師匠は私の人生の師匠なんです
「ニア、大丈夫?」
倒れたままだったニアに手を伸ばす。
なぜだか顔を赤くしてぼーっと僕を見つめていたけど、急に我に返って立ち上がった。
「はいっ、大丈夫ですカイン様!」
「………………様?」
なぜだか急に敬語になっていた。
僕を見る瞳もやけにキラッキラに輝いていて、まるで出会ったばかりの頃のライムみたいだ。
「えっと、その、なんで急に様付けに? 助けたことを気にしてるなら、気にしなくていいんだけど」
「ああっ! 私如きがそのご尊名を口にするなんて汚らわしいですよね! 申し訳ありません!」
腰を直角に折り曲げて勢いよく頭を下げる。
ええっ? ニアってこんなキャラだっけ?
「いや、僕の名前くらい好きに呼んでくれて構わないし、普通に今まで通りカインでいいんだけど……」
「私如きにそのご尊名を口にする権利をお与えくださるなんて、なんてお優しいお方……!」
両手を胸の前で組み、感極まったように瞳を潤ませる。
なんか僕を神かなんかと勘違いしているような態度だ。
いきなりどうしたんだろう。
やっぱり頭とか打ったのかなあ……。
「……むっ」
戻ってきたライムが、ニアの態度を見て急に不機嫌な表情になった。
「たった今この人間が私の最大の敵になった気がしました殺しましょう」
「ダメだよなにいってるの!?」
なんでいきなりそんな物騒なことを言い出したんだろう。
不満をまるで隠そうともしていないライムだったけど、ニアはニアで強く首を振っていた。
「そんな! ライム様の敵になるなんてとんでもないです! ライム様のように強くてかっこよくて美しい人でなければカイン様のとなりなんて務まりません! ライム様のような人こそカイン様にふさわしいと思います!」
「え、そ、そうかなー。やっぱりわたしとカインさんはぴったりなのかな?」
「はい! 世界一お似合いの夫婦だと思います!」
「えへへへへ~。カインさん、ニアちゃんってやっぱりとてもいい子ですね!」
ええー……。
変わり身が早すぎるよ。
それに僕らは夫婦じゃないし……。
っていっても聞きそうにないなあこれは。
「カイン様はお許しになってくださいましたが、やはり私如きがその名を口にするのはおこがましいので……。もしよろしければ、カイン様のことはこれからは師匠と呼ばせてもらってもよろしいでしょうか」
「し、師匠? 僕はニアの師匠なんかじゃないと思うけど。教えられることなんて何もないし、むしろ僕がニアに色々と教えてもらいたいくらいなんだけど」
「いいえ、いいえ、とんでもありません! 私はずっと師匠を追いかけて冒険者になったんです。ですから師匠は私の冒険者の師匠であり、人生の師匠でもあるんです」
ええ、そうなの……?
僕にそんなつもりはないんだけど。
「僕が師匠だなんて荷が重いけど……。ニアがそう呼びたいならもちろんかまわないよ」
少なくともカイン様なんて呼ばれ方をするよりはマシだし。
「はい、ありがとうございます師匠!」
ニアが年相応の無邪気な笑顔を浮かべる。
どうしてこんなことでそんなに笑顔になるのか、僕には全然わからない。
なんだか小さなライムがもう一人増えたみたいな感じだなあ。




