カインさんがいますから
石とか草とかを食べるなんて、いくらなんでもそんな人間いるわけない。
さすがに正体がバレたかも……なんて思ったけど、店のおじさんは急に涙をこぼし始めた。
「そうか……。嬢ちゃんも昔は苦労してたんだなあ……」
手拭いで目頭を押さえている。
どうやら勘違いしてくれたようだ。
まあ普通に考えたら、実はゴールデンスライムが人間の姿をしてるなんて思うわけないよね。
「俺も昔は貧乏でなあ……。泥水をすすって飢えをしのいでたこともあったもんだよ」
「そうなんですか。じゃあ仲間ですね!」
あっけらかんというライムに、おじさんはまぶしいものを見るように目を細めた。
「そんな辛いことも笑顔で話せるなんて……。それだけ今が幸せってことなんだろう。
それに比べて俺はまだまだだよ。こうして人並みの生活を送れるようになったけど、それでもたまに昔を思い出しては、悪夢にうなされることがある。笑い飛ばすなんて出来ねえ。嬢ちゃん、あんたは強いんだな」
「そんなことないです」
ライムが首を振った。
「わたしも同じです。辛いことも、痛いことも、いっぱいありましたから、昔のことは思い出したくないです。
家族も離ればなれになったきりどこにいるかわからないし、わたしのせいでたくさんの命が犠牲になったのに、わたしはそれを助けるどころか逃げるしかできなくて……。
こんな毎日がずっと続くのなら、いっそ死ねたほうが楽なのにって、いつも思ってました。でもできませんでした。わたしにはそんな力も、勇気もなかったんです」
淡々と告げられる壮絶な言葉におじさんが言葉を失う。
僕も同じだった。
ライムの過去を聞いたことはない。
ライムも話したがらなかったし、僕も無理に聞くようなことじゃないと思っていたから。
だから、死ねたほうが楽なのにと思うほど辛いものだったなんて、初めて知ったんだ。
「今は……もう平気なの?」
たずねる僕の言葉は震えてしまっていた。
本当に情けないと思う。
振り返ったライムが穏やかに微笑む。
「カインさんがいますから」
ライムの答えはそれだけだった。
死んだほうがいいとさえ思うほどの人生が、たったそれだけで変わってしまったという。
僕には本当にそれだけの価値があるんだろうか。
おじさんがうんうんと涙混じりにうなずいていた。
「俺も今の親父に拾われて、こうして人並みの人生を歩めるようになったんだ。感謝してもしきれねえ。俺にとっての親父が、嬢ちゃんにとっての兄ちゃんなんだな。兄ちゃん、このお嬢ちゃんをちゃんと幸せにしてやるんだぞ」
「はい」
うなずく声に力がこもる。
勘違いもあったけど、ライムを幸せにしたい、というその気持ちは嘘じゃなかったから。




