四大精霊ウンディーネの加護
現れた水の精を見て、ライムとニアがそろって驚いた。
「そうか、ここはウンディーネの泉なのね。精霊の加護がかかっていたからアタシにも見つけられなかったんだわ。カイン、すぐに離れなさい!」
ニアが僕と泉の精のあいだに割り込む。
「数ある精霊の中でも、四大精霊の一人であるウンディーネはかなりの強敵よ。戦いになれば無事では済まない。レベル1のアンタじゃ戦いにもならないわ。早く逃げなさい!」
「ありがとうニア。でも大丈夫だよ。ここに来るのは初めてじゃないから」
僕は水の人影に向かう。
ウンディーネはニコリと微笑むと、僕の手を両手で握りしめた。
ひんやりとして心地よく、とても水とは思えないさらさらとした肌触りが僕の手を包む。
ウンディーネが僕に向けて何かを言った気がしたけど、精霊の言葉は僕たち人間には聞き取れないんだ。
だけど。
「………………むむぅ」
ライムが見るからに不機嫌な顔で黙り込んだ。
僕はとあることに気が付いた。
「もしかしてライムにはウンディーネの言葉がわかるの?」
人間には聞き取れなくても、モンスターであるライムにならわかるのかもしれない。
「まさか、精霊の言葉がわかる人間なんているはずないわ」
ニアは否定したけど、僕には確信があった。
「ライム、ウンディーネはなんていってるんだい?」
「………………。全然わからないです」
さっきまでの笑顔がウソのように消えて、ものすごく機嫌が悪そうに頬を膨らませている。
ライムは根が素直だから感情が全部顔に出てしまう。
これはどう見てもなにかをいわれた顔だ。
「ライムがそういうなら無理には聞かないけど」
「……すみませんウソです。この泉はカインさんが好きに使っていいそうです。でもそれ以外は何もいってませんでした。なーんにもいってませんでしたからっ!」
強くそう言い切ると、プイっとそっぽを向いてしまった。
それ以外になにを言われたのかはわからないけど、言いたくないのなら無理には聞かないでおこうか。
「泉を使わせてくれてありがとう」
ウンディーネに向けてお礼を伝える。
ニコリと美しい微笑みを浮かべると、女性は形を失い、元の水に戻ってしまった。
☆☆☆
「なんなの……。なんなのよアンタたち……。精霊の言葉がわかるだけでもすごいのに、精霊に認められるなんて……」
「来るのは二度目だからね。それで入れてもらえたんだと思うよ」
こいつは簡単にそんなことを言った。
だったらその一度目はいったい何をしたというのだろう。
人と精霊はそもそも種が違う。
相容れるなんてありえないこととされてきた。
ましてや四大精霊に認められた人間なんて、歴史上でも果たして何人いるのか……。
そういえば、まだ神話の時代には、精霊と意志が交わせるスキルも存在したという。
でもそれは神のスキルだ。
どれだけの才能があったとしても人が生身で空を飛ぶことはできない。
それと同じように、人が神の力を行使することはできない。
それが常識だ。
こいつの冒険者カードには何のスキルも記載されていなかった。
どんな人間にも必ずひとつはあるはずのスキルが。
そんなことはありえないはずである。
でもスキル鑑定装置にはこれまでに存在が確認されてきたすべてのスキルが登録されている。
だから見落とすなんてありえない。
だけど、もしも。
もしもスキル鑑定装置ができる前に存在していたスキルがあるのだとしたら。
神のスキルを持って生まれたのだとしたら……。
「ライム、なにをそんなに怒ってるの?」
「怒ってなんかないです! なーんにも、全然、まーったく怒ってなんかいないです!!」
「そうは見えないんだけど……」
カインが困惑したように立ち尽くしている。
いくらウンディーネとはいえ、あんな美しい女性に言い寄られたら嫉妬するのも無理はない。
だからライムが怒る理由はわかる。
わかるけど、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。
なにしろ相手はウンディーネだ。
ユニコーンどころの騒ぎじゃない。
四大精霊とは、この世界を構成する基本元素のひとつを司る原初の精霊だ。
それを従えたとなれば、それだけで歴史に名前が残るほどの大魔法使いになれる。
世界の真理に一歩近づいたといっても過言ではないほどの大事件だ。
だというのに、自分たちがしたことの重大さをまったくわかっていないまま、ほほえましい痴話げんかを繰り広げていた。
「こいつら、いったい何者なの……」
誰にも聞こえない声でつぶやく。
でも、信じられなかっただけで、本当はもうアタシにもわかりはじめていたんだ。




