スライムの恩返し
家に戻ってきたのは十日ぶりだ。
僕の家はあまり広くない。
稼ぎの少ない僕にとっては、町のはずれにあるこの狭い家でもなんとかギリギリ家賃が払えるくらいなんだ。
両親もいなくて一人暮らしだから、このくらいでちょうどいい。
でもなんだか今日は、この狭い部屋をいつも以上に寂しく感じてしまった。
理由は……なんとなくわかってる。
もう慣れたつもりだったけど、やっぱりスキルがない無能力者って現実を見せられると落ち込んでしまう。
他人と自分を比較しても意味ないのはわかってるつもりなんだけど……。
久しぶりのベッドに体を投げ出した。
壊れかけの物を安く買って自分で修理したものだから大したものじゃないんだけど、それでもずっと寝袋だったから安物のベッドでもすごく寝心地がいい。
このまま眠ってしまいたかったけど、帰ってきたばかりで色々やることはたまっている。
まずはそれを片付けてから……。
……目を開けると夜でした。
うん、おはよう。ベッドに横たわった一瞬で眠っちゃったみたいだ。
窓の外はすでに真っ暗。
自分でも思ってた以上に疲れてたのかな。
やるべきことは結局なにひとつしてないけど、お腹もすいたしまずはご飯にしよう。
といっても凝ったものを作るつもりはないんだけど。
時間もないし手早く済ませようかな。
クエストに持って行った保存食用の野ウサギの燻製肉を鍋にいれ、保存しておいた野菜などを一緒にいれる。あとは火にかけるだけだ。
味付けも何もないし水も必要ない。
でも煮詰めた野菜から出た水分と、燻製肉の塩分がちょうどいい味付けになってくれる。
肉の味と塩味と野菜のだしがきいて、火にかけてしばらく待つだけでお手軽なスープが出来上がるんだよね。
手軽で安いから、よく作る得意料理のひとつだ。
鍋ができるのを待つあいだにやるべきことを済ましてしまおう。
部屋の掃除とか、またクエストのため一角獣のところに行かないといけないからその準備も必要になる。
セーラからのクエスト報酬は遠慮しそうになったけど、実を言えばすごく助かってる。
このお金がなかったら準備どころか、来週の家賃さえ怪しかったからね。
明日からのやるべきことを考えながら色々と準備してると、家の扉をノックする音が聞こえた。
外はすでに真っ暗だ。こんな時間に訪ねてくるような人はあまりいない。
思い当たるとしたらセーラくらいだけど、だとしてもこんな夜には来ない気がする。明日でもいいんだし。
「はーい、今開けます」
返事をしてドアに向かう。
誰だかわからないけど、開ければわかるよね。
まさか明らかに貧乏だってわかる僕の家に強盗なんか来るわけもないし。
「はい、どちら様でしょうか……」
扉を開けた僕は、目の前に立っていた人物を見て硬直した。
そこにいたのは女の子だった。
おとぎ話に出てくるエルフのようにキレイな女の子で、しかもなぜか全裸だった。
だけど不思議と恥ずかしさは感じない。
それはきっと目の前の女の子が、あまりにも美しすぎたからだと思う。
白い肌は大理石のようになめらかで、澄んだ瞳は水晶のように輝いている。
そして何よりも目を引いたのが、腰まである金色の髪。
黄金を梳いたかのようにきらめく金髪は、風もないのに静かにそよぎ、月明かりを反射しながらゆらゆらと揺らめいている。
この世の者とは思えないほど完璧に整った姿。
神様が作った彫刻だといわれたら信じてしまうかもしれない。
それくらいに美しくて、神秘的な女の子だった。
ほんと、キレイな子だなあ……。
なんて思っていたら、女の子の顔がぱあっと明るくなる。
そのまま飛びつくように抱き着いてきた。
「やっと会えました!」
「ええっ!? あの、ちょっと……!」
満開の笑顔を僕の胸に押しつけるようにして力一杯抱きついてくる。
いきなりのことになにがなんだかわからない。
とにかく振りほどこうとしたんだけど、女の子は僕よりも細い腕なのに、まったく振りほどけなかった。
僕の力じゃびくともしない。
こんな細い腕のどこにこんな力があるんだろう。
「えっと、その、君とはどこかで会ったことがあったっけ?」
一度でもこんなに美しい子を見たら一生忘れない自信がある。
だから絶対に初対面だと思うんだけど、女の子は僕を知っているみたいだった。
「はい! 以前に助けていただきました!」
そういいながらぐいっと鼻先が触れるほどの距離まで顔を近づけてくると、子供みたいに無邪気な笑みを浮かべた。
神様の彫刻みたいに美しい子なのに、そういう表情を見せるだけで子供みたいにかわいらしくなる。
そのギャップに思わずクラクラとしてしまいそうになった。
スキル「美人」なんてのがあるとしたら、まちがいなくこの子が持ってるだろう。
それにしても、助けた?
こんなにかわいい女の子を助けたことなんてあったかな……。
「あの、思い出せなくてごめんね」
「いいえ、謝らないでください! いきなり押し掛けたわたしが悪いんですし、この前とは姿が少し違ってるので、そのせいかもです……」
女の子が申し訳なさそうにうつむく。
無邪気な笑顔もすっかり曇っていた。
ずいぶんころころ表情が変わる子なんだな。
「えっと、それで僕になにか用かな……?」
もしかしたらお礼とかだろうか。
僕が助けたらしいし。
だとしたらそれは勘違いかもしれないから、もっとよく話を聞かないといけない。
女の子はうつむいていた顔を上げると、再び輝くような笑顔を浮かべた。
「はい! 実は頼みたいことがありまして。わたしと……えっと……」
言葉を探すように視線をさまよわせる。
言いにくいというよりは、どう表現していいかわからないといった様子だ。
しばらくしてからようやく思いついたみたいで、花が咲くような笑顔で僕に告げた。
「わたしと交尾してください!」