精一杯ご奉仕させていただきますね
山の主に使った分の万能薬を新たに作ると、僕たちはケープサイドへと戻ってきた。
ライムの翼のおかげで帰りも一時間程度で戻ってこれた。
ニアがずいぶん驚いていたな。
なんでも、体の一部を変化させるスキルは、飛行スキルよりもさらにレアらしい。
ケープタウンの入り口前で、ニアが僕たちに向けてお辞儀をした。
「それじゃあ師匠、名残惜しいけどここでお別れです」
依頼人に薬を届けるため、このまますぐに王都に戻るのだという。
「本当はもっと師匠と一緒にいたいんですけど、病気で苦しんでる人がいるので、早く届けてあげたいんです」
「うん、そうしてあげて。僕とはいつでも会えるんだし」
「……はい。王都に来ることがあったら必ず連絡してください。街のどこにでも案内しますから」
「ありがとう。王都に行くことがあったらそうさせてもらうね」
「師匠は命の恩人ですから、このくらい当然です」
ニアの話だと、ヘルハウンドの群に襲われているところを僕に助けられたみたいなんだ。
その話で思い出したけど、確かにあのとき助けた女の子はニアに似ていた。
でもあれは僕がすごいんじゃない。
あれだけの数のヘルハウンド相手にも決してあきらめなかったニアがすごいんだ。
もしニアが少しでもあきらめていたら、僕が来たところでできることはなにもなかったはず。
僕にできるのは眠り薬を作ることだけ。
そんなのはレシピさえ知ってれば誰にもできることだ。
でも、強敵相手にもあきらめずに立ち向かうことは誰にでもできるものじゃない。
しかも襲われていた理由が、助けた町の人を逃がすために、あえて囮になったかららしいんだ。
「その勇気を持つニアのほうが、僕なんかよりも何倍もすごいよ」
「……ありがとうございます。今の言葉で救われた気がします。やっぱり師匠に会えてよかったです」
「そういってもらえるのはうれしいけど、僕はそんなに大した冒険者じゃないと思うよ。ニアを助けたのも、たまたま僕がそこにいたからだし……」
「いいえ、そんなことはありません。たとえ命の恩人ではなかったとしても、師匠は思っていたとおりの……いえ、思っていた以上にすごくて、ステキな人でした。会えて本当にうれしかったです」
「そ、そうなんだ……。ありがとう……」
そんなストレートにほめられると照れてしまう。
ライムの素直な好意には少しずつ慣れてきたつもりだけど、ニアのように冒険者として尊敬されてしまうのにはどうにもむずがゆいというか、なんというか……。
「……むぅ」
ライムが急に不満顔になる。
「カインさん。これ以上この人間の女と一緒にいるのはよくない気がするのでもう帰りましょう」
なぜか急かしてきたけど、その前にニアが遠慮がちに声をかけてきた。
「あの、師匠。もしよければ、最後にひとつだけわがままを聞いてもらってもいいですか」
「もちろん。ニアにはたくさんお世話になったからね。僕にできることならなんでもいって」
「はい、ありがとうございます。実は受け取ってほしいものがあるんですけど……」
そういって僕のすぐそばまで近寄ってきた。
「えっと、少しだけかがんでもらえますか」
「う、うん。こうかな」
目の前まで来ているせいで、かがむとニアの顔がすぐ目の前にまでくる体勢になった。
ニアだってかわいい女の子だ。
こんな近くだとやっぱり緊張してしまう。
「はい、ありがとうございます。では……」
ニアが上目遣いに見上げると、静かに目を閉じ、僕に向けてそっとつま先を伸ばした。
「……っ!」
「んな……っ!」
僕が驚き、ライムが絶句する。
柔らかな感触に頭が真っ白になる。
それはほんの数秒だったのか、それとも何十秒も経っていたのか。
しばらくしてニアがつま先を戻す。
その顔は真っ赤な笑みになっていた。
「えへへ……。私の初めて、師匠にあげちゃいました」
「な、な、な、なんですか今の!? なんだかわからないけどなんだか胸がすっごくモヤモヤします!」
ライムの声にも僕は答えることができない。
ただただ目の前の女の子を見つめることしかできなかった。
「私にはこれだけでも分不相応な頂き物ですけれど……。もしライム様に飽きたのなら私のところに来てください」
そういうニアは少女ような純粋な笑みでありながら、どこか大人びた表情を帯びていた。
「そのときは精一杯ご奉仕させていただきますね」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
カインとライム、そしてニアとの話はいかがだったでしょうか。
次回からは舞台を移して、新たなクエストのはじまり、そして女騎士さんが登場します。お楽しみいただければ幸いです。
まあその前にライムが、ニアとの行為について問い詰めるのですが笑
そして、アーススター様より発売されました書籍版はここまでの内容を改稿、修正したものとなります。R18相当として削除したシーンも再録されておりますので、興味のある方はご確認ください。
また、書籍版用に書き下ろした短編はこのシーンのあとの後日譚となっております。
カインとの出会いによって幸せになったライムは、あまりにも幸せすぎて逆に不安になってきたため、あることをはじめるのですが……。
それでは、WEB版も書籍版も、共々よろしくお願いします。




