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蒼の勇者と赤ランドセルの魔女  作者: 喜咲冬子
第一章 蒼の国の少女
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3.残された謎



 翌朝、日は上ったが、厚い雲は変わらず空をおおっていた。


 領土の南端にある物見台からの報告では、南の山は、いつもの倍は太い煙を吐いているという。

 一体、この炎竜の怒りはいつまで続くのか。

 人々は震えあがり、外に出ることさえ恐れる有様である。


 ミンネは人気のない村の大通りを抜け、パチュイと共に村の門を出た。


 エンジュの身になにが起きたのかを、この目でどうしてもたしかめたかった。

 二人とも、狩りの時に着る黒の着物と袴を身に着けている。


「昨日と、同じ道を通ってほしい」


 パチュイの馬が先導し、北西から楠の森に入った。


 多くの恵みをもたらす豊かな森だ。

 しかし今日の森は、鳥の声さえかすかにしか聞こえない。

 獣や鳥にまで炎竜の怒りが伝わっているかのようだ。


「夜明けに村を出て、このあたりで一頭目のシカをしとめた。二頭目を追ったのは、もっと西だ」

「正確な場所を知りたい」

「こっちだ。楠の森の北西から、丘をぐるりと囲んで、二頭目のシカを狩った」


 パチュイの記憶は、実に正確だった。

 一頭目のシカをしとめた場所から、沢で休憩をしたことも再現し、迷うことなく二頭目をしとめた場所までミンネを案内した。


「シカの首を落としたのは、ここだ。血のあとも残っている」


 ゆるやかな坂の途中でパチュイが示した場所に、乾いた血だまりが残っている。

 その日の獲物のうち最も大きい一頭の首を切り落とし、神に捧げるのはトトリの狩の伝統だ。

 パチュイは馬を下り、血だまりの前に立った。


「ここでシカの首を埋め、足を縄でくくっていた。その時に、義兄上が『子供の泣き声がする』と言いだしたのだ。俺たちは、気のせいだろう、と答えた」


 ミンネは馬に乗ったまま、あたりの音に耳を澄ます。


 風に葉の揺れる音が聞こえる他は、遠い鳥の鳴き声しか聞こえない。


 エンジュは耳がよかった。

 蒼の血を持つ者には、しばしば常人よりも優れた能力が宿るものだ。

 だから、エンジュが他の誰もが聞こえぬ声を聞いたとしても、不思議はない。


「しかし、こんな場所で子供の声がするとも思えないな」

「あぁ。その通りだ。楠の森は広い。東と北のはじに集落はあるが、子供の足では二日かかる。ひとりでさまよっているとも思えない。俺はそう言ったが、エンジュは『ドラドの子供かもしれない。すぐに戻る』と言って、様子を見に行った。ひとりで行動した、といってもエンジュのことだ。その時は誰も心配などしなかった」


 北部一、いや、蒼の国で一番の勇者が、狩りの一行から短い時間離れたところで、問題とは言えない。

 もしその場にミンネがいても、同じように思っただろう。


「シカを縄でくくり終えた後も、義兄上は戻ってこなかった。俺は、仲間のうち三人を獲物と共に村へ帰し、応援を呼ぶよう頼んだ。ザリと俺は、一緒に辺りを探し回った」


 パチュイは、まだ当日の様子を再現するべく、馬に飛び乗って駆けだした。

 ミンネもそのあとをついていく。


 薄暗い森には、木漏れ日もささない。

 夏のはじめだというのに、肌寒いくらいだ。


 このまま、炎竜が島を巡るのをやめれば、季節も巡るのをやめてしまう。


 伝承によれば、かつて青の国の北部に夏はなく、南部に冬はなかったという。

 今、丈をぐんぐんと伸ばして育つ稲が、陽の光を十分浴びず、寒い夏をこせば、凶作はまぬがれない。


 ――冬にどれだけ人が飢えることだろう。

 ミンネの背に悪寒が走る。


 先を走るパチュイが「西の草原だ」と言った。

 一拍遅れて、ミンネの視界がパッと広がる。


 西の草原。

 山に囲まれた盆地に広がる草原だ。

 トトリ村にとっては、領土の西の外れにあたる。

 草原の中央を走る細く浅い川が、ドラドとの村境だ。


「俺はこの場所で、火竜の子を見た。大きなウシが、伏しているように見えた」


 火竜の子は空を飛ばない。地を移動している。

 地というのは、地上と地下の両方をさす。

 人の目に触れるのは、地から湧くように出てきて、再びもぐるまでの間だけだ。


 形はウシのようでもあり、クマのようでもある。

 顔はトカゲにも似ていた。大きさはクマ三頭分。重さはクマ五頭分とも、海を泳ぐクジラのようともいわれる。

 真っ赤な巨体は森の守り神として崇められてきた。


「矢が幾本もささっていて、ぴくりとも動かなかった。ザリは震えていた。俺も、震えていたかもしれない。それほど、恐ろしかった」

「見えたのは、火竜の子だけか?」

「夏の草は背が高い。ここからは、火竜の子の背の他は、黄色い穂かざりのついた槍と、緑の頭布が見えただけだ。数は三十を超えていた」


 槍の黄色い穂かざりと、緑の頭布と着物は、狩りをするドラドの男たちの目印だ。


 ミンネはその時の光景を想像した。

 ぶるりと震えが走る。

 揺れる黄色い穂かざり。屈強なドラドの男が三十人。

 その場から逃げ出したいほど恐ろしい。


「なにか、恐ろしいことが起きている、と思った。俺たちは急いで火竜の子の伏している場所へと駆けつけた」


 パチュイは馬の腹を蹴った。

 すぐにミンネも続く。


 途中で、パチュイは手綱を引いた。「どうした? パチュイ」あとを追っていたミンネも手綱を引く。

 そして「あ!」と声をあげた。


 草原の中に、円が描かれるように焼けあとがある。


 ぽっこりと小山のようになった、真新しい塚を中心に、家一つほどの面積が焼かれていた。

 異常なほどに美しい円の境目は、トトリの祭壇の焼けあとを思い出させた。

 

「この塚は、村の兵が作ったものだな?」

「あぁ。そうだ。火竜の子を弔った塚だ。……これは、火竜のしわざだな。人の手では、これほど正確に円を描けないだろう」


 パチュイは馬に乗ったまま、ぐるりと焼けあとの周りをまわった。

 円の外の草花は無傷なのに、円の中は真っ黒な炭と化している。


 ミンネは馬から下りた。

 この焼けあとを見られただけでも、来たかいがあったというものだ。

 火竜はここに――火竜の子と、エンジュの命が尽きた地にも訪れていた。


 さらに注意深く、地面の様子を観察する。

 村で頭を抱えているだけでは、知りようのないことが、この現場にはある。


(必ず、謎を明かしてやる)


 身体をかがめ、手で草に触れながら、まずは焼けあとの周りをぐるりと回った。


 ピョン、とバッタが手の上を飛び越えていく。


 ミンネの足が、ある場所で止まった。

 一帯のあちこちで草は踏みつぶされていたが、一際凹んだ場所がある。

 雨でも降れば、水たまりができるほどのくぼみだ。


「パチュイ、火竜の子が倒れていたのは、ここか?」


 背の矢筒から一本矢を抜き取り、ミンネはくぼみをさした。


「あぁ、そこのくぼみだ。火竜の子はひどく重いからな」


 くぼみは塚の方まで続いていた。

 トトリ村の兵が、火竜の子を埋葬した時についたあとだろう。


「兄上は――」

「そこだ。義兄上は、火竜のすぐ横に、うつ伏せになって倒れていた。俺が駆けつけたときには、もう……」


 ぐっと呼吸が苦しくなった。

 目をそらしたくなる。けれどミンネは自分の心をはげまし、観察を続けた。


 霧の向こうに隠れた兄の姿を、たしかめておきたい。


 しかし、ミンネはエンジュの倒れていたあとをみつけることができなかった。

 人の身体の重さ程度では、人が歩いたあとと区別がつかないようだ。


「ドラドの男たちの言葉を、できるだけ正確に教えてほしい」

「『エンジュが、突然楠の森から駆け出し、火竜の子を射殺し、首をかき切った。火竜は怒り、エンジュを焼いて殺した。当然の報いだ』」


 パチュイの記憶力はたしかだ。

 きっと、一字一句まで正確に違いない。

 ――エンジュが、楠の森から駆けだした。

 ――火竜の子を射殺し、首をかき切った。

 ドラドの男たちが証言したことを頭に描く。


(おかしい)


 昨日パチュイが、兄の遺体を運んで帰った時にした説明とは違っている。

 ミンネは顔を上げて、馬上のパチュイを見た。


「パチュイ。待ってくれ。子供の件はどうなった? 兄上は、泣き声を聞いて、子供を探していたはずだ」


 パチュイは、ミンネから目をそらす。

 曲がったことの嫌いな真面目な青年だ。隠し事をすれば顔に出る。




 

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