誰にでもあるはずのもの
報酬の振り込まれた冒険者カードを見て僕は驚いた。
「そんな、失敗したのに悪いよ」
「依頼報酬よ。失敗しても一部は支払うって最初に説明したでしょ」
そういえばクエストを受けたときにそんな説明をされた気がする。
まさか本当にもらえるなんて思ってなかったけど。
「だいたいお金ないくせに拒否できる立場でもないでしょ。普段は受けないようなこんな高難度クエストを受けたのも、貯金がなくなって家賃すら払えなくなったからじゃなかったっけ」
「う……。まあ、お金に困ってるのは確かにその通りだけど」
「それじゃあ文句を言わずに受け取りなさい。どうしても後ろめたいなら、稼いだときに返してくれればいいから」
笑顔で強引にそういわれてしまっては僕も断れない。
それともこれも、セーラの持つ「交渉」のスキルの力なんだろうか。
「わかったよ。このお金はありがたく受け取ることにする」
「そうそう。人の好意は素直に受け取っておくものよ」
「そのかわり、お金持ちになったらちゃんと返すから」
「期待しないで待ってるわ」
軽くあしらわれてしまった。
僕は冒険者カードに視線を落とす。
そこに書かれてるのは振り込まれた金額だけじゃない。僕のステータスも記載されている。
僕は他の誰よりも余白が多い。
レベルが1なだけじゃない。
普通の人になら誰でもひとつはあるはずのスキルが、僕にはひとつもなかったんだ。
誰でもひとつはスキルを持って生まれるし、どんなに使い道がないように思えるスキルでも、使い方次第では最強になれる可能性を秘めている。
スキル鑑定は、昔の冒険者協会が開発した、その人の適正を調べることができる画期的な技術だ。
剣技のスキルを持っていれば傭兵や冒険者になるのがいい。魔法なら魔法使いだ。料理関係のスキルがあるなら料理人になるのがいいし、クラフトや鍛冶系のスキルがあるなら言うまでもない。
セーラは「交渉」のスキルを持っていた。なのでこうしてお店をはじめたんだ。
有利な条件で交渉できるスキルがあるためお店は繁盛している。
スキルを調べ、自分にあった職業を選ぶことで、誰でも幸せな人生を送れるようになったんだ。
そのおかげで冒険者協会は全国に支部を作ることができたし、世界中の国も飛躍的に発展することができたって聞いている。
スキルにあった職業を選ぶというのは、それだけすごいことなんだ。
でも、僕はなにもなかった。
スキル鑑定を行ってもなにも表示されなかったんだ。
冒険者ギルドにあるスキル鑑定装置には、今までに発見されたことのあるすべてのスキルが登録されている。
スキル鑑定がはじまったのはもう何百年も前だ。
だからどんなにレアなスキルでも必ず見つけられる。
そのスキル鑑定でも見つけられなかったってことは、僕にはスキルがないってことなんだ。
それはとても珍しいことらしく、何度も検査を受け直した。
でも結果は同じだった。
僕は、誰にでもひとつくらいはあるはずの取り柄がひとつもない、世界で最も無能な人間だったんだ。
だから誰にでもできる素材採取の仕事をすることにした。
依頼された素材が手に入る場所に行って、取ってくるだけの簡単なお仕事だ。誰にでもできる。スキルのない僕にうってつけの仕事ってわけなんだ。
戦闘もしなくていいから、レベルも1のまま。
そのことに不満はない。戦うのは苦手だし、たとえモンスターだとしても、傷つけるようなことはできるだけしたくないから。
そんな僕が貧乏ながらも何とかやっていけてるのは、セーラが僕にクエストを回してくれているからだ。
門番のおじさんみたいに僕とセーラが付き合ってるみたいに思ってる人は多いみたいなんだけど、セーラのように才能を持つ人と、僕みたいに才能のない人間は釣り合わないし、もったいないって思う。
セーラにはもっといい人がいるはずだよ。
「まあがんばるよ。僕にはそれくらいしかできないからね」
「そんなことないわよ。アタシはカインにはすごい才能があるってちゃんと知ってるわ」
卑屈な僕に対して、セーラはいつもそういってくれる。
「だって、他の誰もやらないようなクエストでも引き受けて、ちゃんと達成してくるじゃない」
「今回は失敗しちゃったけどね」
「今さら一回くらい失敗したところで、成功率95%以上の実績は変わらないんだから心配することないわよ。しかもその一回も、失敗して当然のA級クエスト。それで評価を下げる人なんていないわ。そもそも何でこんなクエスト受けたのよ」
「これだったら僕でも戦わずにクリアできそうだなって思ったから」
「A級クエストを戦わずにクリア、ね。自分で言ってることの意味を分かってるのかしら」
「どういうこと?」
「カインがどう思ってるのか知らないけど、一角獣の万能薬は超希少なのよ。一流の冒険者だって見たこともない人はたくさんいる。それくらい手に入れるのが難しいの。
それをレベル1で、しかもスキルをなにも持たないカインが手に入れるほうがすごいんだからね。そもそも失敗したのだって途中でケガをしていたモンスターに使ったからなんでしょう。クエスト自体は成功してたわけじゃない」
セーラはカウンターから身を乗り出して、僕の顔に指を突きつける。
「つまり、カインに足りないのはスキルじゃなくて、プロ意識! クエストの帰り道にクエストの依頼品をしかもモンスター相手に使うなんて聞いたことないわよ!」
「あはは、ごめん」
それを言われると返す言葉もない。
セーラもすぐに身を引いてくれた。
「ま、それがカインのいいところでもあるんでしょうけど。アンタはきっとあれね、スキル「優しさ」でも持ってるんじゃないの」
「どうせならもっと役に立つスキルがよかったなあ」
「なにいってるの。最高のスキルじゃない。アタシもそういうカインが好きなんだし」
「……え?」
聞き間違いかな? 今僕のこと好きって……。
「あ……」
自分の言葉に気がついたのか、セーラの顔がだんだんと赤くなっていく。
どうやら聞き間違いじゃなかったみたいだ。
あわてたようにわたわたと手を振り回す。
「い、今のはその、あれよ! 好きっていってもそういう意味じゃないから! カインの優しいところがアタシは好きってだけでその、ああええとちがくて……いや違わないんだけど、とにかくそういう意味じゃないから!」
「あはは。大丈夫、わかってるよ」
僕には優しさくらいしか取り柄がないからね。
セーラもそういうところが好ましいといってくれてるんだろう。
「……わかってもらえるのも複雑なんだけど……」
なんだか不満顔で僕を軽くにらんでくる。
「ま、とにかくその話はもういいわ。長旅で疲れてるでしょうから今日はもう休みなさいよ」
「うん。そうさせてもらうよ。クエストはまた今度挑戦するから」
場所はわかってるからもう一度いくだけだ。今度は失敗しないだろう。たぶん。