アナタたちは許しません
「山の主を一撃だと……!? なにをしたというんだ!」
倒れた巨大猪を見て、ハンターたちがざわめいた。
「わからねえ……。なにもみえなかった……。攻撃したそぶりはひとつもなかったのに……」
「あいつはいったい何者なんだ……!?」
僕を見て驚いているけど、特別なことはなにもしてないんだよね。
「大したことじゃないよ。眠り薬を飲ませただけだから」
「眠り薬だと……? そんなの、駆け出しの冒険者だって使わないようなゴミアイテムじゃねえか! そんなものがS級モンスターに効くわけないだろう!」
確かに「眠り薬」は、最弱と呼ばれるミニゴブリンにすら効かないことがある。
冒険者協会は初心者用アイテムとしてオススメしてるけど、ほとんど効果がないといって不評をかっているくらいだ。
それにS級モンスターなどの、いわゆる「ボスモンスター」には、眠りなどの状態異常はほとんど効かないといわれている。
だからほとんどの冒険者は試したこともないみたいなんだよね。
「でも、山の主だって生き物なんだから、眠らないはずがないよ。
普通の眠り薬が効かないのは、市販品だから。どのモンスターにでも使えるよう量産化したら、どのモンスターにもいまいちな効き目しか発揮しないようになってしまったんだ。
だから山の主用にあわせて好物の山菜や、寝床の藁と同じ種類の草を混ぜることで効きやすくしてるんだ」
「主の好物や、寝床の藁だと……? 人前に滅多に姿を現さないのに、そんなもの何で知っている!」
「なんでっていわれても。主はこの山に住んでいるんだから痕跡はいくらでもあるし、動物たちに聞けば教えてくれるでしょ?」
そういうと、なぜかハンターたちはしんと静まり返ってしまった。
驚き固まった表情で僕のことを見つめている。
僕としては普通のことをいったつもりなんだけど……。
そんなハンターたち前にライムが現れた。
瞳を激しくつり上げて、見るからに怒っていた。
「な、なんだよ。先に毒を使ったのはこっちなんだ。そこにお前が突っ込んできて勝手に倒れたんだろう。それに、毒にやられたのはお前が弱いからだ。俺たちに否はねえぞ」
かなり勝手な言い分だったけど、ライムの怒りは別にあるみたいだった。
「いいえ。そんなことはどうでもいいです。カインさんのおかげで回復しましたから」
「じゃあ、なんだよ。まさかモンスターたちがかわいそうとか言い出すつもりか?」
「それもありますが……。
あなたたちのせいで、カインさんが危険な目にあいましたよね?」
僕もはじめて見るくらい本気で怒っているみたいだ。
ハンターたちもひきつった表情で後ずさりをはじめた。
ライムは見た目が美少女だから、本気で怒るととても恐いんだよね。
「いや、あれは、とっさに体が動いてしまって……!」
「というか、あれはアイツが勝手に飛び込んでいったんだろう。俺たちのせいじゃねえぞ!」
「それに、助かったんだから別にいいだろ。過ぎたことは気にするなよ。へへっ」
悪びれなく笑うハンターたち。
ライムは怒りに満ちた表情のまま、無言で近くの大木に手を伸ばした。
大人が両腕を回しても抱えきれないほどの大きな木だ。
それを片手でつかむと、無造作に引き抜いた。
「は……?」
間の抜けた声を漏らすハンターたち。
メキメキと音を立てて木の根が地面から引きはがされる。
巨木を片手で持ち上げると、怒りに燃えた目でにらみつけた。
「どんな理由だとしても、カインさんを危険な目にあわせたことは許しません」
細い腕で大木をつかんだまま振り上げる。
「おしおきです」
「ひ、ひぃぃぃいっぃぃぃぃっ!!」
「ライム!」
僕の声と同時に、ライムの腕がぴたりと止まった。
「なんですかカインさん」
「そこまででいいよ」
いつもは素直なライムも、このときばかりは不満顔になった。
「でも、この人間どもが……」
「僕のために怒ってくれてありがとう。だから、もういいよ」
優しくいうと、ライムも分かってくれたみたいだった。
「……わかりました」
手にした大木を放り投げる。
ハンターたちの眼前に地響きを立てて落ちた。
「ひぃっ!」
「わたしはあなたたちのような人間が大嫌いですけど、カインさんが許すというので許して上げます。カインさんの優しさに感謝することです」
ハンターたちは声にならない声で必死に何度もうなずくと、一目散に山の奥へと逃げて行った。
倒れた仲間たちも連れて行ったから、任せておいても大丈夫そうだね。




