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蒼の勇者と赤ランドセルの魔女  作者: 喜咲冬子
第五章 勇者ミンネ
29/30

5.ハッピーエンド




 

 祭りが続いている。


 ゆらゆらと松明があちこちでゆらめき、笛や太鼓の音が遠く聞こえる。


 夕暮れが近い。

 ミンネはひとり、祭壇に向かった。


 先客がある。

 もうミンネはその姿には驚かない。村を見下ろす青年の横に立った。


『美しいな』 


 赤い髪の青年の言葉は、やはりミンネの口から聞こえてくる。

 こちらにはまだ慣れない。


「もう、会えぬかと思った」

『礼と、別れを言いに来た』


「どこぞに行くのか?」

『しばらく眠る。本当は、あのまま嘆きに任せて眠るつもりだったが、そなたに救われた。イシュテムの娘よ。心から礼を言う』


 静かな瞳だ。

 緑色から、淡い桃色に、瞳の色が変わる。


「あなたが巡らねば、季節が消えると聞いている」

『季節を司るのは土竜たちだ。同胞を殺され、嘆きのあまり土中にこもっていたが、私が仇を討ったことで、再び彼らは巡り始めた。いや、そなたの弔いの花が、心をなぐさめたのかもしれない。これからも変わらず、彼らは島を守るだろう。私が眠ったところでなにも変わらない』


「……そうか。伝説というのは、適当なものだな」


 火竜の子は、火竜の子供ではなかったし、季節を巡らせていたのも、土竜であったという。魔女の伝説だけは真実だったが。


 ミンネは小さく肩をすくめた。


『百年ほど眠る。次に目覚めた時に、あなたはもういないだろう』

「あなたの眠りが穏やかであることを祈っている。虹色の目の竜よ」


 にこりと青年は頬を持ち上げた。


『よい言祝ぎだ』

「きっと、トトリは豊かになっている」


『目覚めたら、その宝玉を持つ者を探そう。そなたの孫か。ひ孫か。イシュテムの子が治める、美しいトトリを見せてくれ』


 青年が近づいて、ミンネの額の宝玉に触れた。

 額がほんのりと暖かくなる。


「きっと。約束する」


 青年の姿はかききえ、上を見上げれば火竜がいる。


『美しい祭りだ。途絶えず続くことを祈っている。人と竜とが穏やかに生きることのできる国となるよう』


 笛や太鼓の音が大きくなる。


 丘の下を見れば、人々が火竜に向かって手を合わせ頭を下げていた。


 火竜は身体をうねらせて、空へと飛びあがった。


 フィユとパチュイが階段をのぼってくる。


「ミンネ!」

「今、火竜が……」


 不安げな二人に、ミンネは笑顔で「あいさつにきただけだ。心配ない」と答えた。


 フィユは「よかった」と安堵の吐息をもらす。

 姉と声をそろえるパチュイは、険しい山越えのせいか、ずいぶんとやせた。それでも表情は明るい。


 フィユは「祭りを終えた村から順に、長たちがトトリに向かってきているわ。長たちを迎える準備をしなくては」と笑顔で言った。


 パチュイは「ドラドからも新しい長が出席するそうだ。今度の長は、話がわかる男だと聞いている。エンジュの件も、死んだ前の長の独断であったと謝罪を申し出てきた」と感慨深げに言った。


 竜の嘆きは去った。

 ドラドの野望もくじかれた。


 だが、まだまだ、これからやるべきことは残っている。

 蒼の国がふたたび秩序を取り戻すためには、越えねばならない壁が多くある。


 だが、きっと大丈夫だ。

 ひとつひとつ、乗り越えていけばいい。

 いつか目覚めた火竜は穏やかな蒼の国の様子に、あの虹色の目を細めることだろう。


 穏やかな国を、自分たちの手で作っていくのだ。


 空は高く澄み、風は爽やかだ。

 遠くの空に火竜の姿が見えた。美しい鱗が輝いている。


 なんと美しい光景だろう。


 ミンネはこの光景を忘れるまいと思った。いつか生まれる兄の子に。いつになるか見当もつかないが、自分の子に。そして孫に。

 美しい火竜が守るこの美しい土地を継がせたい。


 物語の終わりが、幸せなものであることを、魔女はハッピーエンドと呼ぶそうだ。


「なるほど。ハッピーエンドだ」


 今のミンネは、この美しい世界が、火竜がいつか目覚める日まで続くことを信じられる。いや、美しいままに、自分たちがしていくのだ。


 人々は蒼き血の力を再び取り戻したミンネの物語を語る時、ハッピーエンドだと思うだろう。


 火竜との絆を取り戻した蒼き血の勇者は、幸せに暮らしました。と。


 そして――あの賢い小さな魔女の物語も。

 彼女の努力によって、幸せに締めくくられることだろう。


「ハピ……? なんの話だ? ミンネ」

「こちらの話だ。さぁ、行こう。やるべきことは多い」


 フィユとパチュイとがうなずく。


 ミンネは丘を下りていった。

 胸を張り、堂々と。


 蒼の国を統べる、青き血の女神イシュテムの娘として。






 

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