第02話『黒い森を行きながら』
分かったとは言ったが、完全に理解した訳ではなかった。
何より一番重要な情報である自分の名前が分からない。
ただ、異能力というものについて若干理解が深まった。
「いい加減、名無しも困る。何か良い名前の候補はあるか?」
『急に聞かれても……ネラでいいんじゃない? ネラ・シュヴァルツヴァルト!』
「えぇ……本当にそれで良いのか? もっとこう、私に相応しい名前があるだろう」
『思いつかないし、僕の事をルブランなんて名前にしたんだから、お互い様だろ。白い肌を彩る、長く美しい黒髪から着想を得た名前だよ』
「それでいいよ」
まさかこれが本名という事も無いだろう。
あくまで本名を思い出すまでの仮の名前だ。
だったら、いかにも本名とは遠いだろう名前でいい。
そう思い、ネラは仮の名前を受け入れた。
それはそれとして。
先程の戦闘では、ネラは無意識的にルブランの言う異能力の一部を使ったのだろう。
そして実際に使ったからだろうか、今は凡そ使い方を把握していた。
絶賛炎上中の森を鎮火させるのに必要な【U-FE-03】を実体化させる。
何も無い空間が光に包まれると、そこに高さ3m程の箱型の機械傀儡が現れた。
箱から腕と脚が伸びて、立ち上がったペンギンのような姿勢に変形する。
頭から竹とんぼのようなドローンを3基出し、地上と上空から現場の様子を確認。
「残らず消火しろ」
ネラが機械傀儡に命じる。この規模の火災なら5分も要らない筈だ。
自分自身についてはよく分からないのに、【U-FE-03】の性能は知っていた。
【U-FE-03】は大きく燃えている場所に蛇腹状の腕を伸ばす。
目測で10mは伸びているが、20mまでは行けた筈だ。
腕の先から炎を吸い込む。
吸い込み終わると別の場所の炎を吸い込む。
これを両腕で同時に行う。
3分程で辺りの火災は完全に鎮火し、それを確認した【U-FE-03】はドローンを格納し箱型に戻った。
不要となった【U-FE-03】を消去すると、ネラはルブランに向き直る。
「これでいいか?」
『いいんじゃないかな』
【U-FE-03】が吸いまくったせいで起こった風で、ルブランの鬣が揺れていた。
『やっぱり君は異能者だったじゃないか。僕の目に狂いはなかったね』
「ユニコーンの直感は素晴らしいな。では改めて、こいつの住処に案内して貰おう。流石に人里ではないだろう」
『人里ではないだろうね。でもこれの十倍か、もしかしたら百倍は居るんじゃないかな』
「なら当分食事には困らないな」
ネラは再び電気鞭を手に、ぐったりしていたオークを立たせて、歩かせる。
今なら動物を食肉として解体処理する方法は幾らでも思いついた。
『率先してオークを食料に考える女の子は初めてだよ……』
その言葉に、ネラは何か不穏なものを感じ取った。
過去に女性と付き合いがあったのか。
それともただの女好きか?
『人間とかエルフの女の子は好きだよ』
「私を寝かせていたのはやはりそういう目的だったか。好色ユニコーンよ」
ネラと目が合ったルブランは、その目を背けた。
「口籠るってのは最低だよ? 今の私の恰好を見てみろ。全裸だぞ」
『黙って立ってれば綺麗だと思うよ。彫像みたいだ』
それは、彫像みたいに黙って立ってろという事か?
『武器や、さっきの道具みたいに色々と出せるなら、服を出せば良いんじゃない?』
「本当に服を着て欲しいか? この美しい肢体を眺められなくなっても良いのか?」
『寒いでしょ? これから夜になったら、凍えるくらいに冷えるよ。木の枝とかで怪我もするだろうし』
「涼しくて気持ち良いし、多少の怪我は勲章だ」
『出せるものと出せないものがあるんだね。出せるなら食事だって出せば良いんだものね』
ネラは冗談半分に強がってみせるが、武器や道具は出せても服や食べ物は出せない。
パワードスーツなら出せるが、それも通常は厚手の服を着た上から装着するもので、裸のまま装着したら全身傷だらけになる。
痒い所に手が届かない。
『ありそうな気がするけどなぁ』
確かに、一般的な服は無理でも代わりになるようなものはある気がする。
ネラは自分の能力を再度検めてみる。
【W-01】
あった。
検索意識が“いかにも機械的なもの”に引っぱられて、見逃していたようだ。
服としての機能は問題ないが、外見にやや問題がある。
だが現状で選択肢は無さそうだ。
「近くに、川か何か綺麗な水場はあるかな。体を洗いたい」
『川ならあるね。そのまま飲んでも大丈夫だよ』
なら十分だ。
少し歩くと、木々に囲まれた川があった。
ついでに水分補給もしておこう。
「本当に飲んで大丈夫だな?」
『心配なら、僕の角で浄化するかい?』
そんな能力があるのか。
『猛毒に汚染された水だって浄化できるよ』
凄いじゃないか。初めて役に立ったな!
非常食に出来ない理由が生まれてしまった。
「浄水頼む」
ルブランが角を水に入れると、淡く発光した角から、周囲の水に青白い光が伝わる。
光源も無いのに青白く光る水……?
『変なものじゃないよ。飲んで大丈夫だから』
ネラは目覚めてから何も口にしていない。
数時間ぶりに冷たい水を飲んで、生き返るようだ。
一呼吸置いてから、川に入る。
口に含んだ段階で分かっていたが、かなり冷たい。
川の中程まで進むと、水深は膝上の太腿のあたりまである。
しゃがめば余裕で肩まで水に浸かれる。
『温泉でもあれば良かったんだけど、この辺りには無いんだよね』
泥などの汚れを落とす為、全身を隈なく洗う。
石鹸が無いので水だけで満足するしかない。あくまで仮の処置だ。
水浴びが終わると、全身の水気を出来るだけ拭ってから、【W-01】を実体化させる。
『何それスライム?』
直球の表現だな、エロユニコーンめ。
否定はしない。
ネラは黒いスライム状の粘液を首から下の全身に塗り込んでいく。
大まかに塗り込めば、後は【W-01】が自動的に厚みなどを調整して、形状を整える。
まだ肌に張り付いている不要な水分を排出しつつ、もぞもぞと動く【W-01】が不快極まりないが、ルブランの前で変な姿は見せられない。
【W-01】が硬化すると、全身にピッタリ張り付いた、継ぎ目の無いボディスーツとなる。
『もうちょっと何か無かったの? 全裸よりえっちだよ』
「あれば当然そっちを使っている。それにこれで寒さも凌げるし、怪我の心配も無くなった」
極薄のボディスーツはナノマテリアル複合体で、暑さ寒さは勿論、斬撃や刺突も防ぐ鎧だ。生半可な事では破れたり穴が開いたりはしないし、多少の傷はすぐに自動修復される。
もっと高い防護性能と筋力強化機能を備え、普通の服としても使えるナノマテリアル複合体もあるようだが、ネラの異能者としてのレベルが足りない為か、実体化させる事はどうしても出来なかった。
「ルブラン。あとどれくらいで着く? 日が暮れるまでに着きそうか?」
『僕が知る訳無いだろう』
「オークの考えは全く読めないのか」
『殺意とか、そういう強い感情ならある程度読めるけど、普通の事は全く分からないね』
ネラの言葉や態度はオークに何となく通じているようだが、オークの言葉や思考はネラやルブランには分からない。
「日が暮れるまでにお前の住処に着いたら、その縄を解いて、自由の身にしてやる。分かるか?」
オークはブンブンと縦に首を振る。
「首を縦に振るのは肯定の意味で良いのか?」
『普通はそういう意味でしか使わないね。このオークは人間の文化をある程度は理解してるようだ』
それは朗報かも知れないと考え、ネラは先を急いだ。