5.ハッピーエンド
祭りが続いている。
ゆらゆらと松明があちこちでゆらめき、笛や太鼓の音が遠く聞こえる。
夕暮れが近い。
ミンネはひとり、祭壇に向かった。
先客がある。
もうミンネはその姿には驚かない。村を見下ろす青年の横に立った。
『美しいな』
赤い髪の青年の言葉は、やはりミンネの口から聞こえてくる。
こちらにはまだ慣れない。
「もう、会えぬかと思った」
『礼と、別れを言いに来た』
「どこぞに行くのか?」
『しばらく眠る。本当は、あのまま嘆きに任せて眠るつもりだったが、そなたに救われた。イシュテムの娘よ。心から礼を言う』
静かな瞳だ。
緑色から、淡い桃色に、瞳の色が変わる。
「あなたが巡らねば、季節が消えると聞いている」
『季節を司るのは土竜たちだ。同胞を殺され、嘆きのあまり土中にこもっていたが、私が仇を討ったことで、再び彼らは巡り始めた。いや、そなたの弔いの花が、心をなぐさめたのかもしれない。これからも変わらず、彼らは島を守るだろう。私が眠ったところでなにも変わらない』
「……そうか。伝説というのは、適当なものだな」
火竜の子は、火竜の子供ではなかったし、季節を巡らせていたのも、土竜であったという。魔女の伝説だけは真実だったが。
ミンネは小さく肩をすくめた。
『百年ほど眠る。次に目覚めた時に、あなたはもういないだろう』
「あなたの眠りが穏やかであることを祈っている。虹色の目の竜よ」
にこりと青年は頬を持ち上げた。
『よい言祝ぎだ』
「きっと、トトリは豊かになっている」
『目覚めたら、その宝玉を持つ者を探そう。そなたの孫か。ひ孫か。イシュテムの子が治める、美しいトトリを見せてくれ』
青年が近づいて、ミンネの額の宝玉に触れた。
額がほんのりと暖かくなる。
「きっと。約束する」
青年の姿はかききえ、上を見上げれば火竜がいる。
『美しい祭りだ。途絶えず続くことを祈っている。人と竜とが穏やかに生きることのできる国となるよう』
笛や太鼓の音が大きくなる。
丘の下を見れば、人々が火竜に向かって手を合わせ頭を下げていた。
火竜は身体をうねらせて、空へと飛びあがった。
フィユとパチュイが階段をのぼってくる。
「ミンネ!」
「今、火竜が……」
不安げな二人に、ミンネは笑顔で「あいさつにきただけだ。心配ない」と答えた。
フィユは「よかった」と安堵の吐息をもらす。
姉と声をそろえるパチュイは、険しい山越えのせいか、ずいぶんとやせた。それでも表情は明るい。
フィユは「祭りを終えた村から順に、長たちがトトリに向かってきているわ。長たちを迎える準備をしなくては」と笑顔で言った。
パチュイは「ドラドからも新しい長が出席するそうだ。今度の長は、話がわかる男だと聞いている。エンジュの件も、死んだ前の長の独断であったと謝罪を申し出てきた」と感慨深げに言った。
竜の嘆きは去った。
ドラドの野望もくじかれた。
だが、まだまだ、これからやるべきことは残っている。
蒼の国がふたたび秩序を取り戻すためには、越えねばならない壁が多くある。
だが、きっと大丈夫だ。
ひとつひとつ、乗り越えていけばいい。
いつか目覚めた火竜は穏やかな蒼の国の様子に、あの虹色の目を細めることだろう。
穏やかな国を、自分たちの手で作っていくのだ。
空は高く澄み、風は爽やかだ。
遠くの空に火竜の姿が見えた。美しい鱗が輝いている。
なんと美しい光景だろう。
ミンネはこの光景を忘れるまいと思った。いつか生まれる兄の子に。いつになるか見当もつかないが、自分の子に。そして孫に。
美しい火竜が守るこの美しい土地を継がせたい。
物語の終わりが、幸せなものであることを、魔女はハッピーエンドと呼ぶそうだ。
「なるほど。ハッピーエンドだ」
今のミンネは、この美しい世界が、火竜がいつか目覚める日まで続くことを信じられる。いや、美しいままに、自分たちがしていくのだ。
人々は蒼き血の力を再び取り戻したミンネの物語を語る時、ハッピーエンドだと思うだろう。
火竜との絆を取り戻した蒼き血の勇者は、幸せに暮らしました。と。
そして――あの賢い小さな魔女の物語も。
彼女の努力によって、幸せに締めくくられることだろう。
「ハピ……? なんの話だ? ミンネ」
「こちらの話だ。さぁ、行こう。やるべきことは多い」
フィユとパチュイとがうなずく。
ミンネは丘を下りていった。
胸を張り、堂々と。
蒼の国を統べる、青き血の女神イシュテムの娘として。




