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第01話『美女と一角獣』

 風が冷たい……。

 目が覚めると、知らない景色が広がっていた。

 大きな樹の葉が擦れて、波のような音色を奏でる。

 薄っすらと木漏れ日の差す、深い森の奥のようだ。


 自分が知っている景色が何なのかは分からないが、この世界とは別の世界に住んでいたのは覚えている。

 そこで、何かがあって……今、ここに居る。


 微睡みから覚醒した女は、そんな事を思いながら呼吸を整えた。


 女は布切れ一枚も身に着けていない、完全に生まれたままの姿。

 カップのミルクにココアを一滴垂らしたような、僅かな褐色を帯びた白い肌。腰まで伸びた漆黒に輝く長い髪。

 身長は高く、女性的で麗しい逞しさを体現したような、均整の取れた肢体。

 やや切れ長のつり目は、完全に開いた状態でも天空を睨みつけているようにも見える。


『やっと目覚めたね』


 どこからともなく響く声に、目覚めたばかりの女は上半身を捻って周囲を見渡す。

 女の背中で、絹のような純白の全身を輝かせた白馬が、まるでベッドのように寝そべっていた。


『僕は馬じゃないよ。ユニコーン』


「喋った!?」


 驚いた拍子に、女は自称ユニコーンの背中から転げ落ちてしまった。

 幸い、地面に厚く積もっていた枯れ葉がクッションとなり、肌が汚れただけで怪我は無い。


『ごめんよ。驚かせるつもりはなかったけど……僕はこうやって、君の心に直接話しかける事しか出来ない。一般的な意味でいう会話は、僕には出来ないんだ』


 女はユニコーンの話半分に、自分の腕から胸、腹、腰、そして脚へと視線を移す。

 見るだけでなく、手で触っても、結論は同じで一糸纏わぬ姿である事に気付く。


「そんな事より私の服はどうした!」


『君は最初からその恰好だったよ。近くに服らしきものも無かった』


 ユニコーンが立ち上がった。

 言葉も、瞳も、嘘を言っているようには感じられない。

 それに心に直接話しかけられるような能力があるなら、女の考えもお見通しだろう。


『100%ではないけれど、何となくは分かるよ。答えておくと、僕の皮を剥いでも服としては使い心地が悪いと思うな』


 女が考えていると、ユニコーンが割り込んでくる。

 まあそうだろう。

 それに、素手で挑んだところであの角で反撃でもされたら困る。

 解体する道具も無いのだ。


「ところで、君の名前は? これだけ話せるなら何かあるだろう」


『名前は無いんだ。名無しのユニコーンだよ』


「じゃあ今から君の名前はルブランだ」


『ルブラン……安直だね。もうちょっと何か無いかな?』


「状況からして、私を発見したルブランは、私が凍死しないように保護してくれていた。では、名無しのユニコーンだったルブランは何故こんな所に居たのか」


『ユニコーンは森に住むんだ』


 ルブランは嘘はつかなくても、知りたい事を全部は話してはくれないようで、女は話をはぐらかされたのを感じて少し怒りの色を強める。


「私はユニコーンの知性については詳しくはない。だがこれだけ人と馴れ馴れしく話せるのは、以前に人付き合いがあったと感じるんだが。違うか?」


『あったか無かったかで言えば、あったよ。でも……』


「詳しく聞かせてくれないか? お互い、裸の付き合いだろう?」


『君の考えている事は、100%ではないけれど何となく分かるって言っただろ? この森から早く出て、ちゃんとした服を着て、僕が以前付き合っていた人に顔繫ぎが欲しいんだよね』


 そのとおり。話が早くて助かる。

 そんな風に思うだけでも、女の話はルブランに伝わる。


『衣食住については、この森の中でも手に入る。高望みしなければ、自給自足の生活は難しくないだろう。だけど人と関わりを持ちたいという点は、急ぎ過ぎない方が良いと思うんだ』


「女が1人で生きてけるくらいに安全なのか、この森は」


『危険な野生動物や魔獣なんかも居るけれど、君なら生きていけると思うんだ。今度は僕から質問いいかな。君は何者なんだい? 名前は?』


 そこで女は気付いた。

 自分の名前を知らない。

 あった筈だが、思い出せない。


「分からない……名前すら分からないのは、名無しより酷い」


『確かに見えないね。でも君は普通の人間とは違う存在だと思うんだ。僕の見立てでは、異能者。神に近い存在』


「ルブランは私が異能者だと思うのか? だとしたら根拠は?」


『君は、自分が人間だと思ってるようだけど……僕からすると人間特有の波長というか、そういうものが感じられない。確かに思考はとても人間臭いんだけどね』


 それだけでは異能者としての根拠は弱くないだろうか。


『論理的な根拠としては弱いけど、ユニコーンの直感は良く当たるんだ。結果的に君がただの人だったからといって、急に態度を変える事はしないよ』


 異能力……という言葉に、女はじっとルブランの目を見つめて意識を集中する。

 これで何か催眠などかけられたりしないだろうか? そんな期待を込めて。


『やだ、恥ずかしい!』


「茶化さないでくれるかなルブラン君。こっちは真剣なんだよ」


 会話相手が居るとはいえ、相手は人間でもないし、見ず知らずの土地に全裸で放り出されているのだ。


『ごめんよ。まずは服と食べ物だね……手っ取り早いのは死体から服を剥ぎ取る事かな』


「考える事は私と大差ないんだな。自分の皮を剥ぎ取られるか第三者のを剥ぎ取るかの違いでしかない」


『僕にとっては大違いだよ』


 女はルブランに先導されて、森の中の獣道を進む。

 恰好に配慮してか、裸でも歩きやすい道を選んでくれているようだ。

 とても広そうな森だが、都合良く人間の死体など存在するのだろうか。


『この森は野生動物や魔獣が多いから、素材を利用する為に、人間が来る事はあるんだ。森の中に定住している人間もね。中には返り討ちに遭ってしまう者も居る』


 危険ではないか。女が1人で自給自足生活なんて無理だ。

 ルブランの言う“君なら大丈夫”という根拠を、直感ではなくやはり論理で知りたい。


 根拠と言えば……。


「野生動物や魔獣が多いにしては、私はずっとルブランの背中で眠っていて、起きてから今までも危険な目に遭ってないな。ユニコーンの御加護かな?」


『それも多少はあると思うけど、魔獣が遠ざけてるのは僕よりも君だよ』


「また直感か?」


『僕に直感があるなら、向こうだって直感がある。コイツに手出したら危険だって。だから余程のバカか、腕に自信のある奴くらいにしか襲われないよ』


 つまり余程のバカか、腕に自信のある奴が来たら襲われかねないという事だ。

 こっちは非武装なのだから、より危険ではないか。

 女がそう考えていると、ルブランが話かけてきた。


『オークって知ってるかい?』


「聞いた事はある」


『大男のような姿で、とても強い筋力があって、それなりの知能もあって、徒党を組んでいる事が多いんだ』


「講釈助かる」


『どうやら僕たち、獲物として囲まれているようなんだ』


「それは、バカか、腕に自信のある奴か、どっちだ?」


『腕に自信のあるバカかな』


 最悪ではないか。

 女はルブランの背に掴まってダッシュで逃げられないか考えるが、周りを見ればそれが不可能なのは一目瞭然だ。

 樹木が多過ぎる。

 だがそれは、逆に考えれば多数の敵でも連携を取りづらいという事でもある。

 多数側が、数の利を生かしにくいのが森林という地形。


 女はプラズマライフルのエネルギー残量を確認すると、セレクターをセミオートモードに設定し、後ろから近寄ってきたオークの胴体に風穴を開けた。

 腹に巨大な穴を開けられたオークは、それでも手に持った棍棒を振りかざして女に向かうのを止めない。


「なんて生命力だ」


 頭部を吹き飛ばすと、一撃で仕留められるよう、ライフルの出力を上げる。

 今度は、胴体に穴が開くだけに止まらず、当たった場所から爆発四散する。

 頭か胴体のどこかに当たればまず即死だろう。


 一方から追い立てようとするオークを適度に仕留めつつ、


(ルブラン、聞こえるか?)


『聞こえるよ』


(私が向かう方向で待ち伏せされてる筈だ。分かるか?)


『オークの思考は読みにくいんだけど、確かにそっちに追い立てようとしてる気配は感じるよ』


(追い詰められるフリをしろ。私の後ろに隠れてもいい)


『分かったけど、この状況で後ろってどっち?』


(待ち伏せている方の正面)


『それは僕を弾除けに使おうって事かな』


 女の意図どおりに、オーク達が順調に集まってきている。


(隠れているつもりだろうが、丸見えだぞ?)


 暗い木陰に潜んでいるオーク達は殺気を隠そうともしない。


(ところで、もう6体も殺したが奴らは退かないのか?)


『思った以上に腕に自信のあるバカだったようだね。そうそう、オークの肉は食べられるよ。僕は食べないけどね』


(それは良い事を聞いた)


 包囲を完成させようという段階は、即ち攻撃側も相応に密集している。

 女はセレクターをフルオートに切り替えて、振り向き様に包囲の厚い部分、待ち伏せ組に向けて連射する。

 プラズマ弾は樹木に当たれば幹ごと破壊して炎上させ、背後に隠れながら投石や投槍を用意していたオークも破壊する。


 加熱したライフルをしまうと、新たなライフルを持ち直して射撃を継続する。

 静かだった緑の森は、爆発と火炎と肉片の彩る真っ赤な世界になっていた。


(奴ら全滅するまで戦うつもりか?)


『君が退路を塞いでるんじゃないか』


 30体近く居たオークの群れは、残り1体。


「私に従え!」


 女は、この場面なら言葉が通じるという確信を持ってオークに話しかけた。

 ライフルを電気鞭ヒートロッドに持ち替えて、腰布に覆われていない上半身を叩く。


「お前達の住処に案内しろ」


 ゾウも殺せる電気鞭の一撃に、オークはガックリと倒れ込んだ。

 膝から上を動かせないように電気縄で縛り付けて轡を噛ませ、再度電気鞭を叩いておく。


『待ってよ。この火災はどうするのさ? 放っておくつもり?』


 ルブランの指摘に女は周囲を確認する。

 チリチリと燃え続ける木や葉は、放っておけば延焼する。

 私がやった事の始末は、私がしないと……。


 どうやって?


「なあルブラン。私はどうやってこれをやった? どうやってライフルを用意した?」


『あの武器の事なら、光に包まれていつの間にか現れていたけど?』


「だからそれのやり方だよ。呪文とか」


『普段どおりって感じだったよ。何も着てないのに、まるで服に装着された武器を取り出すようにして出現させてたから』


 普段どおり……。

 今、必要なのは消火機材だが。


 普段どうしてた?


 【U-FE-03】


 そんな文字列が頭に思い浮かぶ。

 それから、女には自分自身についての情報が大量に流れ込んできた。


「ルブラン。私について、少し分かったよ」

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