表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼の勇者と赤ランドセルの魔女  作者: 喜咲冬子
第三章 魔女の町
14/30

2.オダサン



「……ごめん」


 リノは、小さな声で言った。

 ミンネはうつむいたまま「あなたが謝る必要はない」と伝える。


「私も、ミンネの力になりたいとは思うんだ。ちょっとは責任感じてるし。いや、関係ないっていえば関係ないけど、まったくないかっていうとそうは言い切れないし」


 子供に気を遣わせてしまった。

 うなだれていたミンネは、頭を上げる。

 少しは微笑もうと思ったが、顔が動かない。泣き笑いのような顔になった。


「引き留めてすまない。……私に構わず、ジュクに行ってくれ」

「これからどうする気? ミンネは蒼の国に戻るの?」


 戻る? ミンネはふと、現在の自分の置かれた状況について考えた。


 まず、きょろきょろと、あたりを見る。

 天井を見上げても、なにもない。


 ここは蒼の国ではない場所だ。

 どうやって帰ればいいのだろう。徒歩で? 馬で? 


「……わからん」


 どうやって臼山に帰ればいいか、まったく見当がつかない。


 そもそも、ここはどこなのか。


 たとえ宝玉を手に入れられずとも、明日の昼には臼山の麓にいなければならない。フィユが殺されてしまう。


「マジで」

「帰る手段を探さねば」


「えぇ? 待って、家にママいるし、ここに置いておけないよ。私がいない間……うーん、どうしたらいいかな。とりあえず……うーん……どうしよう。ちょっと待ってて。そっから動かないでよ?」


 リノは部屋を出ていった。



 

 ミンネは言われた通り、その場から動かずにいる。


 どうすれば、蒼の国に戻ることができるのか。やはり、あの扉を探すべきだろう。臼山で、リノは言っていた。いつも扉が見つからず苦労するのだ、と。


「お待たせ」


 リノが戻ってきて、服らしきものを寝台の上に置いた。


「私の服じゃ全然入りそうにないし、ママの服はママの部屋にあるし。他になかったの。うちのパパ、あんまり大きくないから、ちょうどいいかと思って。あぁ、パパっていうのは、私の父親のことね」


 寝台の上に広げられた服は、リノが着ているものと似ている。

 白い服に、青い服。白いのは上衣で、下は袴の類のようだ。


「これを、着ろと言ってるのか?」

「そう。日本、っていうか札幌っていうか、とにかく、この辺……あぁ、もう、いいよ、魔女の街で。魔女の街では、こういう格好してないと浮くの」


「浮く……?」

「いや、いや、浮きません。絶対悪目立ちするから、魔女のフリをしてもらいたいって言ってるわけ。いい?」


「なるほど、理解した」


 着替え終わったら教えて、と言ってリノは椅子に座って背を向けた。


 ミンネは、魔女の装束に袖を通す。手首も出てしまうし、足首も出てしまう。

 腰周りは、布が余る。この服の持ち主は、ミンネよりも手足が短く、少し太っているようだ。


 着た、とミンネが合図すると、後ろを向いていたリノがくるりと振り向く。


「これで、合っているか?」

「うわ。ズボン、アンクル丈になってるし。シャツも七分なんだけど。……モデルみたい」


 リノは呪文のような感想を述べていたが、着方は間違っていないようだ。


 来て、と言って、リノはミンネの手を引いて部屋を出る。部屋の外は細い廊下になっていた。

 館と同じように、敵をいっきに踏み込ませないための工夫がされているのだろう。


「見事な建築技術だな」

「静かにして。ママに気づかれる」


 シッとリノは人差し指を唇にあてた。

 視線を廊下のつきあたりに送ったので、そこが『ママ』のいる部屋なのだろう。


 足音を殺して階段を下り、食堂のような場所に入る。

 鍋も置いてあるので、厨と食堂を兼ねた場所のようである。


「ママ殿は、ご多忙なのだな」

「作家なの。〆切三日前だから、睡眠時間ひっどいことになってる。邪魔したくない」


 〆切、とは年貢を納める〆切だろうか。


「魔女の暮らしも、楽ではないようだな」

「まぁ、それなりに過酷だよ」


 リノは、四角い大きな箱を開け、中から透明な筒を取り出した。

 魔女の厨だけあって、不思議なものだらけだ。


「麦茶、飲む?」

「いただこう」


 透明な杯に盛られた茶を飲む。喉を通る水は、驚くほど冷たかった。


「冷たい……!」

「『さすが魔女だ』はナシね」


 ミンネは、言いかけた言葉をのみ込んだ。


 リノは、自分も麦茶をごくごくと喉を鳴らして飲んでから、あたりをウロウロしだした。


「ママが仕事忙しい時は、友達を家に入れないってルールだから、ここにはミンネを置いていけない。でも、私は塾に行かなくちゃ」

「ママ殿の邪魔にをするのは、私も気がとがめる」


「うん。とにかく、ママの邪魔だけはしちゃダメ。なんていうかな……ものすごく恐ろしいことになりかねないから」

「ママ殿も、魔女なのだろう?」


「あーうん、そう。すごーく、すごい魔女。えーと、ほら、火竜と同じで、世界の未来を左右しちゃう系の、強い魔女なわけ。だから、邪魔だけはしちゃダメ。ママの邪魔をしないことが、蒼の国の平和に一番重要なことだと思う」

「心得た」


 ミンネはうなずき、杯の麦茶を飲みほした。


「だから、ちょっとの間、別な場所にいてもらいたいの。いい?」

「わかった。私も帰る手段を探しておく」


「よし。じゃ、行こう」


 厨房から出て、リノは注意深く二階の様子うかがってから、そっと足音をたてないように廊下を歩く。


 玄関には靴が置いてある。

 リノは靴のかわりに、サンダル、という単純なつくりの靴をミンネに勧めた。なかなかに快適な履き物だ。


 扉が開く。――明るい。


 太陽に、青い空。白い雲。さわやかな風。


 懐かしさと慕わしさに、涙が出そうになる。


「ちょっと急いでもらえる?」


 感慨に足を止めるミンネを、リノは少し速足になってせかす。


 ミンネは歩幅を少し大きくしただけで、うしろを悠々とついていった。

 リノはひどく重そうな荷を背負っているせいか、歩くのが遅い。


 あたりは住宅街のようで、どこの庭にも美しい花が咲いている。

 家屋は、なんの素材でできているのか、まったくわからないものばかりだ。


「私が塾の間、パパのとこにいて。パパは喫茶店で働いてるの。二階に部屋があるから、そこにいてほしい。塾が終わったら、すぐに迎えにいくから。あぁ、もう、時間ない。走るよ!」


 リノが走りだし、ミンネも続いた。

 近道だ、というので、丘の坂道をのぼる。ゆるやかな坂の上には社があった。


「これは、魔女の長の住まいか?」

「神社。カミサマが住んでるとこ。それが出入り口。鳥居」


 リノがトリイ、と言って指さしたのは、柱が縦に二本、横に二本で作られた赤い門のようなものだ。鳥居をくぐり、細い階段を下りていく。


「あんまり、余計なこと喋らないでね? 蒼の国とか、トトリ村とか、絶対ダメ。パパには、根掘り葉掘りミンネにあれこれ聞かないように、釘さしておくから」

「釘を……?」


 魔女の儀式か、と思ったが、どうやら違うらしい。

 リノは振り向いて、鼻にシワを作ってみせた。


「だから、それ、比喩。たとえ話。そういう、おっかないことしないから。魔女もフツーの人だってば」

「わかった。私は極力、口を聞かぬほうがよいのだな?」


「そういうこと。あと、パパ殿はなしね? 名前は達郎。織田さん、か、リノのお父さんって呼んで」

「オダサン、殿?」


「織田さん、で敬称も含んでるから。織田さん、だけでOK」

「オダサン、だな。わかった」


 丘の階段を下りて、店らしきものの並ぶ道を歩いていく。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ