年下王子がグイグイ来る件について<続>
「なんであなたのような方が殿下と」
奇遇ですね、私もそう思いながらすでに数ヶ月たっております。
できればそれ本人に聞いてくれませんかね。
私だと話がまったく進まないので。
ショタ王子の可愛さにキュンキュンハァハァしてたらいつの間にか日が暮れちゃってほんと困ってるんですよ。
お巡りさん、いつになったら来てくれるの。
「歳を考えたらいかがです? はしたない」
おっと、年齢のこと突っ込みますか。私が一番気にしてると思って、あえてそこを選びましたね? ははは、効果は抜群だ!
私だってなんでこんな行き遅れの女が王子に愛されてるのか謎に思ってますよ。
ヒロインでもないですし? むしろモブですし? 伯爵令嬢と言っても住んでるとこは田舎で、秀でたなにかがあるわけでもないですからね。
自分で言ってて悲しくなってきたな……。
まあ、この方たちからすれば娘のほうがふさわしいとか、私のほうがふさわしいとか思っているんだろうな。うん、まったくもってその通りだ。異論はない。
あのマーライオンのごとく私が紅茶を吹き出すきっかけとなった王子のプロポーズは、思いのほか早く貴族の間で広まり、私は若い令嬢から年配の貴婦人にまで目の敵にされることとなった。
こうなるだろうとは思っていた。身分の差や年の差はやはり埋められないから。
可愛いレディたちの口攻撃なんぞ、ブラックな会社で社畜よろしく生きてきた私にとっては微笑ましいだけだが。
まだ口だけで済んでいるのも、王子の手前下手に動けないからだろう。
「あなた、本当に殿下と結婚なさるおつもりなの?」
「それは……」
「殿下を思うならお断りするのが礼儀ではなくて?」
「…………」
「殿下がまだお若いからとどんな手を使ったか知りませんが、」
それは私が殿下に手を出したと言いたいのか?
ふざけんな! こっちはイエスショタ、ノータッチを必死に守ってここまで来てるんだよ!
私の涙ぐましい努力を知りもしないでこのババアーーおっと、失礼。口が滑った。
確かに、ちょ、ちょっと危ないときはあったけど。でも我慢した。私、頑張ったよ。ショタ王子の貞操を守るために。
リアルタッチダメ絶対。
そんな私の頑張りを無視してガンガン攻め込んでくるのむしろ王子のほうなんですが。あざとさマックスで私の心臓にトドメ刺しにくるショタ王子の恐ろしさよ……。
あんたらも体験してみなさいよ。
それでみんなショタコンデビューしたらいいんだ。仲間になってよ。みんなでなれば怖くない。
そして暴走する私を止めてくれ。
「フローラ様!」
王子が嬉しそうに手を振りながらこちらに来ている。ま、眩しい。輝いてる。ショタが今日も輝いてる。
正装の王子控えめに言ってめちゃくちゃかっこいい。いや、可愛い。いや、かっこかわいい。よし、語彙力が来い。
「殿下」
「やっと会えた! 僕ずっと探してたんですよ?」
そんな嬉しそうな顔を前面に出して。可愛い。尊い。しゅき。
「すみません、皆様とお話をしていたので」
「……お話? いじめられてたんじゃなくて?」
王子ー! 空気読んでください王子ー!
わかっててもそれ言っちゃあかんやつですー!
もうそんな可愛く首を傾げて……可愛いです。今日も眼福です。ありがとうございます。
違う、そうじゃない。周りのレディたち固まってます。せめてオブラートに包んでくれ。修羅場は避けたい。
「殿下、私たちはフローラ様をいじめてなどおりませんよ」
堂々と嘘をつくとは。さすが貴婦人お口が慣れていらっしゃる。笑顔も完璧だ。随分と余裕を見せつけてくれるじゃないか。
「フローラ様、あっちに美味しいお菓子があったんです。よかったら食べに行きませんか?」
まさかのスルー! 相手にもしない気ですか、王子。貴婦人の顔が歪んでーーめっちゃおこじゃねーか、さっきの余裕はどうした。あかん。あかんぞこれは。
「で、殿下」
「なんですか? フローラ様」
さりげなく手を繋ぐのはおやめください。周りざわめいてる。めっちゃざわめいてるから。
今の私の顔は何色だ。赤か青か。
ここにいるのが王子だけなら私もその手を握り返したかもしれないが、さすがにここでは無理だ。
困った顔で王子を見ると、ほくそ笑んでいた。
わざとかー! 周りに見せつけるためにやったんだな。なんという小悪魔王子。
ついにショタデビルまで爆誕だなんて。
ショタで天使で小悪魔とかハイスペックすぎやろ。
待って、レディたちの目が怖い。めっちゃ睨んでる。王子、とりあえず手を離そうか王子。修羅場は嫌だ。あー今すぐおうち帰りたい。
「皆様が見ておりますから」
「だから?」
「……殿下」
「なにも悪いことしてないですよ、僕たち」
ね? と流し目で周りを見る王子。年頃のレディたちの顔が真っ赤になっていく。そこで色気だだ漏れさせますか。正直あんまり垂れ流してほしくないんだけど。
皆にも私の気持ちはわかってもらいたいけど、ショタに対する葛藤をね、うん。でもあんまり王子の色んな顔知られるのは複雑かなぁ。
そう思ってしまったせいか、無意識に王子の頬に触れていた。
ノータッチ? なにそれおいしいの?
「フローラ様?」
「……す、みません」
さっと手を離した私に、王子は大きな目を瞬きさせ、次の瞬間ーーとろけるように笑った。
あまりの可愛さに固まる。え、そんな顔知らない。ちょっと、待って。ここでその顔見せるの。なんで。スマホ持ってたら無心で連写するのに。なぜRECできない。ふざけんな、誰かスマホ寄こせマジで。
「心配しないで」
「……え?」
「僕はあなたしか見てませんから」
耳元で囁かれた言葉に腰抜かすかと思った。
お見通しか。私の恥ずかしい嫉妬はバレバレですか。無理、恥ずか死ねる。
たまらず顔を真っ赤にさせ片手で顔を覆うと、王子は私の頭を撫でた。完璧子供扱いしてるな。く、悔しくなんかないんだからね!
「殿下、失礼を承知でお聞きいたします」
「……なんですか?」
代表してか、先程王子に無視され顔を歪ませていた貴婦人が険しい顔で前に出てきた。ああ、これは。ヤバい気がする。嫌な予感しかしない。
「本当にこの方とご結婚をお考えですか?」
「…………だったら、なにか?」
「殿下はいずれ陛下のように国を守り、皆を代表して導いていかれるお方でございます。そのような方の隣に立たれますのは現王妃様のように強く、気高く、お美しい方でないと…………私たちも納得できません。なにか問題が起きてしまってからでは遅いのです。もっと真剣にお考えになられたほうが……」
「……それはフローラ様を選んだ僕を侮辱していると受けとっていいのでしょうか?」
「いっ、いいえ、そのようなことは……!」
「なぜ、僕のことにあなたの納得が必要なのでしょう? なんの権利があって?」
「……っ」
「僕が子供だから素直にあなたの言うことを聞くと思いましたか? 逆に問いたいのですが……あなた如きがなぜ僕に意見を言えると思ったのでしょう? 失礼と知りながら」
「も、申し訳ありません……っ」
「それと、あなたが言った問題が起きてからでは遅い、ですが……なにが問題なのかわからないですね。僕はフローラ様を心から愛していますし、彼女もそれを知った上で僕の傍にいる。お互いに未婚、恋人もいない。さて、どこに問題が? ……これ以上彼女を侮辱するおつもりなら、それなりの覚悟を持っていただかないと。今後容赦はしませんから。お気をつけくださいね? 僕はまだ子供で、父のように手加減を知らないので……怒りに任せてうっかり刎ねるやもしれません」
ーーなにを。
これなんのパーティーだっけ? 打首パーティーだっけ? やめろ、ガチでシャレにならねぇ。
お久しぶりです、ブラック王子。
ですよね、降臨なさりますよね。わかってた、わかってたよ。そろそろかなって思ってました。だから嫌な予感しかしなかったんだよ。
レディたち十四歳のショタを前にして震え上がって涙目になってるよ。それより貴婦人生きてる? ねぇ、息してる?
「殿下、そのように皆さんを威嚇してはダメですよ」
「あ、ごめんなさい……。怖かったですか?」
「いいえ、殿下がお優しいことは皆知っていますから。でも驚かれてるようなので、その辺にしておきましょう?」
「……わかりました」
いい子。と頭を撫でると、王子は嬉しそうにはにかんだ。よしよし、可愛いショタに戻った。ブラックは心臓に悪いので早々に退場願わなければ。このレディたちも王子を怒らせたら怖いというのはわかったと思う。
こんな可愛い天使が本当に打首パーティーなんか始めるわけないじゃないか。皆信じちゃダメだぞ。
まあ、ちょっとした牽制のつもりなのかな。言葉選びがえらく物騒だったけど。
王子なりに私を守ろうとしてくれたのだろう。
「殿下、先程言っていたお菓子を食べに行きませんか? 少し甘いものが食べたくなりました」
「……わかりました、案内しますね」
「ありがとうございます。……では皆さん、失礼します」
呆然とするレディたちにカーテシーで挨拶をして、私は王子とその場をあとにした。
あのまま残っていても、お互い気まずいだけだ。私たちがいなくなるほうが気が休まるだろう。貴婦人とか特に。心臓発作とか起こさなきゃいいけど。
お菓子があるテーブルに着くと、執事がすでにいくつかのお菓子を皿に取り分けてくれていた。
ちなみに王子は今私のために飲み物を取りに行ってくれている。
「ありがとうございます」
皿を受け取り、お菓子をひとくち食べる。
あー美味しい。疲れた身体には甘いものがぴったりだ。ようやく心が安らいだ気がする。
「フローラ様」
「はい?」
「殿下を止めてくださり、ありがとうございました」
「…………もしかして、見てました?」
「はい。すべて」
なら止めろよ! あのプロポーズのときもそうだけど、なんでこの執事肝心なときに出てこないの!
「私には止められませんので」
ーー心を読むな。責めるように顔を見ると、執事は困ったように笑って肩を竦めた。
「城の者は皆、フローラ様が殿下にふさわしいと思っております」
「……は?」
「なので、ご安心ください」
執事が丁寧に頭を下げる。いや、待ってくれ。
急になにを言い出すんだ。城の皆ってどういうこと。
まさか、王も王妃も知っているの? いつから? いや、知ってて当然か。これだけ噂が流れてるんだから。え、待って。じゃあなんで私なにも言われてないの。数ヶ月もたつのに。普通怒られるよね。私なんかが相手だったら。え……それって、つまりーー公認してるってこと?
「嘘でしょ……」
「お二人とも孫の顔が早く見たいとおっしゃっていましたよ?」
「…………」
一瞬なにを言われたかわからなかった。
だがその言葉を理解すると、私は驚きすぎて持っていた皿を落とした。すかさずそれを掴み取る執事。目が合うと、にっこりと笑顔を向けられた。嘘だと言ってくれ。頼むから。
「……嘘ですよね?」
「…………きっと可愛らしいと思います」
だろうな。王子の子供は可愛いに決まってる。ショタだろうがロリだろうが天使に決まってる。違う、そうじゃねぇ。そうじゃないだろ。
どこの親が十四歳の息子に孫を求めるんや。ありえないだろ。
私に手を出せと?
イエスショタ、ノータッチ精神で必死に頑張ってる私に?
「……無理無理無理」
「殿下はフローラ様を手放す気はないようなので、諦めたほうが早いかと」
死刑宣告かそれは。
おい執事、その笑顔やめてほんと怖いから。
「お似合いですよ、お二人は」
「……私、二十歳超えてるんですが」
「それがなにか? フローラ様はお若いですよ。それに年の差など関係ないと思いますが。お互いに想い合っているのなら、身を任せるのも楽な道でしょうに」
「……相手は王子ですよ?」
「王子だからダメというのは、些か酷ではないでしょうか? あの方は好きで王子となったわけではないのですから」
「そ、れは……」
「殿下を喜ばせるのも悲しませるのもフローラ様次第……どうか、よくお考えください」
それもう軽く脅しじゃないかなぁ。
まさか親公認とか。外堀しっかりと埋められてる気がしてならない。反対されるよりはマシだとは思うけど。だって死刑待ったナシじゃないか。ショタ王子に手を出すとか。普通ならそうなるはずなんだけど。なんでお付き合いも結婚も許されてるの……。夢かこれは。もう夢だと言ってくれ。
「フローラ様?」
後ろから声がして肩が跳ねる。
振り向くと、グラスを片手に王子が首を傾げていた。
「殿下……」
「どうぞ」
「ありがとう、ございます」
グラスを受け取り、とりあえず喉を潤す。
執事のせいでお菓子の味もジュースの味もしなくなった。くそ、許さん。
横目で執事を見たら目も合わさず離れて行った。言うだけ言って逃げるか。どうせ王子と二人きりにさせるためだろう。
「疲れましたか?」
「え、ええ……少し」
「人が多いですからね」
王子が苦笑し、前を見据えた。
その顔はどこか辛そうだ。
「すみません。長く嫌な思いをたくさんさせて」
「……殿下にされた覚えはありませんが?」
「さっきもさせたじゃないですか」
「そうでしたっけ? 美味しいお菓子を食べたら忘れちゃいました」
「…………ずるいなぁ」
眉を下げて王子が笑う。困った顔も可愛い。
うっかり頭を撫でると、その手を掴んで王子は手のひらに唇を寄せた。ちゅ、と吸いつく音がしてーー待って、それは予想してなかった。
金魚のようにパクパクと口を開け真っ赤になると、腰を優しく抱かれた。
「……っ」
「僕ばっかりあなたを好きになるじゃないですか」
ひえぇ……っ
甘い声が耳に。力が抜けそうになり慌てて持っていたグラスをテーブルに置くと、王子の手が重なって思わず震えた。
「殿下、」
「僕、あんまり待ては得意じゃないようです」
「……え?」
「好きですよ、フローラ様」
耳元で囁かれ、そのまま頬へとキスをされる。間近で合った目が少し憂いているように見えて、私は離れていく王子の腕を咄嗟に掴んで引き寄せた。
なんとなく、このまま離したらいけないような気がして。
王子の目が揺れている。不安にさせているのだろうか。
いろいろ、私のせいで。
やはり、待たせすぎるのも不安を煽るだけなのかもしれない。
相手は十四歳、まだ子供だ。
結局、執事が言ったとおり私次第ということか。
小さく息を吐くと、王子が心配そうな顔をした。
別にこれは執事に後押しされたからとかじゃない。私がそうしたいからしただけだ。
数ヶ月たって、少し低かった王子の身長は私と同じくらいになった。きっと抜かれるのもすぐだろう。大人になるのだって、あっという間かもしれない。
だから、できるうちに。私の気が変わらないうちに。
私は意を決して王子の口元近くにキスをした。
「ーーっ!」
「私も大好きですよ、殿下」
真っ赤になった王子に言ってやる。やられっぱなしはやっぱり割に合わない。
だって私、年上だからね。
執事を見れば、よくやったと笑っていた。
公衆の面前でやってるんだから普通怒るとこなんだけど。まあ、いい。
もう周りの目なんか知るもんか。親公認なら怖いものなんてない。それに王と王妃を敵に回したい人なんていないだろう、この国には。
王子が私を強く抱き締めた。そっと背中に腕を回すと、少し涙声で「好きです」ともう一度告白された。
ああ、可愛いな。ほんと。少しは安心したのかな。
大人になってほしくないなぁと思うけど、大人になってくれないと私も手が出せない。気持ちは通じあってもそこは大事だからね。
私はショタを食べる気はありません。
イエスショタ、ノータッチ。
「殿下、もう少しだけ待て頑張ってください。私も頑張るので」
「……ふふっ、じゃあキスはいいですか?」
「んー、」
「それ以上は我慢しますから、ね?」
このマセショタめ。
私は少し決断を早まったかと思いつつ、抗うことができず小さく頷いた。
それがすぐに後悔となるとも知らないで。
数時間後、私は間違えてお酒を飲んだ王子を休ませるため一緒に部屋へ行き、そのまま朝を迎えることとなる。
教えておこう。ショタの我慢は当てにならない。
さあ、二人で愛を誓おうかーー。
読んでくださり、ありがとうございました。
ご心配なく、二人はいまだ純愛を貫いております。ええ、ギリギリ。
前作では本当に皆様にたくさんのブクマや評価、感想をいただけて幸せでした。短編なので続きを書く予定もなく。でも、どうしてもお礼がしたくてちょっとだけ二人をまた頭の中に浮かべて書いてみました。
うん、やっぱり楽しかった。
イエスショタ、ノータッチ!
短編だとサクサク書ける不思議。
いろんなおねショタ書きたい。
でもそれは脳内にだけで留めておきまーす。