今夜は猪鍋です
「心配しなくてもカインさんはこのわたしがお守りしますから、こんなやつの力なんか借りる必要ないですよ!」
山の主が僕のことを守ると約束してくれると、なぜかライムが対抗意識を燃やして割り込んできた。
主は鼻先をライムに向けて、フッと小馬鹿にするような吐息を漏らした。
『覚えのない匂いだと思えば、単細胞族か。貴様等は逃げるしか能がないのだろう? さっさと洞窟にでも引きこもったらどうだ』
「はあああ!? わたしのほうが先にカインさんのことをお守りしてるんですけど! 猪こそ小汚いねぐらに戻ったらどうですか!?」
どうやらライムにとってそれは禁句だったらしい。
一瞬にして怒りが沸騰した。
「図体がでかいだけの獣くせに、どちらが強いか教えましょうか!?」
『我が領域で我に刃向かうとは愚かな。言葉が交わせるとはいえ、やはり単細胞族か……』
「……わかりました。今夜は猪鍋にします」
『くるがいい。身の程を教えてやろう』
「二人ともそこまで」
今まさに襲いかかろうとしていた二人だったけど、僕の声でピタリと止まった。
「さっきもいったよね。そういうのはダメだ」
「……。カインさんがそういうのなら」
『汝の命に従おう』
二人とも渋々ながら引いてくれた。
山の主は仕方ないにしても、この山に来てからライムもちょっと乱暴になってるなあ。
やっぱり自然に囲まれると野生の血が騒いだりとかするのかな?
『我はもう行こう。この山はすでに汝のもの。自由にするといい』
山の主はそう告げると、木々の奥へと去っていった。
あいかわらずどの木にも当たらずに、すり抜けるようにして去っていく。
どういう理屈かわからないけど、きっと主の魔力によるものなんだろうな。
「ふん。イヤなやつでしたね」
ライムはまだ怒っている。よっぽど相性が悪かったんだな。
対してニアは、それはもうキラッキラの笑顔になっていた。
「はああ……! 山の主と会話するだけじゃなく、主人として認められるなんて! そんな人は歴史上でも数えるほどしかいないです! やっぱり師匠はすごいです!!」
なんだかものすごく尊敬されていた。
山の主と会話できるなんて僕も思ってなかったから、驚かれるのも分かる。
でもそれはライムの力であって、僕自身がすごいわけではないんだよね。
だから僕が尊敬の目で見られるのはちょっと困るというか、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
「ええっと、今のことは秘密にしておいてもらえるかな。他の人に知られると色々と困るから」
僕はともかく、ライムの正体がバレるのは非常にまずい。
「これだけのことをしながら誰にも自慢しないなんて、師匠はとても謙虚なんですね。やっぱり素敵です」
快諾してくれたのはうれしいけど。
なぜかなにを言っても尊敬されてしまうなあ。




