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優しさしか取り柄がない僕だけど

 控え室の扉を開ける。

 小さな室内の一番奥に、ウェディングドレス姿のライムがいた。


 その美しさに僕は他のなにも目に入らなくなった。

 ただただ目の前の女の子を見つめてしまう。


 ライムは入ってきたのが僕だと気がつくと、パッと顔を輝かせた。


「カインさん!!」


 そのまま僕のほうに駆け寄ってくる。

 といってもドレス姿だからいつものように元気よく、というわけにはいかない。

 歩きにくそうにドレスの端を摘んで持ち上げながら、一生懸命に走ってきた。


 その美しい純白の衣装は、シルヴィアたちが王都から持ってきてくれたものだ。

 なんでも王族に代々伝わるとかなんとか……。

 とにかくすごい物らしい。


 実物は見たことがなかったんだけど、きっとすごいものなんだろうなと想像してた。

 そして、実際にその姿を目の前にすると、僕の想像をはるかに超えていた。


 白く輝く布の上を、金色の髪が踊っている。

 どちらもまぶしいくらいに輝いていて、思わず見つめてしまっていた。


「……カインさん?」


 いつのまにか目の前にまで来ていたライムが首を傾げる。


「あ、ああ。ええっと、遅れてごめんね」


 とりあえず遅刻したことを謝ると、ライムが頬を膨らませた。


「本当ですよ! 早くお会いしたかったのに、なかなか来てくれないから寂しかったです。この格好だと外に出てはいけないと言われちゃいましたし……」


 そう言って口をとがらせながらも、純白のドレスを着たライムが、踊るようにくるりと回る。


「これ、着るのすっごく大変だったんですよ。どうですか?」


 そうたずねるライムに、僕は言葉も出なかった。


「……カインさん、どうしましたか?」


「ああ、うん。キレイだよ、本当にキレイだ。ライムのことはいつもそう思ってきたけど、今日が一番キレイだ」


 自分でも言ってて恥ずかしい言葉だと思うけど、そうとしか言えなかったんだからしかたない。

 ライムもまた照れ照れとしていた。


「えへへ……。カインさん、うれしいけどほめすぎですよ~」


「ごめん、つい……。でも、本当にそう思ったから……」


「今日のカインさんもとってもステキです~」


「そうかな……。僕はこういう服は着ないから、似合ってないんじゃないかって不安だよ……」


「大丈夫ですよ! わたしだってこんな面倒な服はじめて着ましたから!」


 そういわれれば確かにそうだ。

 でもこんなに似合っている。

 なら、僕も大丈夫……かな……?


「えへへ……。カインさん……」


 ほとんど目の前にきたライムが、さらに必要以上に迫ってくる。


「ライム……?」


 僕の目をまっすぐに見つめたまま、両腕を首に回して抱きついてきた。

 そのままさらに顔を近づけてくる。


 えっと……これはもしかして、その……。


 振り払うわけにもいかず、徐々に近づいてくる。

 それに、こういうことは僕だってさすがに慣れてきたんだ。

 いつまでも昔の僕じゃない。

 だから僕からも僕からも近づいていく。


 やがて僕らがふれあう直前に、急にすぐ近くから咳払いする声が響いた。


「アナタたち、そういうことは式でやりなさい」


 いつのまにか僕らの横にセーラが立っていた。


「うわっ! セーラいつからここに!?」


「最初からずっといたんですけど?」


 ちょっと不機嫌そうな答えが返ってきた。

 ええっ、そうなの? 全然気がつかなかった。

 入ったときからライムしか見えてなかったからなあ……。


 ちなみにライムはまだ僕に抱きついて近づこうとしていた。


「ちょ、ちょっとライム、今はダメだよ……」


「えー、なんでですかー」


 唇をとがらせて不満そうな表情になる。

 なんでって言われても、すぐ横でセーラが見てるし……。


 ライムもわかってくれたのか、すぐに離れてくれた。


「わかりました。そのかわり、また夜にいっぱい交尾しましょうね」


「う、うん……。わかったよ……」


 わかったから、誰かがいるところでそういうことを言うのは止めて欲しい……。

 セーラも気まずそうに視線を逸らしてるし……。


「と、とにかく、ライムの準備はもうできてるんだよね。時間がないからそろそろ行こうか」


 この空気から逃げるためにもそう言ったんだけど、それを止めたのはセーラだった。


「待って、その前に確認させて」


「確認って、なにを?」


「アナタたちの結婚についてよ。ちゃんと幸せにならなかったら許さないからね」


 セーラは厳しいことをいってくれるけど、それはいつも僕のことを心配してくれるからだ。

 それがわかっているから、僕もすぐにうなずいた。


「わかってるよ。もちろんライムを幸せにする」


 そう答えたら、セーラはあきれたようにため息をついた。


「やっぱりなにもわかってないじゃない」


 あれ、ちがったのかな?


「ライムちゃんを幸せにするのは当たり前でしょ。アタシがいってるのは、カインのことよ」


 え、僕?


「カインはすぐ自分のことを二の次にするじゃない。結婚は二人でするものなんだから、ちゃんとカインも幸せになるのよ。でなければこんなこと認めないんだからね」


「そうですよ!」


 意外にもライムまで賛同した。


「カインさんはすぐにわたしのことなんか考えずにひとりで行っちゃうんですから!」


「ライムとはいつも一緒だと思うけど……」


「わたしをかばってくれたときのことをわたしは一生忘れませんよ!」


 ああ、あの時のことか。

 確かにあの時は悪いことしたなと思う。

 でも僕が助けなかったらライムが切られてたわけで、僕にとってはそっちのほうが嫌なんだけど……。


 でも、心配させて、たくさん泣かせてしまったのも本当だ。

 確かに僕は自分のことをなにも考えていなかった。

 それでライムを悲しませてしまったんだ。


 そんなところまでセーラにはすっかり見抜かれていたらしい。


「……わかったよ。ライムと二人で幸せになる。ありがとうセーラ」


「えへへ~、二人でいっぱい幸せになりましょうね~」


 さっきまで怒っていたことも忘れて、デレデレになって抱きついてきた。

 ドレスにしわが付くのもお構いなしだ。


「ああもうほら、せっかくのキレイな服が台無しじゃないか。ちょっとじっとしてて」


「うう……気軽にカインさんに抱きつくこともできないなんて……。やっぱりこのドレスっていう服は苦手です」


「今日だけだから、ガマンしてくれるかな」


「……カインさんがそういうのでしたら……」


 嫌そうな顔をしながらもその場で立ち止まってくれる。

 そのあいだに乱れたドレスを素早く手直しした。


 なんていうか、最近はライムの服を着せたり脱がしたりすることが多いから、こういうことにも慣れてしまったのが恥ずかしいというか……。


 そんな僕らを、セーラが少し離れたところから眺めていた。


「……もうすっかりお似合いの夫婦ね。それにしても、あのカインが結婚かあ。アタシもいい加減いい人見つけないといけないわね」


「セーラならすぐに見つかるよ」


 かわいいし、優しいし、自分の店を持ってるくらいなんだから。

 むしろどうして今までそういう話がなかったんだろう。

 不思議に思う僕に、セーラがニッコリと笑顔を浮かべる。


「カインのばーか」


 えっ、なんで怒られたの。

 わからなかったけど、その笑みは澄んだ空のようにどこまでも晴れ渡っていた。



 やがて準備を終えた僕らは、控え室を出て一階の大広間へと向かった。

 狭い教会内にはたくさんの人が詰めかけている。

 僕らが手をつないで姿を現すと、あたたかい拍手が出迎えてくれた。


 うう……。こんなにたくさんの人が集まってくれたのかと思うと、やっぱりちょっと緊張するな……。


 絨毯の敷かれた道をゆっくりと進み、神父さんの前で立ち止まる。

 同時に拍手が鳴り止んだ。

 一転して訪れたしんとした空気の中で、やわらかくも厳かな声が響いた。


「新郎カイン、新婦ライム。これより二人の婚姻の儀をはじめます」


 いよいよはじまるんだと思うと、身の引き締まるような思いがした。

 となりに立つライムがそっと僕の服を引っ張る。


「カインさん、こんいんのぎ? ってなんですか?」


「えっ、説明しなかったっけ……?」


 話したような気もするけど、準備で忙しくてバタバタしてたからひょっとしたらちゃんとは話していなかったかもしれない。


「ええっと、まあ、簡単にいうと、僕とライムが結婚することをみんなに報告するというか……」


「でもみんな知ってますよね?」


「そうなんだけど……。こうしてみんなの前でやることに意味があるというか……」


 改めて何でするのかと聞かれたら、答えるのは難しかった。

 一種のイベントのようなものだから、一緒に暮らす上で必要ないといわれたら必要ない。

 しなくったって一緒に暮らすことはできるからね。


「でも、なんていったらいいのかな。そうすることによって実感がわくというか、みんなの前で誓うことが証拠になるというか……」


 こういうのは気持ちの問題だから、説明するのは難しい。

 だけど、ライムは少しだけわかってくれたみたいだった。


「つまり、わたしがカインさんを好きかどうか確かめるということですか?」


「……うーん……。確かめるとは少しちがう気もするけど……」


「証拠ならありますよ」


「えっ、証拠……?」


 ひょっとして指輪のことかな?

 確かにあれなら証拠といえるかもしれない。

 僕がそう思ってると、ライムが慈しむような手つきで自分のおなかを優しくなでた。


「早くカインさんの子供を産めるように、毎日いっぱい交尾をしてもらってますから」


「そんなことまでは言わなくていいんだよ……!!」


 町中の人が集まってる前でなんて事を……。


 なんだか後ろがざわついているというか、クスクス笑ってるというか……。

 ううう……恥ずかしすぎて後ろを振り返れないよ……。


 ライムはよくわかってないのかきょとんとしているだけだった。


「でも昨日もわたしの中にいっぱい精子を出してくれましたよね?」


「あーあーあー! みんなを待たせるのも悪いので早く式を終わらせるのがいいと思います!!」


 神父さんはまだ何か続けたがっていたけれど、無理矢理進めることにした。

 これ以上ライムに話をさせたらなにを言い出すかわからないよ……。




 婚姻の儀は、皆の前で夫婦の誓いをたてることで完了する。

 要するにみんなの前でもう一度プロポーズをするってことだ。


 となりを向いて、ライムと正面から向かい合う。

 言うべき言葉はすでに決まっていた。


 僕にはなんの取り柄もないけれど、そんな僕を好きだといってくれる人がいる。

 一緒にいて幸せだと、となりで笑ってくれる人がいる。


 その子は僕にはもったいないくらいのいい子で、いつも笑顔でまわりを明るくしてくれる。

 さっきみたいに変なことを言って僕を困らせることもあるけれど……。

 でもそれだって本当は楽しいんだ。


 そして。

 僕はそんな彼女とずっと一緒にいたいと思っている。

 楽しそうに笑う彼女のとなりで、僕も一緒に笑っていたいんだ。


 指輪のはめられた手を取り、誓いの言葉を述べる。


「君が現れた日から、僕の毎日はずっと輝いていた。君がいるだけでなんでもないことも特別なことになって、なにもかもが楽しかったんだ。

 僕にそんな魅力はないかもしれない。それこそ優しさしか取り柄がない僕だけど。

 でも、君を必ず幸せにすると約束する。だからこれからも一緒にいさせてくれませんか」


 ライムの目に涙がにじみ、僕の手を両手で包んだ。


「はい、もちろんです。だってわたしは、そんな優しいカインさんが大好きなんですから」


 集まった人たちから歓声が上がる。

 教会が祝福の鐘を鳴らす中で、ライムが勢いよく抱きついてきた。


「約束しましたからね! もうなにがあっても絶対に離れません! ずっとずっとずーーーっと、一生一緒ですからね!!」



最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

二人の物語はここで終わりとなりますが、読んでくれた皆様の中に二人の姿がある限り、いつまでも幸せに暮らすでしょう。


長々とした感想は活動報告の方に記載させていただきましたので、こちらではこの辺りにしたいと思います。

それではまた、別の物語でお会いしましょう。

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