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蒼の勇者と赤ランドセルの魔女  作者: 喜咲冬子
第三章 魔女の町
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4.作戦会議




「それ飲んだら、上で休む? 本もあるし、DVDもあるよ。リノが帰るの、夜になるし」


 店に客がいなくなったのを機に、達郎が階段の上を指さした。


 二階に部屋があり、そこで待つようリノは言っていた。「お願いします」とミンネは達郎に頼んだ。


 階段の上には、いくつか部屋があった。

 奥の部屋に達郎はミンネを案内した。


「ここ、リノが泊りに来るときに使ってる部屋。好きに使っていいよ。そこに本もたくさんあるし。あとは……テレビ、使い方、わかる?」


 テレビ、といって指さしたものが、そもそもなんなのかがわからない。

 ミンネは「まったくわかりません」と答えた。


「えぇとね、ここをこうして……」


 赤い『ボタン』が『電源オン』。『チャンネル』はここで変えて……とわかるようなわからないような説明を、ミンネは首を傾げつつ聞いた。


 カランカラン、と下で扉が鳴る。


「ごめん、お客さん来たから、戻るね。わかんなかったら遠慮なく呼んで」


 達郎は階段を急いで下りていった。

 言われた通り、箱に向かって『電源オン』。パッとは箱が明るくなる。


『本日お勧めいたしますのは、こちら! 高級羽毛布団!』

『わー! ふわっふわ! それにとっっても軽いです!』


 箱の向こうに人がいる。そして、喋っている。


『今ならなんと! ふとんカバーがセットで、お値段変わらず!』

『えー! 変わらないんですかー?』


 おそるおそる、箱の裏をのぞく。箱というより、薄い板だ。到底人が入れるはずがない。


『しかも! 今から三十分以内のお電話で、夏場にしまえる収納袋もプレゼント!』

『これは便利!』


(どうなっているのだ?)


 まったくわからない。

 魔女の街の文明は、人の子の理解を超える。


 もう一度『電源オン』を押すと、画面から人は消えた。


 どっと疲れた。

 もうテレビはあきらめ、別のものをさがす。


 この紙を綴じたものを、達郎は本、と呼んでいた。ずっしりと重い。卓の上に置いて開いてみるが、字が読めないので、なにが書いてあるかさっぱりわからない。


 いくつか開くうち、絵が描いてあるものを見つけた。

 様々な魚。植物。それぞれに説明がされているようだ。おそらく種類によって分けられているのだろう。実にわかりやすくまとめられている。


 ミンネは夢中になって本を読んだ。


 時折、カランカランと客の出入りする音が聞こえていた。


 少し日がかげった頃、またカランカラン、と音が鳴った。


「ただいまー」


 客ではなく、リノが塾から帰ってきたようだ。

 ミンネは本をしまって、部屋を出た。


「お帰り、リノ。お疲れさま。ミンネちゃん、上にいるよ」

「ね、パパ。今日泊まってもいい? ママにはこれから聞いてくる。明日のお弁当も頼んでいい? ミンネの分も」


「僕は構わないけど、ご両親と連絡とれたの?」

「うん。飛行機はちゃんと飛んだって。明後日にはちゃんと親御さん来るから。ほんとに困ってるの。助けてあげて」


「わかった。明後日までね。上でよければ使っていいよ」


 ミンネが階段を下りている途中で、リノがこちらに気づいた。


「ミンネ、大丈夫だった?」

「おかえり。オダサンにはよくしてもらった。ご厚意に感謝している」


 ミンネが達郎に向かって頭を下げると、達郎はにこにこ笑って「どういたしまして」と言った。


「ね、ミンネ。ちょっと出れる? 一回、家に戻りたいから。行こう」


 リノはおいてあった杯に入った水をぐいっと飲むと、すぐに扉に向かった。


 カランカラン

 店から出た途端、ミンネは手をつかまれた。


「そっちじゃない。こっち」

「きた時は、この道を通ってきたぞ」


 リノの家を出て、近道だ、という神社の横を通り、ポカポカ商店街を通ってきた。

 北からきたのだから、南へ戻るのはおかしい。


 しかしリノは、ちょっと困り顔で首を横にふった。


「夜になったら神社には近づいちゃダメなの」

「オオカミでも出るのか? こんな人里の近くで」


「そうじゃないよ。日本のオオカミなんて、とっくに絶滅してる。オオカミよりも、悪いヤツが出てくるの」


 リノはきた時とは逆方向に歩き出した。遠回りでも、危険を避ける道を通るようだ。


「店の二階、なにもないけど、つまんなくなかった?」

「いや、いろいろと参考になった。トトリは、親を失った子や、親と異なる道を選ぼうとする子、怪我や病でこれまでと同じ仕事ができなくなった者たちに、土器や織物を作る技術を授けている。情報を伝えるのにはどこも苦労をしているが、ああした図説があれば、口で伝えるよりも、効率的にできるのではないだろうか」


「図鑑読んでたんだ。……っていうか、ミンネって日本語って読めるの?」

「魔女の字はまったく読めん。だが、絵の説明を文字でしているのはわかる。あれは図鑑、というのだな」


「うん。図鑑。……こんなにきちんと日本語しゃべってるように聞こえるのにね」


 商店街を抜け、住宅街を歩く。川の上を渡る橋を越え、さらにもう一度別の橋を渡った。たしかに、遠回りである。


 リノは家の前までくると「ちょっと待ってて」と言って、庭の端にある納屋のような場所を指さした。

 隠れていろ、という意味だろう。

 ミンネは素早く納屋の横に身を隠した。

 リノは「うわ。忍者みたい」と感想を言っていた。


 ピンポーン


 呼び鈴が鳴り、中からトントンと足音がする。


 カチャ、と音がした途端、ドキリと胸が鳴った。

 納屋のかげにいるので、姿は見えない。

 だが、そこに、リノよりも強い魔女がいると思えば、ひどく緊張した。


「おかえり、リノ。おつかれさま」

「ただいま。あのね、ママ、お願いがあるの……」


 パタン、と扉がしまり、中の会話は聞こえなくなった。


 様子はわからないが、リノのことだ。うまくママと交渉をすることだろう。


 しばらくして、扉が開いた。

 リノはパタパタと走って、納屋にいたミンネの横に並んだ。


「お待たせ。あー緊張した!」

「母親と話すのに、それほど緊張するのか?」


 ミンネも緊張はしていたが、それは強大な魔女の存在を感じていたからだ。実の娘まで緊張するとはどういうことだろう。


「うちは、ママが圧倒的に強いの。今はパパとママはケンカ中で、パパは家から閉め出さてるわけ。私は絶対にママ派だから、パパのとこに行くのは気まずいの。わかんないかもしれないけど」


 わかるといえばわかるし、わからないといえばわからない。

 ミンネにわかるのは、リノが両親の板ばさみになって、気をつかっている、ということだけだ。

 ここは下手なことを言わないほうが親切というものだろう。


「それで、話はうまくついたのか?」

「うん。明日はポカポカ商店街のお祭りなんだ。パパの店も露店出すから、手伝いに行きたいって言ったの。友達とも約束したって言ったし、ばっちり」


 リノは手に持っていた荷物を「よいしょ」とかけ声とともに背負った。荷はずっしりと重そうだ。


「店に戻ろう。ご飯終わったら作戦会議ね」

「あぁ。――その荷物、重そうだな。持ってやろう」


 リノの方に手を伸ばすと、リノは「平気」と答えた。


「しおれたヤギのようだ」

「もうちょっと言い方なんとかなんないの?」


 口をとがらすリノから、ひょい、と背の荷を奪う。そう重くはなかった。


「わぉ。腕力ゴリラ」

「……あなたが私をほめていないことはわかる」


「腕力すごいね、って言っただけ。さっきのミンネが、荷物重そうだねって言ったのと一緒」


 そうか、と簡単にミンネは返事をした。


 あたりに灯りがともっている。

 高い場所から道を照らす外灯は明るく、松明がなくとも足元が危うくならない。


 また、橋を二度渡り、ポカポカ商店街に向かう。悪いヤツがいる、という神社のある丘の方を見たが、この場所からは夕暮れの中に沈んでいくのが見えるばかりだった。


 二人はぽつぽつと会話をしながら、『タツロー』へと戻った。





 『タツロー』に戻り、達郎が作ってくれた夕食を食べ、風呂に入った。風呂は大きなたらいに湯を張って使うもので、リノは入る前に丁寧に使い方を教えてくれた。


 床に二つ並んだ布団に入り、横になろうとしていると、リノは小さな卓を自分たちの布団の間に持ってきた。


「さ、作戦会議。ささっとしちゃうよ。私、宿題あるし」


 リノは、机の上に紙を何枚か置いた。


 ミンネはごろりと布団に横になって、投げやりに「なんの作戦だ?」と眉を寄せた。


 結局のところ、魔女から宝玉を授かることはできなかった。


 自分は失敗したのだ。帰る手段さえ、わかっていない。


「戻ったところで死ぬだけだ。作戦など必要ない」

「あきらめないでよ! 絶対、なんとかなるから」


 しかし、リノはここにきて熱意を見せはじめた。


 塾がある。

 忙しい。

 魔女じゃない。

 わかんない。


 ここまで逃げに逃げてきたというのに。

 どういう風の吹き回しだろうか。


 ミンネは片眉だけを上げ、ひじまくらでリノの方を見た。


「なんともならない。魔女の証が、最後の頼みの綱だったのだ。希望は断たれた。今できることと言えば、帰る手段を見つることだけだ。もし、南部の長に連絡がいき、ダーナムの暴挙を止められたとしても、そう遠くない未来に、竜の呪いで島は滅びるだろう」


 淡々と説明をして、ミンネは枕に頭を投げ出した。


「私だって、力になれるならなりたかったよ。どうぞ、これが宝玉です、って渡せたらどんなによかったかと思う。でも、ほんとにわかんないの」

「……あなたを責めているわけではない」


 リノは、はぁ、とため息をついた。



 

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