って勝てばいいんじゃない?』
「プラズマライフルを使っていいなら秒で勝てる自信はあるが」
『集落の他のオーク達が納得しないと思うな』
「そんな気はしていたよ。受けて立とう」
大柄の王様オークが、持っていた棍棒をネラの足元に投げた。
ネラがそれを拾い上げると、いまいちな通訳をしていたオークが一拍の拍手をした。
「何?」
通訳オークの拍手が終わると、王様オークが素手でネラに殴りかかってきた。
「おい! もう始まってんのか?」
通訳オークに確認しつつ、回避する。
鈍重そうな見た目はしているが、かなり素早い。
「待て! 無し! 中止! やり直し!」
通訳オークに叫ぶも、聞く耳を持たない。
仕方なくネラは棍棒を投げ捨てた。
「いいかよく聞け! 武器を持つなら同じものを持つ。そうでないなら武器を持たない! そう伝えろ!」
そう言って通訳オークを睨みつけると、王様オークに何事か話しかけ、王様オークは納得したように頷いた。
『なら両方ともプラズマライフル持てばいいんじゃないかな』
「お前は黙ってろ。プラズマライフルぶち込むぞ」
『暫く黙ってるよ。頑張って』
そもそも両者がプラズマライフルを持てば、扱いを熟知している自分が勝つのだから、棍棒とは比較にならない程の有利になる事くらい、ネラは承知だ。
王様オークは、体格どおりの力任せに、悪く言えばがむしゃらに攻撃を繰り返してくる。
だがそれは、模範的なセオリーや駆け引きが通じないという事でもある。
体格の差は歴然としていて、ネラが腕や脚を目一杯に上げて攻撃しても、王様オークの顎にすら届かない。
急所の多い頭部に攻撃が届かないのは、つまり一撃ノックアウトを狙うのが非常に厳しい事を意味する。
とは言え、ネラは攻撃を的確に王様オークに叩き込み、王様オークはまだネラに一発も攻撃を当てられていない。
ネラの方が相対的にかなり小柄なので、脛や膝などを中心に王様オークにはそれなりのダメージの蓄積はある筈だが、まだまだ先は長そうだ。
プラズマライフルで腹に風穴を開けても死なないような奴の親玉が、簡単に倒れる訳がない。
ネラの身体能力は総じて王様オークよりも高い。
今のネラは【W-01】の補助を受けているとは言え、これだけ一方的な展開で近接格闘を行えているからには、それだけ大きな差があるからだ。
ネラが人間だからといって手を抜くような相手ではない。種族が違うといっても、幾らかは人に近いのだ。眼力や表情を見れば、本気でネラを殺すつもりで来ているのはハッキリと分かる。
この集落で一番強いという王様オークより数段強いだろうネラの身体能力は、人に非ざる異能者としてのものなのだろう。
【W-01】を通して得られる王様オークの情報も、それを裏付けている。普通の人間が、素手で闘えるような相手では決してない。
日が完全に沈み、ネラと王様オークの周囲に松明が灯されて、観客オークが続々と集まって来る。
ネラと王様オークを囲むように、300体は居るだろうか。
唐突に始まったから最初の方を見れていない者が多いが、狩りなどの仕事をしていたのだろう。
ルール説明も何も無しに始まったが、どうも時間無制限の勝負らしい。どちらかが倒れるまで続くのであれば、少なくとも負けない確信は持てる。
闘いながらネラは思う。この手応えの無さよ。
動きの鈍ってきた王様オークの胴体、時に顔面に強打を入れても、倒れやしない。
だが倒れてくれないお陰で、自分の闘いというものの感覚が掴めてきた。
自然と力の入れ方、抜き方が変わってくる。自分の身体が、私に馴染んでくる。
森で目覚めた時、この闘いを始めた時に比べて、体が断然に軽い。
今なら集落のオーク全部と一対多数の乱闘になったとしても勝てるだろう。
そんなネラの余裕も王様オークには伝わっているようで、最初の頃のような攻撃一辺倒の姿勢は控えて、慎重な攻防になってきていた。
しかしそれは、悪く言えば消極的になっているという事。ネラにとっては御しやすい。
王様オークは、隙が大きくなる大振りな蹴りは避けているが、距離を調整する軽めの前蹴りは使ってくる。
だから出された脚を上向きに払えば良いのだ。そしてもう一方を足払い。
両足が意図せず地面から離れればバランスを崩して倒れる。
後は、肋骨の間を突いてやればいい。心不全を起こしてショックで動けなくなる。
王様オークが倒れるのとほぼ同時に、HMDに警告表示が流れた。
【W-01】の稼働限界が近づいており、残り300秒で装着状態が強制解除される。
かなりの速度で動き回り、かなりの膂力で打撃を与えていた。
【W-01】はあくまで鎧であって、身体強化能力はそこまで高くない。
連続して負荷をかけすぎた、オーバーヒートだ。
それでも無理をして装着し続ければ、最終的には加熱した【W-01】によって全身に火傷を負ってしまう。
強制解除は安全装置の意味がある。
ギリギリの闘いだった。
「全身装着解除。ただの靴になれ。休んでろ」
命じると、全身を覆っていた【W-01】はするすると這いずって脛から下に集まり、靴と靴下が一体化した足袋のような形になった。
これが本来の“対等な条件”ではあるだろう。しかしネラが後半、拘束具を着けていたと思えば“対等な条件”ではない。
どちらにせよ終わった後だ。
再度心臓に衝撃を与えると王様オークは意外と簡単に息を吹き返した。
ネラは呆れるとともに感心する。本当に頑丈な奴だな。死んでもおかしくないのだが。
観客オーク達はこれでもかと歓声を上げている。女オークも呻き声を上げている。
強化服はずるだから今の無しにしろとか言っているなら、手段を選べなくなる。
この場は収まっても後に残るのは虚無。
苦労が水の泡だ。早急に確認せねばならない。
「通訳! どこだ! 終わったろ!」
興奮したオーク達に揉みくちゃにされながら、通訳オークがネラの前に立った。
私に棍棒を渡し、両手を高々と挙げて叫ぶ。
「オウサマ!」
それに応えるように、周囲のオーク達の声が大きくなる。
ネラを案内してきたオークも、両手を挙げて叫んでいるのが見えた。
「今から私が王様だ。あいつはどうなるのだ?」
「……?」
首をかしげるな。
「家に運んで手当してやらんのか」
「オウサマ、イエ、ツカウ」
まさか王様の家は自分が使う事になるから、あいつは根無し草になるという訳ではあるまいな。
ネラの疑問には、通訳オークではなくルブランが答えた。
『もしかしたらそうなるかも知れないよ。ここに居るオーク達の関心はネラにしかない』
本当にそうなれば、いよいよ“腕に自信のあるバカ”の集まりではないか。
「あいつは、王様の家で寝かせて、手当しろ」
「……?」
「王様の命令だ。命令、分からんのか?」
首をかしげるな。
通訳オークは、この集落では頭の良い奴だろう。
なのに、王様という単語は知っているのに命令は知らない。
ネラが感じる、何か重大な勘違いをしていたのではないかという違和感。
(私はここに来た時、この集落で一番偉い奴に、今日から私が王様だと、そんな感じの話をしたな?)
『うん』
(一番偉い奴。つまり奴らの言う王様というのは、イコール一番腕力の強い奴の事であって、政治権力とか、そういうものは関係ないのではないか?)
『ご名答! オークの集団の多くは、そういう緩い従属関係で成り立ってるんだ。腕力が権威で、王権は腕力と言えなくもないかな』
(知ってて私を泳がせたのかい? 私の苦労を返せ)
オークの言う王様という単語は、一番偉い奴という意味の言葉を借用しているだけで、自分が知っている王様とは違う概念だと、何故気付かなかったのか。
「あいつは、王様の家に寝かせて欲しい。お願いだよ。私が一番強いが、あいつは二番目に強い。分かるだろ、な?」
『フヒッヒッ……オウサマッ!』
ケツの穴からプラズマライフルぶち込んで最大出力でぶっ放してやろうか。
ネラは疲労と空腹でイライラが募っている。
(そういやお前ユニコーンだったな。怪我の治癒くらい出来るだろ)
『気軽に言うね。出来るけどさ』
(なら一緒に行ってあいつを治療しとけ。どうせ暇だろ)
『君の美しい裸体を一晩中眺めていたいな』
(もういいよそういうのは。王様の命令だからやれ)
『君の臣下になった覚えはないけどな』
(外傷は少なくても脳と心臓のダメージがあるんだ。やれ)
『はい』
気が抜けてどっと疲れた。お腹が空いた。
朝から何も食べていないのだから当然か。
私が食べられるようなものはあるだろうか。無ければこの辺に居る奴を適当に捕まえて焼いて食う。
昼間からかなり冷涼だったが、夜風は輪をかけて冷たい。
風は素肌を切り刻まれるようだし、底冷えする。
思考が纏まらない。
集落の東側に展開していた【O-01】から警告。
動体探知、オーク。数は5から10を超えて20に迫ろうとしている。
この集落のオークが何かの遠征していて帰って来たのなら、コソコソと近づく意味が分からない。
(先王様の治癒の調子はどうだい?)
『もう治ったよ。今は普通に寝てるだけだよ』
(ふぅん。オークって、オークの集落同士でも戦うか? それこそ戦争とか)
『力が強い奴が正義だからね。個人でも集団でも、大きくは変わらないよ。常に決闘や戦争なんかしてたら身が持たないから、普段は狩りの手柄とかで強さを示すようだけどね』
こっちは疲れてるんだ。
これからご飯を食べて寝るんだ。
「通訳!」
「オウサマ!」
「東……向こう側に、集落に帰って来る仲間は居るか? 20程だが」
「ミンナ、ココ、ソト、イナイ」
「つまり敵だ……もう面倒は勘弁してくれ」
【A-22】のうち1機に命じて、攻撃させる。
集落の東側の先に、雷が落ちたかのようにピカっと光ると、殲滅は終了した。
念の為【O-01】による観測情報を受け取るが、生存ゼロ、誤射なし。
ごはん!