運命の出会い
アタシが初めてあの人に会ったのは、三年前のことだった。
出会ったといっても逆光の中で影しか見えなかったから、顔は全然覚えていない。
まだ冒険者として駆け出しだったアタシは、早く一人前になりたくて、無理をしてふたつもランクが上のクエストを受けた。
そのころからアタシは天才といわれていたし、自分でもその自覚があった。
多くのスキルに恵まれていたし、それを使いこなすことで格上の敵も難なく倒し、レベルもどんどん上がっていった。
だからアタシは強いと錯覚していたんだ。
成長が早かったとしても、しょせんはまだデビューしたての駆け出し冒険者。
レベル20程度で、レベル50を超えるようなS級モンスターに勝てるわけはなかった。
それでもアタシは善戦した。
ヘルハウンドと呼ばれる凶化した狼を後一歩のところまで追いつめ、三時間にも及ぶ死闘の末についにとどめを刺すことに成功した。
もちろんアタシも無傷じゃなかったけど。
それでも、レベル差が倍以上もあるような相手に勝つことができて、喜びとも安堵ともつかない気持ちでその場に倒れ込んだ。
だからアタシは完全に失念していた。
狼は群を作る生き物だということに。
慌てて飛び起きたときにはもう遅かった。
気が付くと数十匹のヘルハウンドに囲まれていた。
逃げだそうにも全身傷だらけで、ろくに走る体力も残っていない。
それに仲間を倒されたことで、ヘルハウンドたちも殺気立っていた。
とても逃げ出せる状況じゃない。
アタシはここで死ぬんだ。
そのことを強く意識して目の前が真っ暗になった。
ヘルハウンドたちがジリジリと距離を詰めてくる。
どう考えても勝ち目なんてない。
あいつ等に貪られて終わるだろう。
それでも、死にたくない。その一心だけで剣を構えていた。
やがてヘルハウンドたちが一斉に襲いかかってきた。
迎え撃つことができたのは最初の一匹だけだった。
横から、後ろから、次々に襲いかかられてアタシは地面に押し倒された。
数十匹にもなる狼の群が一斉にアタシを見る。
モンスターたちは獲物を捕らえてもとどめを刺さずに、生きたまま体の柔らかいところから食べるという。
それがどれほどの苦痛なのか、考えただけで全身が震えた。
歯の根が小刻みに音を鳴らしている。
そのときだった。
あの人の声が聞こえたのは。
「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」
そんな落ち着いた言葉と共に。
ヘルハウンドたちが次々と倒れていった。
いったいなにが起こったのかわからない。
ただ、アタシは助かった。
そう思うと同時に気を失ってしまった。
次に気がついたときは診療所のベッドの上だった。
そこでアタシがとある冒険者に助けられたこと。
その冒険者の名前が「カイン」であることを知った。
手がかりはそれしかなかったけど、アタシはアタシを助けてくれた命の恩人を探しはじめた。
後でわかったことだけど、ヘルハウンドたちは全員眠らされていたらしい。
モンスターは倒すものだと思っていたアタシにとって、それは衝撃的なことだった。
下手をしたら自分の命だって危なかったのに、相手すら傷つけることなく助けるなんて、なんてすごい人なんだろうと思った。
あの人に追いつきたくて必死に真似をしている内に、いつのまにかSランク冒険者と呼ばれるようになっていた。
それでもあの人の影も見つけられなかった。
なにしろ「カイン」という名前はとても多かったから、同じ名前の人はいくらでも見つかったんだ。
それに、アタシの記憶は逆光の中の影だけだったから、会っても本人かどうかを確かめる方法がなかったんだ。
このまま一生会えないんじゃないか。
もしかしたらもう会っているのに、気がつかなかったんじゃないか。
そう不安に苛まれたことも一度や二度じゃない。
それでもあきらめきれなくて、アタシは王国の辺境と呼ばれる場所にまで来た。
ここで会えなかったらもう二度と会えないかもしれない。
それくらいの覚悟と共に。
そして、今。
アタシに対して牙をむく巨大猪の前に、アイツが飛び込んできた。
それだけで猪は動きを止め、息を止めたように倒れる。
いったいなにが起こったのかわからないアタシを振り返ると、手を差し伸べてこういったんだ。
「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」
……ああ。
こんなのもう、間違いようがない。
アタシの心配なんて杞憂だった。
顔なんかわからなくても、うろ覚えな声しか記憶になくても、こんなことができる人なんて他にいるはずないんだから。
探し続けていた運命の人は、思っていた通りに強くてカッコよくて……とても優しい人でした。




