もう大丈夫だよ
巨大猪がニアへと突進してきた。
「俺らの代わりにそいつを倒してくれよ、一流冒険者様ならもちろん勝てるだろ!」
猪のターゲットをニアに擦り付けたハンターたちが、笑い声をあげながら逃げていく。
許される行為じゃなかったけど、それをとがめる余裕はなかった。
小柄なニアに向けて、3倍以上もある巨大な猪が迫っていた。
いきなり攻撃されたせいで、よけられるタイミングでもない。
かといって、ニアが持つ小さな短剣ひとつで受けきれるような体格差じゃなかった。
それでもニアは一歩も引かなかった。
腰の短剣を震える手で構える。
その態度を前にして猪も直前で足を止めた。
今は怒りで我を忘れているけど、本来山の主は、人間にも滅多に姿を見せることのない警戒心が強い生き物だ。
一歩も引かないニアを敵とみなして、警戒しているんだろう。
鼻息を荒くし、後ろ足で激しく地面を蹴りたてる。
威嚇するように巨大な咆哮を轟かせた。
山の木々が震えるほどの爆音。もしかしたら主の怒りに呼応してるのかもしれない。
開いた口からは拳大もある凶悪な牙がのぞいている。
そのまま閉じるだけで小さな体は粉々に噛み砕かれるだろう。
ニアの足が恐怖に震え、両の目に光がにじむ。
それでも泣き言ひとつ言わずに目の前の大猪をにらみつけた。
「く、来るなら来なさいよこのやろう!」
小さな短剣を両手で握りしめ、精一杯の強がりを叫ぶ。
呼応するように巨大猪も再度吠えた。
前足を踏み出し、大きな口をさらに広げ、小さなニアを噛み砕く。
その、直前に。
「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」
僕はニアと猪のあいだに立ちはだかった。
うしろから驚きの声が上がる。
「は、はあ!? アンタ何しに来たのよ!」
「なにって、決まってるじゃないか。ニアを助けに来たんだよ」
「助けにって……レベル1のアンタじゃ勝てるわけないでしょ!」
「確かに僕じゃ勝ち目はないと思うけど……。でも、困ってる人が目の前にいるのに、放って逃げるなんてできるわけないよ」
ニアが僕を見る顔を赤くさせた。
「ば、バッカじゃないの! なにカッコつけてるのよ! それで二人ともやられちゃったら意味ないじゃない……っ。なのに、どうして……」
気丈にこらえていたニアの瞳から涙があふれた。
「どうして、アタシなんかを助けてくれたのよ……」
「ニアならどんな相手でも必ず立ち向かうって思ったから。
山の主は警戒心が強いからね。ニアが勇気を出して前に出れば、主も止まると思ったんだ。だからこうしてニアの前に出ることができた。ニアを助けられたのは、ニアががんばったからだよ」
「そ、それだけのことで、こんな危険なことを……?
……いえ、それより、まだ全然助かってなんか……」
ニアの言葉がそこで途切れた。
僕が現れたときから、猪の動きが止まっていることに気が付いたみたいだ。
やがて大猪の足元がふらつく。
そのまま地響きを立てて横向きに倒れた。
呆然とするニアを振り返り、手をさしのべた。
「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」