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蒼の勇者と赤ランドセルの魔女  作者: 喜咲冬子
第二章 ドラドの陰謀
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1.長たちの来訪





 厚い雲は空をおおっているが、あいまいな影の向きで太陽の位置はわかる。二人がトトリ村に戻ったのは、昼を過ぎた頃だった。


 パチュイとは一度別れた。フィユの店に行くと言う。


 フィユはエンジュと夫婦になったあとも商いを続けており、ふだんは自分の店にいる。今は店を閉めているが、情報を集めるために、そちらにいるはずだ。


 馬を寄せ、ミンネはパチュイと右の手首を軽くぶつけた。狩りの間、別行動をする時にするあいさつだ。


 ミンネはひとり、村の中央を走る大通りを馬で進む。


 つきあたりの丘を背にした、大きな建物が長の住まいで、ミンネの家だ。館、と呼ばれる、戦になれば砦の役割も果たす堅牢な建物だ。石の塀に囲まれ、見張りの兵に守られている。


 村に入ってから、見張りの兵の他に、人の姿を見ていない。


 窯からも煙が出ている様子もなかった。機織りの音も聞こえず、村は静まり返っていた。


 しかし、ミンネは途中で気づいた。人が通りから姿を消し、息を殺しているのは、なにも炎竜への恐れだけが理由ではない、と。


 異変に気づき、ミンネは馬を急がせた。


 館の塀の前に、五十に近い兵の姿が見える。馬も二十頭はいるだろうか。

 それぞれの持つ槍の穂飾りの形や色、そして祀る神々を刺繍した旗から、北部五つの村のうち三つが集まっているのだとわかった。北部の長たちは、冬を前に毎年一度、会合をすることが決められている。だが、今はまだ夏である。


 なにより異様であったのは、馬や兵が館の前にいることだ。いつもの会合であれば、馬も兵も、村の外に待機させる決まりである。


 まるで戦支度だ。物々しい空気が、ピリピリと肌をさす。


「おかえりなさいませ、ミンネ様」


 身体の大きな門番が、槍を下して頭を下げる。門番の表情は険しい。ミンネは馬に乗ったまま「何事だ?」と問う。


「つい先ほど、北部の長の皆様がおいでになりました。今、長と、長老とが応対しております」


 嫌な予感がする。オラーテは春から体調を崩していて、エンジュの死を知ると胸を押さえて倒れた。

 呪薬師には、心に負担をかけぬように言われている。他の相手であれば、長老らや将軍が代わることもできるだろうが、北部の長たちがそろって集まる時に、長自ら応対しないわけがない。オラーテは礼を重んじる人だ。


(一体、なにが起きている?)


 ミンネは混乱した。霧の中で獣の群れに囲まれたかのようだ。自分だけではない。オラーテも、このトトリ村も。


「ミンネ様」


 高い場所から声がした。ミンネがパッと見上げると、物見台にバタイがいる。フィユとパチュイの父親で、村の兵をまとめる将軍だ。

 門をくぐり、ミンネは「今行く」とバタイに答えると、馬を馬丁に預ける。


 すぐ様、外に組まれた木の階段を駆け上がった。

 外階段は、いざという時に縄一本切るだけで落とせるようにできている。敵兵の侵入をふせぐためだ。階段、というよりはしごに近い。ミンネは森のサルほども素早い動きで、物見台に至った。


 視界が大きくひらけ、村を囲む田畑までが見渡せる。バタイは遠く森の方を見ていた目をこちらに向けた。姉弟と違い、目の色は炭色をしている。村一番の勇者であったオラーテを影で支えてきた戦士である。

 エンジュにとっては、剣の師でもあった。


「すまない。パチュイと村境まで現場を見にいっていた。父上は?」

「広間にいらっしゃいます。長老と呪薬師が横についておりますが、あまりよい話ではないようです」


 胸騒ぎがしてならない。ミンネは目を伏せ「わかっていることを教えてくれ」と頼んだ。


「不意をつかれました。まだ状況を正確に把握できておりません。今、物見を走らせておりかすが、ドラド兵は村を囲もうとして動いているようです。商道の関は、すでに封鎖されました」


 商道は、蒼の国の村々を結ぶ道だ。百年かけて北部と南部を結ぶ動脈として整備されてきた。馬車を通すことができる道幅があり、商いをする者が安全に通ることができるよう、あちこちに関がある。

 そこをふさがれれば、商人たちはトトリ村には入れない。どうりで村に人がいないはずだ。


 ミンネは、物見台にいる兵をちらりと見た。バタイは「外してくれ」と言い、兵は下に下りていった。


「あなただけには話しておく。兄を殺したのは、ドラドだ」


 懐の矢じりをひとつ、ミンネはバタイに見せた。


「フィユに聞いておりました。やはり……そうでしたか。エンジュ様も、さぞ、無念でありましたでしょう」


 バタイは、白いもののまじった眉をぐっと寄せ、拳を握りしめた。


「ドラドが火竜の子が殺した理由は謎だ。だが、その罪を兄上に着せ、殺したことは間違いない。現場をあなたにも見てもらいたかったが、今はそれどことではなさそうだ」


 ミンネは簡単に、見てきたことを説明した。ドラドの男たちから聞いたことと、現場に残っていた状況は明らかに矛盾している、と。


「それと……兄上が、火竜の子に襲われた子供をかばい火竜の子を射殺した、というのはパチュイとザリのついた嘘だ。責めないでくれ。兄上の名誉を守ろうとしたのだ」


 バタイは「わかりました。そちらはお任せを」と言って、頭を下げた。


「これはトトリとドラドだけの問題では済みません。すぐにも南部の長たちにも伝えましょう。あまりに非道だ」

「しかし、関をふさがれては、連絡のとりようがない」

「なんとかします。――これは、戦になるやもしれませぬ」


 事は大きく、陰湿で、平和裏の解決は望めそうもない。


 ミンネは唇を引き結び、見渡す限りの森を見た。このトトリを、なんとしてもあのオオカミの牙から守りたい。


「バタイ。私は広間に行く。ドラドの狙いを知りたい。動きがあれば知らせてくれ」

「わかりました。フィユに酒を持たせ、広間の前に待機させます」


 ミンネは、バタイに向かって「頼む」と言うと、するするとはしごを下りた。二階の廊下に続くせまい戸を開け、身体をすべらせる。この廊下の奥が広間だ。 


 扉の前には、黒い頭布のトトリの兵が一人と、青い頭布のドラド兵が立っていた。


「通してくれ」


 ミンネは扉の前で、兵に命じた。トトリ兵はすぐに槍を下ろしたが、ドラド兵は槍を下さず、扉の前から動こうとしない。


「誰も通すな、と命じられております」


 トトリ兵が「ミンネ様は、長のご息女だぞ」と食ってかかる。ミンネは兵の勢いを手で止め、ドラド兵と向き合った。年齢の割にミンネの背は高いが、大陸からきた一族のドラドの男たちは、総じて体格に恵まれている。顔を見るには首を相当上げなければならなかった。


「そこをどけ」

「誰も通すな、と言われております」


 ドラド兵は繰り返した。よほど、自分たちに都合のいい会合でも開く気らしい、と思えば、ミンネのいらだちは募った。


「なるほど。力づくというわけだな?」


 ミンネが腰にさした短刀に手をかけると、ドラド兵の身体に緊張が走る。敵兵にそなえ、館の廊下はせまい。天井も低く、槍を振り回すことのできる場所ではない。相手が屈強なドラド兵でも、地の利はこちらにある。負けるつもりはない。ミンネは腰を落とした。

 その時、ぎぃ、と音がして、扉が内から開く。


「そこまでだ」


 声がかかり、一触即発であったミンネとドラド兵は、手を止めた。


 そこに黄金色の髪の、背の高い男が立っている。


 ドラドの長、ダーナム。碧色の、蛇のような目をした男だ。青い布を頭に巻き、朱に染めた木製の珠を三重にして首からさげている。


「勇ましことですな。蒼き血の姫君」


 芝居がかった動作で、ダーナムはミンネに礼をした。


「ごきげんよう。気高きオオカミの末裔殿。見張りの無礼は水に流しましょう。父に用がある。中に入れていただきたい」

「ちょうどいい。どうぞ、お入りください」 


 ダーナムに恭しく招かれて、ミンネは中に入った。中には、ドラドの他にノープとキジュの長がそれぞれ円座に座っていた。奥にはオラーテの姿がある。


「騒々しいぞ。ミンネ」


 オラーテがミンネをたしなめた。声が弱い。呼吸も苦しそうだ。まだ身体は回復していないのだろう。ミンネは「申し訳ありません」と頭を下げた。


 北部には、五つの村がある。最も規模が大きいのが北のトトリで、次ぐのが西のドラドだ。長の序列は、領土の広さで決まる。このため長たちは、トトリ、ドラド、ノープ、キジュ、の順で座についている。その末席に、ミンネは座った。


「では、そろそろ本題に入りましょう」


 ダーナムは、切れ長の目をスッと細め、あごひげを撫でた。座こそ二番手だが、この場を取り仕切っているのは彼のようだ。


 オラーテは重い息を吐いて「承ろう」と言った。


「この災厄の元凶は、ひとりの愚かな男だ。名はエンジュ。彼の行いによって、今蒼の国は危機に瀕している」


 まず耳を疑った。そして直後に憤怒した。身体の血が、沸騰しそうだ。


(よくもぬけぬけと!)


 キッとにらむミンネの視線に気づいていながら、ダーナムは涼しい顔で目をそらし、さらに続けた。


「このままの気候が続けば、稲は立ち枯れる。炎竜の怒りが解かぬ限り、冬には多くの者が飢えて死ぬだろう。たったひとりの、愚かな男のせいでだ!」


 違う! と叫びたかったが、ミンネはこらえた。上座に座る父より先に口は出せない。


「我々の要求はふたつある。ひとつは、この危機の責任を取って、トトリが領土を割譲すること。――楠の森を、半分もらう」

「ノープは、楠の森の湖から北をもらう」

「リュキ村は、南西の丘から南をもらおう」


 列席していた長たちも、ダーナムのあとにすぐ様続けた。


 彼らは、トトリから楠の森を奪うために来たのだ。


 オラーテは苦い顔で「バカな」とうめいた。

 当然だ。トトリの森は、多くの実りを齎す。特に、最も広く豊かな楠の森奪われてしまえば、村は不作を乗り切ることができなくなってしまう。


(これが狙いか!)


 すべてはトトリから領土を奪うための、卑劣な作戦だったのだ、とミンネは理解した。怒りのあまり、我を失いそうになる。



 

 

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