かみさまのいうとおり ~エセダンジョン物語 レベル『0』のダンジョンマスター編~
――フ。自分でもよく分からないが、自己紹介しておこう。
俺様の名は高芝 創。身長175センチ。体重60キロ。ヘアスタイルは左耳のチョイ上、こめかみに剃り込みを入れている。2ブロック。
黒髪のツンツン頭を超激固めワックスでキメているからか? よくベジータに似ているとかサイヤ人か! 等ツッコミ多数なナイスガイ。
失礼。今はそれどころじゃない。
俺の奇妙な物語を聞いてくれないか?
ミステリーオタクのラノベ作家の野望。
そこには富も名誉も差別も娯楽もこの世に蔓延る粒子の如き捨て駒の様な哲学すら無い。
――戦。小説を武器にしたサイキックバトルだ。
小説と呼ばれる宇宙の旅は続くのだ。そう……どこまでもな!
9月の下旬。土曜日。PM3時――都内の電電ブックス編集部の30階建てビル。異様に清潔に整えられた20Fの編集室にて。
「はあ……。まあ、言われてみればそうかもですが」
『レッツ! 高芝』――世界中のプライドを一緒くたに背負って肥溜めに捨てた我が愛くるしいペンネームはリアルタイムで危機に瀕している。
絶滅危惧種に指定されたガラパゴスゾウガメ。
「『はあ……。』じゃ、無いんだよね『レッツ! 高芝』。現代は異世界転生モノが基本中の基本なんだよね。今更ホームズを手に取ったみたいなミステリーなんてウケるはずが無いんだよね」
ウケは狙ってない……。サディスト。異世界転生出来るなら俺がしたいわ。
「君は同期の『フッサ! 山本』とはえらい違いなんだよね。彼は今世紀に1人いるかいないかなんだよね」
100年に1人のスーパースターと比べられても困る。
電電ブックス編集部の身長125センチ、体重25キロのメカニックデビル美少女。通称『ユイチュー』。中国人と日本人のハーフで、一人称は『アチキ』、口癖は『~なんだよね!』、年齢不詳の一応人間である機械編集長にダメ出しを喰らってる俺がいた。
見た目小学生低学年レベルの青紫色ツインテールっ娘の青い瞳でガチ説教。涙が出てくる。
彼女の服装は年中無休でワンピース。厚手と薄手、長袖と半袖、プラスアルファでマフラーやホカロンを常備して冬を越す。身体の各部位を機械に改造手術。仮面ライダーの本郷なんたらさん。寒さは感じない。
編集長『ユイチュー』様はカリフォルニア工科大学を卒業後、別の大学院にて敢えて心理学を専攻。優秀な成績を修め心理学科の博士課程を取得した完全超人。NASAにでも就職してUMAとのネゴシエーターになればもっと活躍出来るのに。
地元の都内じゃ彼女の存在は有名。特にアキバ事オタクの聖地秋葉原ではモデルにした数々のフィギュアやら商品が流通している。隠れファンが多い。
電電ブックス編集部の一室にて新たな来客者が出現。
ダイレクトプレーでドアがドッカーン! と、観音開き。
奴が姿を現す。愉快な登場。
約1名。100パー快く思っていない。
「チッ! こんな時にまたお前か」
正答は俺。玄関口に地雷でも仕掛けとけば良かった。容赦なく舌打ち。
入り口からにゅっと飛び出してきた盛大なるアフロヘア―。
身長177センチ。体重61キロの細長い体躯。
「やあ。我が愛すべき同志の『レッツ! 高芝』君! 今では同期とでも呼ぶべきか。進展はどうだね? と聞きたいが、私も締め切りが迫っている。お互い悠長な世間話は後にしよう」
俺はシカト。自らターンを仕掛けてきてエゴイズムで勝手にリバースしやがった。
誰だ? と、スルーしたいのも山々。親友だよ。と、俺の前頭葉が疼く。
コイツが例の同期。100年に1人のスーパースターである……えーと素で忘れた。
ミステリーは0.05秒のウルトラGハイスピードで解決する。
「『フッサ! 山本』――! お待ちしておりましたなんだよね! ホラ、『レッツ! 雑用』! 大至急お茶を用意してなんだよね! 出涸らしの冷たい甘露!」
クソガキ編集長『ユイチュー』様の仰せの通り。
今時ありえないアフロヘア―にモミアゲ&顎が異様に長い。ペンネーム『フッサ! 山本』事、本名山本 栄。
奴とは誠に残念ながらクッソ面白くもない忌々しい過去がある。
ドラマチックミステリーはプロ作家デビュー前。
大学時代のマブダチで、当時はラノベ作家研究会なるサークルに一緒に所属し、仲が宜しかった。
いつか大物作家になり、あの頃はやばかったよね~と笑い合えれば幸せな時間を過ごせた。問題は俺と目の前のアフロディーテがラノベ作家に成り上がった時に発生。
原因は『フッサ! 山本』の才能。
クッソガキ編集長『ユイチュー』将軍によれば、これまで見てきたミステリー作家の中で業界トップクラス。100年に1人の天才らしいぜ、チクショーめ!
決定的な亀裂を生んだのは、『電電ブックス! ライトノベル新人賞』での出来事。
仲良く勇んで応募した結果――最終候補として拾われたのが『レッツ! 高芝』。『フッサ! 山本』は堂々の大賞を受賞。
以降、俺等は犬猿の仲となり現在に至る。――ぶっちゃけ俺の一方的な嫉妬なんだけどね。
奴はまだ気付いていない。空気読めないのは大学時代から全く変化せず。
一方通行なボルテージはどこのゴミ処理場に廃棄出来るのか?
まだレベル上げの途中なのに便利なお茶汲み係にジョブチェンジさせられた。
「……お前、服装――授賞式の時の頃と全く一緒だよな?」
奴の普段着はスーツにネクタイ。俺への当て付けか?
「よくぞ気付いてくれた! 『レッツ! 高芝』君! このスタイルを貫徹しているのは、授賞式の選評者への感謝の印。私のユニフォームだ!」
ファイト一発で分かるって! 奴はロクにクリーニングに出していないのか、スーツ姿はヨレヨレ。アイロンくらい掛けろ。いっそ俺の目の前から蒸発してくれ。
俺達が旧知の仲を温めている最中、電電ブックス編集長『ユイチュー』は鼻歌を諳んじながらご自慢のツーテールを揺らし、『フッサ! 山本』が仕事をやり終えた原稿に目を通す。
「さ~て……と! 『フッサ! 山本』殿下の誰にも暴けぬ超常現象ミステリーラビリンスとはなんぞやなんだよね! 『レッツ! インチキミステリーマニア(下僕)』の密室殺人は物騒でつまらない。卑猥+戦力外通告=死刑なんだよね!」
――キャハ! と見た目10歳児の幼女は犬歯を光らせ笑う。誰かコイツを黙らせてくれ。誰にも暴けぬ超常現象ミステリーラビリンスで。俺が永遠不滅の煉獄密室に創り変えるから。本当の密室殺人事件を見せてやるよ!
玩具を見つけたワンパク幼児は、トレジャーハンターに変身。
「……」
「編集部の皆様お静かに! 今、編集長は異世界に旅立たれたのです。暫しお待ちを」
――と『フッサ! 山本』が場の空気を珍しく読んだ。
この業界に入ってから気付いた。俺達作家連中には『真名』――魔法、能力が備わっている。『真名』は1人1人異なり、作家の種に宿り、寄生。触手を伸ばしていく。
成長した『真名』は才能を成就、『開花』させ、フルに能力を操る事が出来る。
寄生虫は『アネモネ』と呼ぶ。
編集長『ユイチュー』の『真名』は、『創造の旅路』――通称『コスモ』。
作家の物語を自由自在に行き来出来る。
敏腕編集長として業界で名を馳せている彼女の『真名』――『コスモ』は物語の冒険で得たEXP(経験値)を新人作家にアドバイスを指摘し振り分け、対象者である『真名』の『開花』を促進する。
幾千もの作家の物語を旅した彼女の中にはとんでもない怪物が潜んでいるが誰も知らない。
今、小悪魔編集長『ユイチュー』の魂は『フッサ! 山本』のミステリー小説に入り込んでいる状態。内容を実体験してミステリー小説の真価を確かめているのだ。
人が足を使って飛行機やバス、電車やバイクに乗って旅行をするのと同じ。
精神力をフルに発揮して、小説内を冒険する。
その間には高い集中力が必要。周囲の雑音や空気の乱れ、振動や大気中に舞うハウスダストや花粉に邪魔されたら強制的に元の世界にドロップアウトしてしまう。
電電ブックス編集部の部屋が異様に清潔。整理整頓されてる理由がお分かりだろう。
椅子に腰かけたまま固まっていた『ユイチュー』は、『フッサ! 山本』のミステリー小説を読み始めてから数分後、無事に異世界から帰還した。
「うむ……」静かに瞬き。俺が給仕した出涸らしの甘露を啜る。
「……編集長。ご感想をお聞かせ願えませんか――?」
今世紀最強『フッサ! 山本』もガチガチに震える。
ゲームのエディットで作りました的小さい萌え~キャラ。
『ユイチュー』の評価は某通販の辛口レビュアーよりもレッドスパイス。
威力はハバネロを余裕で凌駕する。日サロが北極海のど真ん中に思えてくるから不思議だ。宇宙の神秘。辛いだけではない。的確な助言もビシバシ飛び交う。
小説内を闊歩する『真名』。編集長――色んな作家さんの小説を冒険している。
異世界転生モノを勧めるのも『真名』あってこそ。
「俺の思考回路も捨てたもんじゃねえ。歴史上の偉人。シャーロック・ホームズが生きてたら『果たし状』を送って、怪事件でも推理勝負したいぜ! かなり苦戦するだろーな! あいつん家の住所、誰か知ってる⁉ 子孫代々に纏わるドラゴンも圧倒しかねない推理の秘伝書が奥義継承されてるんだろ⁉ 『フッサ! 山本』殺人事件でも起きねーかな⁉」
ピンポンパンポーン♪――※シャーロック・ホームズはこの世に実在しない架空の人物です。念の為――ピンポンパンポ~ン♪ (終了)←真実を知ったら俺は間違いなく自殺するだろう。
「オイ『ザッツ! 奴隷』! 妄想オ●ニーに浸ってないで、サッサと己の庶務を遂行するんだよね!」
「――な!」
憤りを覚えたね。ペンネームも自由自在に妖怪変化してるし。
俺が体内に巡る全神経を逆なでして煽り文句の獅子奮迅を100単語くらい考えている途中――
「編集長! ホントですか⁉」
「うん。インディアン嘘吐かない。我思う故に我あり。精進するんだよね!」
「わーい」
な、ななな何―――――――――――――!
彼奴――(『フッサ! 山本』以外にいないんだよね! by『ユイチュー』)――の小説がメディアミックス化される怪事件が早速待ってました発生! 今すぐAK‐47を装備して銃乱射事件でも起こそうかと思ったが――いや、待て!
「ふざけんな! それじゃ俺が犯人役じゃねーか!」
謎めいたノリツッコミが室内に反響。
シーン。心の底から不快指数100万%の静寂が広がる。
ああ――俺はどんだけの距離を妄想の海の中でクロール、ドルヒラ、バタフライ――etcで横断した? ドーバー海峡横断部でもないのに。ギャラがあったら貰いたい。穴があったら入りたい。
手元にカラシニコフがあったら今すぐこめかみに0距離射程でフルオート射撃したい。
『レッツ! 高芝』の原稿は0.05秒でハイ、ボツ。宙に浮き、シュレッダーに吸い込まれる。ボレーでレアル時代のジダン。値千金CL決勝勝ち越しゴール! シューティングスターパワー全開。自陣のゴールマウスを玉砕された。チームメイトの日向小次郎と若林君も唖然。銀河系軍団の底力。
訴訟を起こす気分にもなれずに『レッツ! 高芝』の両肩はしょぼんと項垂れた。
9月の下旬。土曜日。PM4時過ぎ――電電ブックス編集部。ビルからの帰り道。
都会の喧騒。夕暮れの鮮やかな昭和の香りがする古い商店街の汚い路地。
俺はトボトボと歩き溜め息を吐く。
「……異世界転生出来るなら俺がしたいもんだ」ポツリと呟く。
刹那! 得体の知れないモンスターの気配を肌で感じ取る。
俺の家賃3万7千円の訳あり物件のどうでも良い唯の簡素な造りのアパートの前で、黒い靄。人影が忽然と漂う。
見つけた俺は駆け出す!
「出やがったか! ファントム! 周囲の人達の目に付かない内に秘密兵器! 鬼の左手で粉々にしてやる!」
実際は勢いだけでそんな物騒な代物は習得していなかったが、何かとイライラが募ると人間何を言い出すのか分かったもんじゃない。悪ノリは終了して、はてさて何が出たのか?
「あ! あんたやっと帰って来たのか。先月と今月分の家賃滞納! 分かってんの?」
眼前に立ち塞がる第一の壁。VS大家のおばちゃん!
「チッ! 勝ち目は無い! 相手は――『レッツ! 高芝』の根城を管理下に置くサタン――大家のおばちゃん。俺の生活圏の半分を傘下に収めている! キッツイっすわ~」
大ピンチ。
「所で鬼の左手って何だい?」
俺は慣れていたのか素早く機転を利かす。
「近所のテーマパーク。戦隊モノのヒーローアトラクションですよ」
「へえー。あんたもやっと真面目に働く気になったんだね」
「全部大家さんのお蔭でっす!」
歳を取ると涙腺が緩くなるのか感慨深げに大家さんは涙。吹き出しそうになる俺。
至近距離でババアが涙している光景等100%見たく無かったが、流れを持っていかれる。
1‐4‐3‐2でDFラインを退いてカテナチオを形成。カバーリングしろリベロ!
さっきの発言は嘘。現実は無職に近い。たむろってる場合じゃない。
――黒い影――
「やはり――奴はまだいるのか」アニメの主人公の雰囲気を格好つけて真似る。
大家さんはちゃちいアパートの前を箒で掃除している塞がれた右手ではなく、左手をスッと差し出してくる。
「何すか?」
「私も容赦しないよ。今すぐ現金生で先月分と今月分の滞納した家賃支払いなさい」
鬼の目にも涙。束の間の休息。
真の鬼の手の威力――! 等と思いつつ、俺は不意打ちで無間地獄へわーと陥落していく。
9月の下旬。土曜日。PM7時過ぎ――古ぼけたアパート。家賃3万7千円の六畳一間の和室=自宅にて。
「おっかえリンゴスター! 今日もアホ面だねえ。何かあったん?」
俺が無間地獄からクライミングを駆使して戻った時には夕刻をとうに過ぎていた。
「……あのなあ、お前」
俺は溜め息を吐き、冷蔵庫へと直行。のどが渇いた。
「何? アミーゴ。遂に銀行強盗でもしてきたん?」
黒い髪の毛をだらりと垂らして宙に浮いている。
正真正銘の異世界人。幽霊。
部屋はいわくつき物件。御臨終を遂げた女の霊。名前は皐月。日本の幽霊の代表格。三角形の頭巾に真っ白な和装。足は薄らと見える程度で真っ黒なロングヘア―がおどろおどろしい。
女にしてみればかなりの長身。生前は身長170センチはあったんだと。
部屋で謎の死を遂げた後、幽霊界の規則に基づいてわざわざあの世の呉服屋にオーダーメイドして貰ったのが現在のスタイル。
能天気な霊である。皆こうであれば宇宙旅行よりも先に世界平和だって実現出来るレベルの。
物好きな輩がいた。俺=『レッツ! 高芝』である。
「あんなアホなフェイク使わなければ良かった」
「ふぇいく――? 何それ。銀行強盗じゃなくって御老体相手に詐欺でもしたの?」
「オールオッケー! ご説明しよう。俺は大家さん相手にだな……って、グハァ!」
思わず飲んでいたピルクルを盛大に吹き出した。ゲッホゲホ唸る。やっべ気管に入った。
全くもって女連中はサディスティックだ。
老いも若いも死後この世に留まる不届き者の霊体もやたら勘が鋭い。
「知ってるのか答えろ」未だに咽ている俺。
「インターネットに侵入して色々と調べてたんだよね。特に殺人事件、大手企業の不祥事、株の相場とか――何? もしかしてビンゴ?」
プラスチックの容器に残ったピルクルを丸飲みする俺。
「ビンゴだ」←勝ち誇った顔。
「へーあんたも肝が据わってるね。大家のおばちゃん融通が利かなくて私も生前散々な憂き目に遭ったよ。早く死ねばいいのに」
「頑固で意地の悪い金策にだけは富んだ連中が長生きするのさ」
「ポルターガイストでもかまして困らせてやろうかね」
「お前、幽霊だろ? 即死魔法ないの? 呪いの類とかさ」
「残念だけど私はこの世に未練なんて無いんだよ。所謂低級霊ってヤツ」
「低級霊?」
「そ♪ 霊界は階級制度があるし、死んだ後の魂は何もかもが自由って訳じゃない」
俺は思わず眉を顰める。
「幽霊が出来る事にも限りがある?」
「もちろん♪ 私は今後の生活について考えてる。インターネット回線を使ってね」
狭い和室には奇跡的にデスクトップパソコンがある。人間だった異世界人(幽霊)が今後のゴーストライフの為に元いた世界に異世界転生――か。
女ゴースト皐月……デキる! また異世界転生か。俺だけ置いてけぼりかよ。
「インターネットがやり放題だとしても引きこもりオタクと変わらないぞ。お前、成仏する気あんの?」
「どうかな~。最近デジタル配信技術が盛んになって、同志と出会った。LANケーブル一本で旅行出来る。いやー良い時代。生前なんてクソ喰らえ」
邪道霊能力者さえも冷めてハローワークへ足を運ぶ快活な笑顔。
「でね? 私等幽霊軍団には新たな企みがある」
1Rをシェアしている皐月は実に嬉しそう。
一応断っておく。俺は女でも透けている元人間に恋を抱く愚か者に落ちぶれちゃいない。
普通、裸足で逃げ出すが困った事にコイツとは気が合う。
――霊界の民と運命共同体。
「ターイム! お前等が実行する謎陰謀論の前に……」
「何か文句あんの?」
「腹減った。飯作ってくれ」
俺は黴臭い畳をクッションにパタリ。気絶。
「へー。あんたいつ小説なんぞに手を染めたの?」
「言い方に気を付けろ。俺は犯罪者じゃねえ」
ポルターガイストを駆使。手料理を賄ってくれた皐月。
今、キッチンをテキパキ片付けている。生前から家事は得意。
自炊出来ない俺には抜群な長所。好感度が上がる。ヘンテコなフラグが立たなければ良いが。
「死後、誰かにご飯を作るとは思ってなかった」
「初めての一人暮らし。幽霊女に食事を賄って貰えるなんてな」
幽霊定食にがっつく。お袋の味ならぬお化けの味。
「美味いな。恋人いたの?」
「イチャラブる前に死んじゃった! アハ♪」
皐月は、舌を出してパチクリとウインク。
鶏五目炒飯のラストをスプーンでパクつき、インスタントのお吸い物をすする。
「何? 私の彼氏になりたい? キャーどうしよ! 人間と幽霊の禁断の恋!」
やかましい幽霊乙女心。フルダッシュでシフトレバーを操作し別の話へギアチェンジ。
「お前、ミステリー小説とかに詳しかったりする?」
「恋愛乙女に謎なんていらないわ。事実は小説よりも奇なり」
恋は盲目。カルト宗教に目覚め、彼女は目がハートマーク。
ヤバイ。路線の違うバスに乗り込んで自爆した。
「恋愛小説は?」諦め半分、話題は恋愛モノになる。
「お生憎様。小説はミステリーが大好物」
「どっちだよ!」
「女心が分からない人ね。現実はラブラブ。架空は謎が多いスリルとサスペンス」
低級霊――皐月は、胸を強調して前屈みになりポーズ。
話が明後日の方向に行く前、慌てて本題へ移る。
「ミステリー小説について――どこまで本気?」
「ダーリン。ミステリー小説家でも狙ってる?」
「倒したい奴がいるんだ」
エンカウントでバックアタックを決められた皐月。お台所の前で後退り。
「な、慄きました。恐れ入る」
先制に成功。俺は食後のハーブティーを楽しみながら、
「とんずらは出来ないぜ~」
危ない人になっている。
「確かにミステリー小説は生前のバイブル。冬のインフルエンザ並みにマイブーム旋風を放っていたわ。私はチョッと変わり者だったのかも」
――今、気付いたの?
新たな疑惑が浮上する。
「どんなところが?」
「ミステリー小説の醍醐味。事件が起きて、容疑者の中から犯人を追い詰める。名探偵がアリバイを崩し、殺傷痕から凶器の物的証拠を暴くのが定番じゃない?」
俺は大いに同意した。
「『フッサ! 山本』殺人事件とかな。俺は毛頭捕まるヘマなんかしないが――名探偵だし」
「問題。読者に強烈なインパクトを与えるものは?」
「密室だろ?」
「さすがね! でも、私が好きなミステリー小説は一般的なトリックとは縁が無かった」
「――どういう事?」
「答えは簡単。『嘘』よ」
「『嘘』――だと?」
洗い物を済ませた彼女は珍しく生真面目になり、卓袱台を挟んで俺の前で正座。
「――『嘘』吐きは『謎』の始まり。『嘘』には不思議な力が宿ってる。固有名詞自体が架空設定そのもの。犯人が最初から――実は俺が『フッサ! 山本』を殺しました――なんて正直に告白したら物語、脚本は台無しじゃない?」
「犯人の正体を探る機会が――無い」
「そ♪ 筋書きに名探偵や殺人事件は無くても複数のキャラクターが別々の『嘘』を吐いてたら謎は深まるわよね? 動機、アリバイ、証拠に至るまで千変万化」
「まるでブレンドされたコーヒーだな」
「私の大好物はそれ。キャラメルマキアートが好きな人もいれば、カプチーノが好きな人もいる」
「詰まる所……どんなストーリーでも作中に『嘘』の薬を混ぜれば、謎は深くなる」
「トリックの『嘘』が暴かれた時、読者が超とびっきり驚嘆する劇薬をね」
なるほど。皐月の提案も理に適っている。俺は形式的なミステリー小説にこだわりすぎていた。客観的意見は尊重せねば。
――今更ホームズを手に取ったミステリーなんてウケるはずが無いんだよね♪――
上等だあー! マニアウケの等身大美少女フィギュア編集長に目にもの見せたる!
俺がオーラを奮い立たせパッキンになりかけていると、皐月はツッコミをアドバンテージで封印して問う。
「ほんで? ミステリー小説なる物を作るんなら私も手伝うよ。読者からのアドバイスとか貴重っしょ?」
「幽霊に取材するならホラーがベストな気もするが」
前世で血の繋がったはとこか何かだったんだろう。皐月との腐れ縁も慣れた。こちとらヤドカリにくっ付いているイソギンチャク。
「まあ――助かる。さっきの話に戻るが……一体お前等幽霊軍団はネット上を媒介にして何企んでやがる?」
俺は空腹で気絶する前の会話を思い出し、当然の疑問を口にする。
「トップシークレット! と行きたい所だけど大した事じゃない。聞きたい?」
笑顔の謎女が俺を上目遣いで見る。
「ああ」
「……ここだけの話にしてね♪」
次の瞬間、俺は見てはいけないものを目にした。
「――な⁉」
集団の黒い影。
部屋の壁一面にゆらりゆら~り。馬車を引く御者の様に蠢く。
時は漆黒の夜8時過ぎ。
狭い室内。
蛍光灯の明かりを中心に、プラネタリウムに映える星座の要領で弧を描く。
生者ではない。
「呪縛にも限度がある。賃料下げに抗議デモ起こしに行こう」
台詞とは裏腹。
冷や汗を掻き俺は余裕ナッシングで、助けを求める子猫と化す。
フルダッシュで運命共同体女幽霊に振り向き視線を戻し縋り付く。
「私達は――世界の電波霊」
呪い全開。禍々しき死霊の怨念が狭い部屋の四隅を満たす。
モノホンお化けの貫禄は凄まじい。
俺はひいい! と軽い悲鳴を漏らして尻餅。ドスン! 畳敷きの床が鈍く揺れる。
オッコトヌシ様の呪いよりもぐにゃりと歪む。
「我々死霊騎士団はネット回路に集合。世界に革命を齎す。『死』第一段階。幽霊コミュニティ『ゴーストギルド』の創設」
クケケケ。ドラクエに出てくる中ボスみたい。下品な笑みをする我が同棲者(故人)。
「な、何⁉ そんな事させない!」ノリノリのパフォーマンス。調子に乗り男=俺。
幽霊コミュニティ――『ゴーストギルド』に所属する死霊の騎士さん達も便乗。
――ウフフ。死霊騎士団バンザイ!――
――ハハハ。『ゴーストギルド』最高!――
「目的は人類と幽霊の共存。霊界において人間との接触は愚か、大罪に値する。私等はインターネットを通じ、仲間を増やし、死霊騎士団『ゴーストギルド』を創始した」
「――な、なるほど~。とんでもない事を平気で宣ってくれた訳だ。幽霊界のトップがお前等の犯罪を見逃す理由は無いんじゃ――ない?」
「フン! 霊界の政府は既に人類と接触している。証拠に『ゴーストギルド』を排除しようとする人間が世の中にいる! 暗殺者達め! 地獄へ突き落とす! 大殺界!」
いつの間にキャラが変わった。
「まあ、プラマイ0で皆仲良くやろうぜ。平和が一番だ」
俺ん家を幽霊の迂回路にしないで。夜一人で寝られない。トイレに行けない。
「み~んな! お友達♪」
影軍団も鳴りを潜め、国家機密級のヤバイ組織が暴露。
同棲幽霊女のキャラも不自然に気味悪く戻って来た。
これ程衝撃を受けたのは我が人生で初めての経験かもしれない。
翌日。9月の下旬。週末の日曜日。AM10時頃――自宅のボロアパートから公立図書館までの道のり。
俺は自宅を根城にしている幽霊女――皐月が開催する『ゴーストギルド』の集会から逃亡。
颯爽と身支度を整え脱獄する事に成功した。
あんな現象に2度も遭ったら発狂して魂吸い取られる。
奴の本性も詳らかになり、ハイサヨナラ。バイバイ。
仕事で地元の公立図書館に向かう。玄関越しの通路。止めてある愛車のロードバイクに跨ろうとした途端、雨が降ってきた。
「んだよもう! 『ゴーストギルド』の集会に参加しなかった祟りか?」
雨は一向に止む気配はない。
俺は疑問を抱く。
至極単純で四角い枠に繋がっているベルトコンベアーが1周しては戻る。
中学校の200メートルトラックを利用したマラソン。同じ景色を見てグルグル回る。
回っている独楽のバランスを保つ軸が疑問点だ。
――世界は謎に包まれている――
「『ゴーストギルド』……。皐月め。何、考えてやがる。俺には何の因果関係もない。ノーカン!」
声に出してみたが効果は今一つ。
仕方なく俺はチャリに乗るのを諦め、徒歩で目的地へと行く。
場所は遠くない。ノーパでの天気予報は曇天が続き、雨も降ったり止んだりの繰り返し。
折り畳み傘を開いてリズミカルに回す。ポケットに入れたMP3プレーヤーを起動。
ワイヤレスのイヤホンにBluetooth機能を使って曲を流す。
最近プレイリストに追加したお気に入りJ‐POP。歌詞を口遊み20分歩く。
都内に蔓延る寂れた図書館。自前のノートパソコンを入れたトートバッグを持ち玄関口を潜る。
静かな室内は湿気が多い。冷房も若干効き過ぎていた。
俺は通気性に富んだ厚手のジャケットを羽織っている。ボトムはジーパン。
資料室をウロウロ。未知なる謎は突然やって来る。
「やあ。『レッツ! 高芝』君。公立図書館を利用しているとは」
盛大なアフロヘア―とモミアゲが出迎えてくれた。
ドーハの悲劇。ミネイロンの惨劇。最悪な試合展開。前回スクデットに貢献した黄金世代が引退。首位陥落し、CL出場権をも逃したビッグクラブのオーナーみたいに頭を抱える。
「『フッサ! 山本』……! 生きていたのか⁉」
「勝手に殺さないで。失礼な奴だな。ラノベ界のカリスマ。100年に1度の天才とは『フッサ! 山本』――世界の常識」
誰も宣っていない。お前だけ既に俺の中で135回死んでいる。
「まさか貴様も都内に住んでいるのか?」
「フッフッフ。聞いて驚く事なか――」
「チッ! 住んでいるのか。初耳だ」
――閑話休題。
「さて――と。君は仕事か?」
「お前は違うのか?」
「まあな。私のミステリー小説が先日めでたくメディアミックス化される運びとなりブログやツイッターで告知した際、読者の反響も申し分ない」
ふーんへ~さよか~そりゃおっめでっとさん♪
「『LaLaLa裸ッシュ!』――がねえ~。――ん? 待てよ。ってー事はお前今ハチャメチャ忙しいんじゃないの? 図書館で何してんの? ぶっ飛ばすよ⁉」
当然の疑問。彼奴はクールに対処する。
「私はあくまで原作者の1人。相棒の絵師、漫画家さんやアニメ制作スタッフ、ゲーム会社の打ち合わせは来月から始まる。編集長の『ユイチュー』様は英気を養っておけ――との事だそうだ」
あんの小悪魔編集長もさぞ鼻高々だろうな!
「ってー事は? もうお前は? 各メディアから入ってくる印税――札束の海で極楽浄土を遂げると?」
「どうしていつも君は私を挑発する喧嘩口調なんだ? まあ、その通りなのだが」
どっちが喧嘩売ってる? 両方? イエース。ザッツライト~!
VS『フッサ! 山本』天下泰平ぶち壊しの乱始まるよ! -Let’s try! リア充爆!-
犯行声明。俺は邪念が詰まった妖刀『走馬☆刀』を鞘に納める。怒りでプルプル震えながら。
ウィーンウィーン! 『死』第ニ段階発令。
「我に宿る七曜の災厄よ安らかに鎮まり、眠り給え~」
「主よ。感謝します。アーメン。暴力はいけない。そなたの態度。誠に寛大であーる」
バカ2人の話題は別のルートへと走り出す。
「――じゃあ、何しにお前はここまで来た?」
「いや、チョッと最近良からぬ噂を聞いたのでね。私は都内の治安維持として巡回中にちょうど公立図書館が目に付いたんだ。休憩と調査の為に立ち寄ったという訳だ」
「パトロールの事か?」
「他に何がある?」
何だコイツ。キモい。
「収穫は?」
「『ゴーストギルド』――を知ってるか?」
「――」俺はアホ面で状態異常系魔法をモロに喰らう。
――『ゴーストギルド』――
死霊騎士団と名乗り、世界の情報網を行き来している電波な低級霊サークル。
「――ビンゴか」
「何でお前が……まさかもう幽霊と接触したのか――?」
宿命を共にした皐月との密会は俺しか知らない。
「ああ。私の家系は昔から代々伝わる陰陽道や占星術に詳しい血統を持つ一族。霊界に関する事件にも敏感に対応する様に義務付けられているのさ」
「……はあ。奴等の目的は――人類と霊界の共存らしいぞ。お前等のトップは承知で排除する気か?」
「NSAも本腰で調査に乗り出している。相手は人類史上の偉人達が作った電子機器を媒介にして新たな革命を齎さんとしてる。黙認する程、我々はお人よしでもバカじゃない」
何だコイツカッコ良いな。
冷静沈着『フッサ! 山本』は1つだけ見落としている。低級霊の集まりは、海中にいる小魚が群れを成すと巨大な生物に見える様に結束すると人に甚大なる畏怖の念を与えるのだ。
「質より量――数で攻めてくる相手は予想以上に手強いぞ。本気か?」
上も下も存在しない。天才ハッカーが注入するコンピューターウイルスの如き邪悪なオーラ。俺等作家連中が扱う『真名』の如く。
「ん――まあな。私の使命だからな」
どこかしら『フッサ! 山本』は意気揚々。
可哀想な奴。まるでこれから起こる事を知っているみたいだ。
「一つ聞いていいか?」
「何なりと」
「お前の本業はラノベ小説家と幽霊退治――どっち?」
「――フ。ここまで来たら答えるしかなさそうだな。答えは後者」
鼻で笑う。コイツ超カッコ良い。そのまま本業に集中して俺の前から消えてくれ。
同時に幽霊退治をするラノベ小説家もありかな……なんて思う自分がいた。
「そうか。頑張れよ」
内心で舌打ちし、俺は奴の前から去る。
暫くして資料室に戻るとあいつの気配は微塵も感じられない。
ぶっちゃけあの野郎がどうなろうと俺には関係ないね。
9月の下旬。週末の日曜日。AM11時頃――都内の公立図書館の館内。学習室にて。
俺の仕事が捗ったか? 余裕で無理。
『フッサ! 山本』が例の『ゴーストギルド』に関与していると知り、頭の中ではフェアプレーで今回の事件にお腹いっぱい。
「ふー。しゃーねえな」
まるでホームズが難解な密室トリックに脳をフル稼働させて推理していくのと同じ。
――『異世界転生』『真名』『謎』『嘘』『密室』――
奇妙に引っかかるモノを感じる。事件に関する事物を利用してノートパソコンに文章を仕上げる。
――説明しよう!
『レッツ! 高芝』の『真名』は『語る者』――通称『ファーブラ』と呼ぶ。
ストーリーテラーを能力化。『アネモネ』を利用した特殊な『真名』。
物語の中を巣窟としている――魂や心――に宿った魔物『アネモネ』の侵入経路を塞ぎ、文章の鳥かご。檻に閉じ込めて最後に捕獲する。
密室。自由自在に組み替えられるダンジョン。
文章を綴り、精神に潜む『アネモネ』の行く手を遮る。
俺の事をダンジョンマスターと他人は呼ぶ。
魔物『アネモネ』の獲得が原稿のオチ。真実と虚構。
――『謎』――
どの様な物語を構成するか? 腕の見せ所。
ただし、事件を本気で解決したいならば――沿ったテーマを物語に構成しなければ意味がない。現実な手がかり『アネモネ』から『謎』が獲得出来ない。
足し算に例える。日本の教育では(3+4=?)と問題が出題されるが、欧州では(?+?=7)と複数形式で出題する。
俺の『真名』は小説の密室に閉じ込めた日本と欧州の足し算の中間。
(3+?=7)――『?』=『アネモネ』。
今回は慎重に事を運ばなければならない。
原因は皐月が所属している『ゴーストギルド』にある。
彼女を助ける為――とは完全な綺麗事。
俺の知的好奇心は融通が利かないんでね。誘惑に負けた。
作品は『ゴーストギルド』をモデルとした枠組みで捉え、可能な限り実体験に基づいた物に仕上げていく。
どんな魔物『アネモネ』が出てくるのか? 事件のカギを握る『謎』のトリックは何か。
事件の解決に繋がる――ピンときたのさ。
一応断っておくが、『フッサ! 山本』を助けよう等とは微塵も思っちゃいない。
単なる気紛れ。ネタに困っていた自分を活かす為の最大の処置。
「さーてと……今回の謎は何かな?」
静寂の図書館内。新たなミステリー小説を創作しながら自嘲。独り言をほざく。
途中まで物語を書き綴った状態で――
9月の下旬。週末の日曜日。AM11時頃――都内の電電ブックス編集部の30階建てビル。異様に清潔に整えられた20Fの編集室にて。
「『ゴーストギルド』は西洋における中世ヨーロッパの下級貴族や兵士達の霊魂が集って初めて創始したんだよね!」
小悪魔編集長の『ユイチュー』はロールケーキをパクつきながら自身の仕事机にふんぞり返り、キャラメルマキアートを楽しむ。
「最近では東洋――日本でも頻繁に姿を現してるんだとか。100年に1度の天才、『フッサ! 山本』君がマジ顔で吟じた時は……正直頭ラリッちゃったのかビビりましたよ」
部下の1人。『助六』はガクブル。
「アチキは『ゴーストギルド』の本、書籍、資料、民話を冒険した事があるけど現実に存在するとは思えないんだよね!」
「?」『助六』は顎に手を添え顔を傾ける。
「『ゴーストギルド』は複数存在するんだよね! 時代や人物は全部バラバラ。例えば仏教の開祖はお釈迦様、キリスト教の開祖はイエス・キリスト――の様に必ず一つの宗教として現れるんだよね! 歴史の変遷を辿り色々な宗派に枝分かれ。派生したのが現代宗教の縮図」
「なるほどねー」と部下『助六』。
「問題。全ての『ゴーストギルド』は崇拝する象徴が存在せずに世界各地で神出鬼没に現れる。厄介な組織なんだよね! 秘密結社みたいな。彼等彼女等の目的は?」
「んー……ハッ! もしかして!」『助六』もナイスなリアクション。
「御伽噺『ゴーストギルド』が実際存在して遥か昔から崇拝されていた象徴を欲しているとすれば――きっと探し待ち望んでいるはずなんだよね! 全ての『ゴーストギルド』が集結する日! 真の救世主の誕生を!」
9月の下旬。週末の日曜日。PM12時頃――都内の公立図書館の館内。パソコン閲覧室にて。
例の公立図書館内部一画でいきなり起こった。
まるで閃光弾を投げ込んだ爆発音。立ち込める煙の中、口の端から血を流し膝をついている輩が1人。
「チッ! 何としてでも私が食い止めねばな! ラノベ小説界の新鋭! 100年に1度の天才をなめるなよ!」
『フッサ! 山本』である。彼は館内のパソコンをいじってインターネットにアクセス。宿った霊魂と対峙。傍から見ればかなりイタイ事態。
『ゴーストギルド』は遂に姿を顕現。
巨大なファントムの集合体。
世界中のネット回線を駆け巡り各地で怪奇な事件を起こしては消える。
科学で解明出来ない。現場に証拠やトリックすら全く残さない。
ガチモノの幽霊グループ、死霊騎士団――『ゴーストギルド』。
――フン! ククク。人間よ。なぜ我等を排除しようとする? 『ゴーストギルド』との平和共存を一度でも考えた事はあるか?――
「ク、クソ!」
正直な所『フッサ! 山本』の脳内で答えは今までずっと悩んできた葛藤の種。
『ゴーストギルド』の主張はこれまで巻き起こしてきた数々の無差別なテロ行為を除けばある意味筋は通っているのだから。
人と幽霊の共存が成り立てば――新たな人類の進歩、世界の平和、文化の発達を促す最良の手段になるのではないか?
世界に革命を齎す素晴らしい出来事ではないのか?
未知なるモノとの接触において危険な悪寒が『フッサ! 山本』の胸中を弄ぶ。
今まで行ってきた罪を全て許す訳にもいかない。
『フッサ! 山本』の心の中でエンジェルとデビルが諍いを起こしている最中――
死霊騎士団『ゴーストギルド』の魔手が次の攻撃を繰り出す。
膝を付き、頭を抱えている彼は下を俯いたまま。
数多の幽霊が集い、エネルギーが一点に集中。爆発的な威力で流星の如く飛翔。攻撃がダイレクトで鳩尾に滑り込む!
防げない! と、周囲の野次馬連中。誰もが思った時。
「フン! そんなの遥か昔、人類生誕の時から答えは決まっているじゃねえか!」
敵と『フッサ! 山本』の間に新たなる影が眼前に立ち塞がる。うん……まあ、傍から見ればかな~りイタイ事態である。一体全体何事だ。
――誰だ?――
不意にゴースト達の加速ボディーブローも止まる。
『フッサ! 山本』もやっと顔を上げた。
「『レッツ! 高芝』! 助けに来てくれたのか⁉」
「フン! 勘違いするなよ。神に誓い告げる。俺は――同期の『フッサ! 山本』の事が大嫌いだ!」
「じゃあなぜ――って、グハァ!」
『レッツ! 高芝』は未だに敵の眼前で膝を付いている『フッサ! 山本』の背中を思いきり蹴飛ばした。哀れな脇役『フッサ! 山本』はぶっ飛び、転がる。敵との距離が離れ、怨念が俺に集中する。
ざまあねーぜ! と、心中で叫ぶ。同時に敵の眼前でファイティングポーズを取った。
「さあ、いつでもかかって来い。今度は俺様『レッツ! 高芝』が相手だ」
――待て。貴様の答えを聞こう。言ってみるがいい。世界中に数多ある素粒子。つまらない哲学。冥途の土産を――
「あー全く面倒くせーな。お前等の言う通りだ」
『レッツ! 高芝』はボリボリと後頭部を掻いてつまらない哲学。トリックを暴く。
「元々、全ての『ゴーストギルド』連中も人間。揺るがない真実だよ!」
――な⁉――
「常識が通用しない幽霊界だか死霊騎士団だか『ゴーストギルド』だか知らねえが、死んだ後にこの世に残った未練タラタラの魂が生前の記憶を失っていました――とは言わせない。こんな世界で未だに悪巧みを働くのは人も幽霊も一緒。俺達はとっくに繋がっているんだ! だから望み通り、新たなる革命を引き起こしてやる!」
ふと脳内に同居人。皐月の顔が浮かぶ。
「良い女だぜ皐月。飯も作ってくれたしな!」
人と幽霊が共存する憩いの場――俺が繋げる。創り変えて見せる!
――新世界の創造。ビッグバンから派生した1人の愚鈍なミステリー作家の脳内に宿る思いつき――
――物語であり宇宙の神秘――
――小説。もう一つの世界――
――宇宙の塵にも匹敵しないあれこれが合体し――
――記憶が失せる前に3回唱えたら夢が叶う――
――流星の如く煌めいたナイスアイディーア♪――
――弦楽隊のバラード。即興で指揮する『レッツ! 高芝』――
――mystery――
「成仏するんだな! 悪霊軍団!」
咆哮した後、更に怒声を浴びせる。自分自身に言い聞かせる呪詛。
「事件は――俺の物語だ!」
9月の下旬。週末の日曜日。PM12時頃――都内の電電ブックス編集部の30階建てビル。異様に清潔に整えられた20Fの編集室にて。
「でもね、本題。ある人物の『真名』を駆使すれば幽霊界の救世主になれるんだよね!」
小悪魔編集長『ユイチュー』は不敵に笑う。菓子パンの食べかすを口の周りに付け。
「ほう――どこのどいつですか? 某大物作家?」部下の『助六』はあくまで淡々と聞く。
「違うんだよね! 救世主。『真名』の使い手は――」
9月の下旬。週末の日曜日。PM12時頃――都内の公立図書館の館内。パソコン閲覧室にて。
――おっのれー! 生者風情が異世界の仕来りを語ろうなんざ1000年早いわ! フン、クックック。我々が犯してきた罪深き数々の難事件! 証拠はどこだ? 名探偵さん?――
余裕綽々な死霊騎士団『ゴーストギルド』の悪霊達。
奴等の悪行三昧な日々を証明するのは物理的に地球をひっくり返しても出て来やしない。
俺は冷静に言葉を紡ぐ。架空のパズルのピースを上下左右から中央へ繋げる。ゾクゾクしながら。『謎』は少しずつ形作られる。
『嘘』から――『真実』に。
「言うねー。俺はミステリー作家としては三流かもしれないが密室の事件に関するミステリーならば、1000年に1度の逸材だぜ? 証拠ならある」
――何⁉――
「正気か⁉ 『レッツ! 高芝』! 無茶は止めろ! ここは私に任せて穏便に済ませようではな――」
戯言をほざく『フッサ! 山本』の股間を思い切り蹴飛ばして口を塞ぐ。
「――ッ!!!!!」
悶絶。七転八倒。陰陽師の彼は魔法を唱える前に俺の物理攻撃に殺られ泡を吹き倒れた。
彼が死んでいない事を祈ろう。
遂に痺れを切らしたのか、目の前の暗黒。ファントムの群れはまるで全ての意思が繋がっている伝説の竜――ドラゴンの姿を成して飛翔。完全攻撃態勢に移動。『死』第三段階。
――死霊騎士団『ゴーストギルド』の歴史を侮辱するか⁉ 貴様、生きて帰さん!――
悪霊の群れ。黒い竜が一気に俺『レッツ! 高芝』の方に襲い掛かって来た。
手元には出来立てホヤホヤの原稿が握られている。
『真名』発動!
密室の檻。中に入っていた魔物『アネモネ』を容赦なく解放する。
出てきたのは魔物『アネモネ』――死者達の怨念。
――そう。魔物になり『レッツ! 高芝』の配下と化したのは他ならぬ死者達の怨念!
――な……⁉ なぜ、我々の仲間が一般人の奴隷になど……!――
「仲間だあ? ふざけた事抜かしてんじゃねーよ。俺が解放した死んでしまった人達の怨念。矛先は死霊騎士団『ゴーストギルド』だよ!」
――反逆者の類か? お前はマインドコントロールでも使う邪道霊能力者か?――
「残念ながらどちらでもない。死者達の怨念――かつて貴様らが犯した罪の被害に遭った人々の魂だ。密室トリックの証拠は死者達の怨念が語ってくれるさ。ショータイム。心して聞けよ! 死霊騎士団『ゴーストギルド』! モノホンの断末魔を!」
――よくも貴様らは勝手な思想を掲げ、俺を殺してくれたな!――
――私の子供を返してよ! ねえ! 返してったら!――
――わしらにはこの世で遣り残している事がまだあった……あったんだ!――
――僕、もう死んじゃったの?――
――グ、クソオアアアアア! 真実とはこれ程までに重いものなのか!――
「そうだ。死霊騎士団『ゴーストギルド』が掲げた理想。何も全てが悪い事だと俺は思わない。同時に異端とされた他の思想で犠牲になった人々の怨念も消えない。死霊騎士団『ゴーストギルド』が生と死の狭間で真剣に倫理に向き合わなければ、永遠に悪循環は続く。罪を償わなければ、ずっと苦悩と懊悩に怯えながら生死の資格も与えられずに最後の審判まで彷徨い続けるだろう」
――我々にはトップに立つ者が……救世主がいないんだ! 誰かに助けを請う、不純に満ち汚れた世界で終止符を打つ事なんざ絶対に無理なのでは?――
「俺――『レッツ! 高芝』を信じる事が出来るか? 俺がやり遂げれば、もう二度と悪さをしないと誓ってくれるか?」
――そこには富も名誉も差別も娯楽もこの世に蔓延る粒子の如き捨て駒の様な哲学すら無い。
9月の下旬。週末の日曜日。PM12時過ぎ――都内の電電ブックス編集部の30階建てビル。異様に清潔に整えられた20Fの編集室にて。
「――ホームズもびっくりのクラシックな密室ミステリーに拘り続ける『レッツ! 高芝』なんだよね! 実は」
「え~さすがに嘘でしょう? 冗談止めて下さいよ~編集長」
小悪魔編集長『ユイチュー』は黙ってマグカップに残ったキャラメルマキアートをちびちび啜る。
――あ、あなたはもしかして……我々が待ち望んでいた真の救世主⁉――
俺は無言で物語の続きを書く。持っていたノートパソコンに記していく。一人のミステリー作家として、何よりも『レッツ! 高芝』の意地とプライドにかけて。
俺の物語はまだ終わっていない。
一通りストーリーを書き記した後――新たなる密室が出現した。
内容は――俺を名探偵+小説家=救世主として崇拝する死霊騎士団『ゴーストギルド』の連中が待ち望んでいたもう1つの異世界。無限に出没する幽霊達が俺の小説の内部に異世界転生し、人類と幽霊界の共存を図る楽園。
『謎』――魔物『アネモネ』の正体は死霊騎士団『ゴーストギルド』。
トリックであるオチは『レッツ! 高芝』が異世界の神様である『嘘』。とびっきりの劇薬。
「俺がお前等の救世主になってやる!」嘘物語に終止符を打つ為迷わずエンターキーを押す俺。
――パチン!
世界中の死霊騎士団『ゴーストギルド』は各地のケーブルを伝って、『レッツ! 高芝』と『フッサ! 山本』のいる都内の寂れた公立図書館のデスクトップパソコンに一気に集い――爆発!
組織は電波霊であるが故、待ち望んでいた世界を求め密室の彼方に吸い寄せられていく。
パズルのピースは埋まった。
途中から創り出した2つ目のダンジョン――密室は他でもない。俺のノートパソコンの中。
どうやら俺が創作した物語は無事に彼等の理想郷と合致したらしい。ビンゴだ。
『真実』は『嘘』へとまた姿を変えた。
そう。俺が創った物語はいくら説明してもどこまで行っても、もう真実には辿り着けない。
『レッツ! 高芝』のミステリー小説。一連の事件は全てがたった今、『嘘』へと変わった。
どう足掻いたってフィクションでしかない。
例え幽霊軍団を追い詰めて『ゴーストギルド』なる巨大な魔物『アネモネ』。『謎』を獲得したとしても。俺が異世界転生し、その地で救世主となっても。
小説と呼ぶ宇宙の旅はどこまでも続くのだ。そう……どこまでもな!
「だって、俺の物語だからな」等と独りごちてみる。
1000年に1度の密室オタクである俺はもう満足。
『レッツ! 高芝』は異世界を統べる『ゴーストギルド』の救世主!
……――じゃない!
科学では解明出来ない非常識事件に関わる密室トリックの名探偵。
物語の『謎』を自らの手で創り出すオンリーワンライトノベル作家。
――ミステリー作家なのだから♪ イエー!
「あー腹減ったな」
――VS『ゴーストギルド』の事件は解決した。
事件が終わってから数日後。10月の初旬。水曜日。PM2時過ぎ――古ぼけたアパート。家賃3万7千円の六畳一間の和室=自宅の中にて。
「……まさかお前、生きていたとはね」
「私はもう死んでますよ。『ゴーストギルド』も誰かさんに解散させられちゃいましたし」
運命共同体の同居人。幽霊女――皐月はニッコリと笑う。
「何でお前だけここに残れたんだ?」
「私の本当の居場所はここです。この世に未練なんてないと思ってたけど……私、高芝さんの事好きになっちゃった」
「ふーん……って、ええ⁉ マジかよオイ!」
遂に俺にも(幽霊との)春が訪れたってのか⁉
――ピンポーン――
玄関口からチャイム音。ドアがドッカーンと観音開き。
「ハロー我が愛しの同期! 『レッツ! 高芝』君! ブランクだと聞いて見舞いに来たぞ!」
『フッサ! 山本』――本名山本 栄のご登場。
「何か知らない人がやって来た」と俺。
「新手のセールスマンかしら」と幽霊女。
「てゆーか勝手に入ってくるな! 誰が許可したんだ? 誰が!」
「私の心の中に宿る親友――高芝 創君が入っていいよと耳元で囁いたのさ」
――キモい! マジキチヤバキモいよコイツ!
「へー。こんな所でBL展開が見られるとはね。てゆーか高芝さんの名前初めて知りました! これってもしかして三角関係勃発⁉」
「何でそうなるんだ!」
本日も高芝家は賑やかだ。
10月の初旬。水曜日。PM3時ジャスト――都内の電電ブックス編集部の30階建てビル。異様に清潔に整えられた20Fの編集室にて。
――編集長『ユイチュー』と部下『助六』の密談。
「本当ですか? 『フッサ! 山本』君が『レッツ! 高芝』君の真の才能を『開花』させる為に、敢えて100年に1度の天才を演じて嘘を吐いていたのは?」
「当然! 編集長のアチキが直接命令したんだから。彼もノリノリだったし」
「一体どうしてそんな事を? 『ゴーストギルド』の壊滅の為に? 100年に1度の天才とはもしかして――」
「そいつの小説内を冒険して分かった事が1つだけあるんだよね!」
話を遮り全身の各部位が機械で出来ている青紫色をしたツインテールの少女は語る。
「彼の小説内、ダンジョンは『真名』の性質のせいか、時々『アネモネ』自体が存在しない。何を意味するか分かる?」
「『アネモネ』が存在しない……? まさか!」
「そう。アチキの『真名』――『コスモ』によるEXP(経験値)振り分けの効果が発生しない。どんだけアドバイスしても彼はレベル『0』のまんまなんだよね!」
――だからこその『嘘』。
「今回の『ゴーストギルド』の一件に裏で糸を引いていた人物は――」
「アチキ。NASAに所属している旧友から欧州にある面白い伝承を教えてもらって、後は簡単。普段あのミステリー狂いの性格、動向、癖等を徹底的に分析して職業柄『ゴーストギルド』なるエセ密室物語を創作。ネットを経由して世界中に配信。『コスモ』は対象者にEXP(経験値)を与えるまで効果は持続するから『フッサ! 山本』君に奴を煽って貰ったんだよね! 罠だらけの現実+エセ密室物語=アチキの説教本。調子に乗ったバカは『ゴーストギルド』の壊滅にまで漕ぎ出し、膨大なEXP(経験値)を入手。全く心理学者なめんなだよね! でも挑発に乗ったのは彼だけじゃなかったみたい」
「この嘘つき! へ? どういう事ですか? 事件は現実に現場で起こってますよね?」
「ここからは推測なんだけど、アチキが『ゴーストギルド』としてモチーフにしたオカルト民話『死霊騎士団』。全ての始まりはこれで派生した作家さん達の作品を冒険している内に気付いたんだけど……話には更に裏があって彼が実際に相手したのはアチキのエセ密室物語だけではなく――」
「ま、待って下さい! まさか……」
――『死』最終段階発令!――
――……そのま・さ・か! さ~……――
ビリビリバチン!
ビル30階全ての部屋に電気は供給されているはずなのに、不意に蛍光灯が点滅し、途切れた。
「な⁉ 何⁉ 今、何か聞こえなかった⁉ 助六君! 女子供を驚かすと後でロクな事にならないんだよね!」
「僕は何もやってないです! 編集長こそ下手な冗談は止して下さいよ!」
――私はね~皐月。ちょいとした事情があってこの世に想いが留まった『ゴーストギルド』の残党~――
薄暗い室内に、皐月の粘っこく強かな声がオフィスを覆う。響く。
当然オフィスの中にはパソコンが何台も置いてある。見合った数のディスプレイも常時完備。
全てのパソコンのスピーカーから謎の女幽霊――皐月の声は聞こえてきた。
室内全域が混沌と化す中、動かしてもいないのにパソコンのディスプレイだけ起動。
――ウィーン! プツッ! ザー!!!!!!
パソコン画面に映ったのは砂嵐。複数台ある全てのモニターに映える。
――ザー!!!!! ウィーン! プツッ! パッ! ザー!!!!
暗闇に目が慣れていない。自然と光のある場所を求め、『ユイチュー』と部下『助六』の2人は生存本能の思うがまま、モニターに目が釘付けになっていた。
恐怖からくる好奇心。怖いもの見たさである。
時折何かがモニター画面に映えるのをジッと観察する2人。お互い無言でゴクリと喉を鳴らす。砂嵐から秒単位で映し出された映像はお決まりのホラー映画を彷彿とさせる代物。
――井戸。
「あの井戸から何かが現れるなんて事――」
「ハハハ。まさか、長い黒髪をだらりと垂らした女の人が這い上がってくるベタな展開ある訳ないでしょう? 編集長」
「言わないで! それ以上はお願いだから!」
やって参りました長い黒髪をだらりと垂らした女の人。皐月が。井戸の中からクライミングを駆使して思いっきり空気を読んで。
「「ギャアアアアア――――――!!!!」」
モニター画面の前方(つまり手前のこちら側)に向かってゆっくりと歩を進めてくる黒髪ロングの女幽霊――皐月。
「――ハ⁉ 今こそセコムの出番!」
セコムは異常事態に見舞われた時、自動的に発動される兵器。
発生しない! 常識が通用しない相手。非科学的な呪縛により封印された。
最早打つ手なし。
幽霊女――皐月が有名なホラー映画の名場面の如くディスプレイ画面、物語から現実へと姿を露わにするのかと思いきや、救世主は2人を見捨てなかった。
突然、ゴースト皐月の動きが止まる。物語と現実の境界線――液晶画面の外側と内側のギリギリセーフ一歩手前で。
「あ、あれ――?」『ユイチュー』は目が点。
「ど、どうやらこちら側の世界には干渉出来ないみたいですね」『助六』も呆気に取られる。
――ウフフ。そうでした~。今は救世主の許可なしにはここから出入りは出来ないんでした~。また来ますから今度は覚悟しておいて下さいね~――
バイバイ――と、陽気に手を振り彼女は井戸の中へ。同時に複数台あるパソコン画面もフッと元通りに。天井の蛍光灯もホラーゲームの終幕みたいに晴れやかに回復していく。
「「……」」お互い顔を見合わせる2人。
「ふ……ふぅ~。セーフ! 何とかなったぜ」と『助六』。
「手強い相手だった。アチキ達がいなかったら大切なオフィスは壊滅していたんだよね!」
てゆーか、お前等がいなかったらこんな事には初めからならなかった。
レディゴースト皐月(軍団)を2人で協力して見事に撃破――したんじゃなく、想いを馳せる様に走馬燈を見て九死に一生を得た。
「皐月が狼の遠吠えをした救世主とは――一体⁉」
「助六君……リアクション取らなくても分かるんだよね! 100年に一度の天才しかいないんだよね!」
「……」『助六』ノーコメント。
YESと捉えるカリフォルニア工科大学出身の心理学者。
「……『レッツ! 高芝』に異世界転生モノを薦めるのはもう止める事にするんだよね!」
「人類の平和と共存――2つに目標を絞れば自ずと答えは限られますね」
――世界は謎に包まれている――
「まあ、さっきの『怪奇! 編集室の皐月さん』みたいにこれ以上干渉するとアチキも夜一人で寝られないし、トイレに行きたくても行けないから、あいつにくぎを刺しておいたんだよね! 途中からヤバイ感じがしたから」
「小説と呼ぶ宇宙の旅はどこまでも続く――そう……どこまでも!」
「ミステリー作家として成長したいのならば、異世界転生モノでも書けって!」
「原因は彼が死霊騎士団『ゴーストギルド』を救ったって事? やっちまいましたね。どう修正するんです?」
「……アチキの中に宿っている怪物とバトルイベントを強制的にさせたり(※生死は問わず)」
「遂に登場しましたね。鬼ですかあなた」
「まあ、協力してくれる人物に心当たりがあるからあまり問題ないんだけどね! 心配無用! 知らぬが仏! 邪気退散!」
「誰の事ですか?」
「何も『謎』狂いは『レッツ! 高芝』だけじゃないんだよね! フッフッフ。使える駒は使うべし! 種は蒔いておくに越した事はないんだよね!」
「なるほど~。裏で糸を引くどころか大魔王を現代に解放させちゃいましたね。編集長」
「兎にも角にも今日の~おやつは~しんげんも~ち♪」
10月の初旬。水曜日。ある時刻――ある場所。帰路の途中。
「あれだけの事件に誘導し、引き金を引いても――あの頃の彼に戻る事は無いか……作戦失敗だ」
そいつはブロッコリーを想起させる盛大なアフロヘア―を揺らし、ヨレヨレのスーツに首から振り子の要領でぶら下がったネクタイを不器用に着こなしていた。
傍から見ればついさっきリストラ宣告を受けたサラリーマン。
何時ぞやの陽気で軽快な彼の性格はまるで皆無。
封印され、闇のオーラが呪縛として不気味に漂う。
――レベル『0』のダンジョンマスターに敵意が剥き出しになっている。
思わず歯噛みした。苦虫を噛み潰す。嫉妬の炎を密かに燃やす。
「ああ……『レッツ! 高芝』事、高芝 創よ! 君はあれ以来変わった! だからこそ私は嘘を吐いてでも君を追い続ける! 例え仮の100年に1度の天才なる仮面を被ってでも、私は君を追いかける! 親友として編集長の『ユイチュー』様の言葉が本当ならば!」
――『レッツ! 高芝』の『真名』が未だ『謎』に包まれてるんだよね!――
10月の初旬。水曜日。PM5時過ぎ――古ぼけたアパート。家賃3万7千円の六畳一間の和室=自宅の中にて。
「たっだいま~。無事、調査完了しました救世主。どうやら今回の事件の真犯人は例の女の子で間違いなさそうです」
「やっぱり今回の難事件の黒幕は小悪魔編集長――『ユイチュー』様か。まあ、予想していたからショックも糞もねーな」
俺のノートパソコンから無事に帰宅して来た運命共同体の女幽霊――皐月は苦笑を浮かべて、
「例の(現在、貴方とBL関係にある)『フッサ! 山本』さんもグルだった――みたいですね」
「んな事は調べなくても奴の性格上よく分かる」
「肉体関係があるからですか?」
「ねえよ! それにしてもなぜ気付かなかったのかね~自らの『真名』で墓穴を掘り、今回の事件に乱入したのが後2人いた事に」
「『謎』ですね」
「だな」
――そう! 今回の事件。黒幕はツーテールのクソガキ『ユイチュー』で間違いない。
真犯人と共謀者は途中から意図に気付き裏をかく。情報操作した。
あの世が実在する事を知っているのは2人だけ。
騙されたのは他でもない事件実行犯の誰かさん。
砂時計を逆さにするとリターンマッチする。逆手に取られた。
事件に闖入者2人組は便乗し、一芝居打って黒幕に引っ掛かったふり。
――全て演技。
『嘘』吐きは『謎』の始まり。
【名探偵ネコにゃ~君と助手ワンだちゃんの大ヒント!】
名探偵ネコにゃ~君――今回の事件は全てが密室絡みにゃんだにゃ。密室事件に『真名』を駆使して深く関与出来る人物がいたんだにゃ。
助手ワンだちゃん――え~! 一体全体どこの誰なんだワン!?
名探偵ネコにゃ~君――更ににゃ、犯人の大好物が密室だった場合……誰が一番当てはまるかにゃ?
助手ワンだちゃん――皆も一緒に推理するんだワン!
きっかけは編集長『ユイチュー』の壮大な今回の事件。『エセ密室物語』から始まる。
女幽霊――皐月のアドバイス。事件の『謎』――鍵を握るのは『嘘』である。
『嘘』に気付けば半分事件は解決したも同然。
『エセ密室物語』の正体は異世界転生モノを薦める為の動機。
『ゴーストギルド』モノホンの闇が実在する禁忌。
――『死霊騎士団』――
後はどう料理して『真実』を導き出すか? 単純明快。真っ向から立ち向かう。
2人は『エセ密室物語』に便乗した――先に待っている『真実』。ある物を巡って。
相手の意図する作戦に乗って『ゴーストギルド』を『真名』を使い解放させたのだ。
嘘から出た実――入手したアイテムは果たして何だったのか?
「小悪魔編集長の考えている事なんて大体予想が付くけどな」
「あれだけ驚かせておけば……まあ、暫く安泰でしょう」舌を出す皐月に対し、俺も頷いた。
犯人は1000年に一度の密室ミステリーオタクであり、三流のミステリー作家。
俺――『レッツ! 高芝』。
共犯者は相棒(恋人?)である『ゴーストギルド』の残党。女幽霊――皐月。
今回の事件、様々なヒントが俺の脳内を過ぎった。『異世界転生』『真名』『密室』『ゴーストギルド』『嘘』ラストに『謎』。
全ての答えはある人物の創作した本によって理解した。今頃慌てふためいているだろう。
俺はささやかな復讐を計画。動機は自身の地位を軽く一変させる事。
本当の目的は死霊騎士団『ゴーストギルド』の解放ではなく……
――翌日。10月の初旬。木曜日。AM10時ジャスト――都内の電電ブックス編集部の30階建てビル。異様に清潔に整えられた20Fの編集室にて。
「いや~本日御日柄も良くおいで下さいました。御出勤お疲れ様です! 『レッツ! 高芝』殿下様バックオーライ!」
「ホントホント。ホラ、そこの『フッサ! フサ』お茶を用意! 出涸らしの冷たい甘露!」
「りょ、了解で~す!」
俺は革張りの高級ソファーにふんぞり返り、思いっきり鼻を鳴らす。
こうして俺は現実でも神となり、トートバッグから編集長の説教本を何気なく手に取る。
そこには俺をビビらせる為『ゴーストギルド』による恐怖政治が法典の様にびっしりと書き記してあった。学習したね。いかなる天才でも神の前では無力。暫く重宝するだろう。
――いやホント、幽霊退治をするラノベ小説家も悪くないな。
この神業で真剣にミステリーのラノベ小説を執筆出来るってもんだぜ! やるね~俺! いよ! 救世主万歳!
何で異世界転生モノをクソガキは薦めているんだろう? 最大の謎だ。
こうして電波霊とタッグを組んだ俺の悪戯。復讐劇は幕を閉じた……が――
――俺のミステリー小説はまだ完成していない。 【了】