だってあなたが好きだから
「え、ええ!? こ、交尾って……誰かと間違えてるんじゃ……」
突然の交尾宣言に僕は思いっきりうろたえてしまった。
こんなにかわいい女の子の知り合いなんていない。
すれ違っただけでもしばらくは忘れられそうにないくらい印象的な女の子だ。
絶対に初対面だって断言できる。なのに。
「そんなことないです!」
すでに鼻が触れている顔をさらに近づけて力いっぱい否定してくる。
近い近いって。
「あなたでまちがいありません! この匂い、この体温、なにより肌にふれるこの感触! 全身の細胞があなたに反応してるんです!
ああ、今でも思い出します……。わたしの中にあなたが入ってきたときの感覚を……。とても衝撃的で、一生忘れられません……。まさに運命の出会いでした……」
うっとりとつぶやく。
なんだか獣みたいな見分け方だな……。
いやいや、そんなことよりも。
「と、とにかくまずは手を離してよ」
女の子の細腕はがっちりと僕を抱きしめていて、とても振りほどけそうにない。
女の子が慌てて腕を離した。
「あっ、ごめんなさい! あなたに会えたことがうれしくてつい……!」
「そ、そうなんだ……」
こうして改めて見ると、目の前の女の子はやっぱりとんでもなくかわいかった。
そんな子にストレートに会えてうれしいなんて言われると、どうしても恥ずかしくなってしまう。
「わたしけっこう力が強いみたいですね。大丈夫ですか?」
さっきまでの嬉しそうだった表情が一転して、心配そうな顔で僕のことをのぞき込んでくる。
表情がころころと女の子を見ていると、なんだか僕の表情まで緩んでしまう。
見た目はすっごい美少女で身長も僕より少し低いくらいだけど、なんだか幼い女の子を相手にしてるような気持ちになってくるんだよね。
そんな事を考えながら女の子を見ていたら思い出した。
女の子が全裸なことに。
「と、とにかくまずは部屋に入って!」
女の子の腕を取ってとにかく家の中に連れ込む。
見ようによってはすごく犯罪的なシーンの気もするけど、裸の女の子を家の前に立たせておくわけにもいかない。
「もしかしてその恰好でここまで来たの? どうして服も着ないで……。あっ、もしかしてなにか事件に!?」
僕が心配してたずねると、女の子はきょとんとした顔になった。
「服、って何ですか?」
「ええっ、そこから!? 服は、服だと思うけど……」
女の子があまりも自然な様子で聞き返してきたので、僕のほうが自信がなくなってきた。
服って、服だよね?
服を知らないなんて、そんなことある?
「と、とにかく、僕のだけどこれを着てよ」
女の子を見ないように顔を背けながら、僕のシャツを渡す。
受け取った女の子はそれを、まるではじめてみた物のようにあちこち眺めていた。
「これが服ですか……。このままではダメなんですか?」
「うん、まあ、そうだね。普通は裸のまま出歩く人はいないよね」
「確かに人間はみんな体に変なのをまとわりつかせてますね」
「変なものって……」
なんでこんな常識的なことで議論しないといけないんだろう。
女の子はしばらく僕のシャツを引っ張ったり裏返したりしていたけど、ようやくそでを通してくれた。
裸にシャツを一枚はおっただけの結構きわどい姿なんだけど、少し大きめのサイズだったおかげで隠さなきゃいけないところは何とか隠せたみたいだ。
これでようやく前を向いて話せるよ。
「それで、君は誰なの? 申し訳ないんだけど、まだちょっと思い出せなくて」
「今の姿は前に助けてもらった時とは違うので、わからないかもしれないです。これでどうですか」
そういうと、女の子の体が溶けはじめた。
「え、ええっ!? ちょっと大丈夫!?」
思わず叫んじゃったけど、どう見たって大丈夫じゃない。
美しかった女の子の体はあっというまに溶けてなくなってしまった。
床に残されていたのは持ち主を失った僕のシャツと、金色に輝く水たまりだけ。
その姿にはとても見覚えがあった。
「もしかして……このあいだのゴールデンスライム……?」
スライムの見分けはつかないけれど、ゴールデンスライムなんて僕の人生で一度しか会ったことはない。
「はい、そうです! おかげで傷もすっかり治りました!」
嬉しそうな声と共に金色の水たまりが重力に逆らって盛り上がり、先ほどの女の子の形に戻る。
その姿はどう見ても人間そのものだった。
そういえば、ゴールデンスライムは隠れるのが得意で、どんなものにでも完璧に擬態できるんだっけ。
ということは当然、人間にも完璧に擬態できるってことなのか。