山の怒り
驚くハンターたちに、ニアが鋭い視線を向ける。
「アンタたち、いつもこんなことしてるわけ?」
怒気をはらんでたずねる。
モンスター退治自体は冒険者協会からも依頼が来るような立派な仕事だ。
でも毒ガスを使うような無差別なやり方は禁止されている。
違反すれば冒険者カードを剥奪され、二度と仕事を受けられなくなる。
それくらい危険な行為なんだ。
だけど、この期に及んでもハンターたちに反省の態度は見られなかった。
「いちいちモンスターを探して回るなんて効率が悪いだろ。こいつでまとめて殺してから、改めて死体を漁るほうがはるかに効率がいい」
「それでモンスターの反撃にあって囲まれたってわけね。三流どころか四流以下ってことじゃない。泣いて頼むなら殺される寸前になるまで待ってから助けてあげるけど?」
「必要ないな。これでも俺たちはプロハンターだ。この程度くらい今までに何度も切り抜けてきたんだ。今回だって……」
ハンターたちの言葉がそこで途切れた。
大地が震動し、遠くから地響きが響いてくる。
囲んでいたモンスターたちも怯えたように後ずさり、森の奥へと逃げて行った。
明らかにただ事じゃないことが起こってる。
「なに、これ……何かが近づいてきてる……?」
ニアが素早く周囲を見渡す。
身構える僕たちの前に、やがて木々の間から巨大な影が見えた。
僕たちの三倍以上はありそうなのに、密集する木々のどれにも当たらずに近づいてくる。
まるで木々が自ら避けているみたいだ。
地形すら歪めるほどの強大な力を持っている証だ。
やがて姿を現したのは、巨大な猪だった。
「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
生きる者ならだれもが直感で理解できる、怒りの咆哮だった。
「この魔力……山の主か!」
「ちいっ! まずはアイツから殺せ!」
ハンターたちが弓や銃で攻撃する。
だけど分厚い皮を貫通することはできなかったみたいだ。
矢はわずかに傷をつけただけで跳ね返され、銃弾は弾の半分だけめり込んだところで止まった。
かろうじて血が一筋流れたけど、それだけだ。
それが逆に主の怒りを買ってしまった。
頭を低く下げ、後ろ足で土を蹴る。次の瞬間には猛烈な勢いで突進していった。
ハンターたちが一斉に散開する。
さすがに慣れた素早い動きだったけど、それでもかわしきれなかった二人が山の奥へと吹き飛ばされた。
でもその隙にハンターの一人が背中に飛び乗り、剣を逆手に構えた。
「これでもくらえ!」
握りしめた剣を根元まで深々と突き立てる。
けど、それだけだった。
大猪がギロリと背中をにらみ上げると、大きく身震いした。
背中のハンターがふるい落とされる。
そこを狙いすましたように後ろ脚が蹴り上げられた。
「ぐはっ!」
直撃を受けたハンターが森の木々を飛び越えて空高くへと吹き飛ばされた。
瞬きするほんの一瞬のあいだに、六人いたハンターたちが半分の三人になってしまった。
「……ちっ、この化け物が……!」
「リーダー、マズいぞ! こりゃあS級かそれ以上だ!」
「んなこたわかってるよ! ここは一度撤退する!」
ハンターたちが逃げようとするが、興奮した巨大猪がすぐに反応した。
荒い鼻息を吐きながら残ったハンターたちのほうへと向き直る。
逃げようとしていたハンターたちが足を止めた。
「くそっ! どうするんだ、このままじゃ逃げることもできねえぞ!」
「そんなの、こうするに決まってるだろ!」
リーダーが振り落とされたハンターの剣を拾う。
さっき背中に根元まで突き刺した剣だ。
自分の血が付いた剣を見て、大猪が興奮したように咆哮を上げる。
頭を下げて再び突撃の構えを取った。
それと同時に……。
「ほらよ、てめえの相手はあっちだ!」
血の付いた剣をニアのいる方へと放り投げた。
「……は?」
呆けた声を上げるニアへ巨大猪の意識が移る。
そのまま地面を蹴りつけて突撃してきた。




