町に祝福の鐘が鳴る
その日はとても快晴で、空までもが町全体を祝福しているみたいだった。
そんな澄み渡るほど晴れた空に、教会の鐘の音が響く。
まずい。もうそんな時間なのか。
鐘の音は式の開始を告げる合図なんだけど、主役である僕はまだ教会の外にいた。
準備することがあって家にいたんだけど、思ったよりも時間がかかっちゃったんだよね。
さすがに主役が遅刻するわけにはいかない。
慣れない服のせいで走りにくかったけど、やがて小さな白い建物が見えてきた。
教会の入り口前にはたくさんの人が集まっている。どうやら建物内にもたくさんの人がいて、あふれているみたいだ。
集まっている人の中には、クラインやスミスさんなどの姿も見えた。
他にもたくさんの人がいる。
ひょっとしたら町の人全員が来てくれたのかな。
うれしいけど、こんなに注目されてるのかと思うとさすがにちょっと恥ずかしい……。
それに、あの人混みの中を抜けようとすると、きっとみんなに捕まって進めなくなりそうだ。
来てくれたお礼を言いたかったんだけど、今は急いでいる。
申し訳ないけど裏口から行くことにしよう。
なので教会の裏手に回ってきたけど、裏口がどこにあるかわからなかった。
えーと、どこから入ればいいんだろう……。
探して歩き回るうちに、二人の女性を見つけた。
小柄でかわいらしい女の子と、銀色の髪が印象的なすごい美人だ。
どちらもドレス姿がすごい似合っている。
でも、どこかで見たことがある気がするんだけど、誰だか思い出せない。
だけど向こうは僕のことを知っているみたいで、目が合うと声をそろえて呼びかけてきた。
「師匠!」
「カイン殿!」
その声を聞いて僕もわかった。
ニアとシルヴィアだ。
いつもと雰囲気が違うから、すぐにはわからなかったよ。
ドレス姿の二人に目を奪われているうちに、目の前まで駆け寄ってきた。
真っ先に祝福の言葉をくれたのはニアだった。
「師匠、ご結婚おめでとうございます!」
「ああ、うん。ありがとう」
いまさら恥ずかしがることではないんだけど、面と向かって言われるとやっぱりまだ照れてしまう。
未だに現実感がない。
本当にライムと結婚するんだな……。
「それにその姿もステキです」
「そうかな……。こういうのは着慣れてないから、まだ落ち着かないよ」
今の僕は普段着じゃなくて、いわゆるタキシード姿だ。
本当は教会の控え室で着替えるはずだったんだけど、緊張しすぎたせいで家に忘れちゃったんだよね。
だから急いで家に戻って着替えてきたんだ。
やがてニアに遅れて追いついたシルヴィアも祝福してくれた。
「結婚おめでとうカイン殿。二人はお似合いだったからな。ようやく結婚してくれて私もうれしいぞ」
「シルヴィアも来てくれたんだね。ありがとう」
「二人の結婚式なんだぞ。当然ではないか」
そう言ってから、ぼそっと付け加えた。
「二人が結婚してくれないと、二番目の結婚もできないからな」
「えっ、二番目って……?」
結婚は普通一度しかしないはずなんだけど……。
「ああ、なに。気にしないでくれ。こちらの話だからな」
「そうです。師匠と女騎士のあいだでは関係のない話ですよ。その話についてはあとで私とじっくり話し合いましょうね師匠」
「ちびっ子の貴様の方がもっと関係ないだろうが」
「劣化を待つだけの女騎士とは違って、私はこれからが成長期ですから。数年後が楽しみですね」
「期待するのも程々にしておけよ。でないと現実を知って絶望するからな」
「ご自分のことですか?」
「もちろんお前のことだ」
「うふふふふ」
「あはははは」
なんだか二人にしか分からない話で盛り上がっている。
相変わらず仲がいいなあ。
「それにしても、二人ともどうしてこんなところに」
教会の裏側なんて普通は来ないと思うんだけど。
そうたずねると、ニアとシルヴィアは顔を見合わせ、自慢げな笑みを浮かべた。
「正面は人でいっぱいでしたから、きっと師匠なら裏から入ろうとするのではないかと思いまして」
「うむ、予想通りだったな。おかげでこうして会えてうれしいぞ」
すっかり僕の行動が読まれていたらしい。
なんだかんだで二人とも結構長い付き合いだからかな。
できればもっと二人と話していたかったんだけど、今の僕には時間がなかった。
「悪いんだけど、裏口の場所を知らないかな」
「ははあ、師匠ったら、そんなにウエディングドレスのライムさんが見たいんですか」
「いや、そうじゃなくて、急いでるから……まあ確かに早く見たい気持ちもあるけど……」
「裏口ならこの先だ。ライム殿は二階に上がって一番奥の部屋にいる」
そういうシルヴィアの後ろには、確かに小さな扉が見えていた。
「あれだね。ありがとう二人とも!」
お礼を告げながら駆けだす。
後ろからため息のような声が聞こえてきた。
「……まったく、今日はかなり気合いを入れてきたのだがな……。見向きもされないか……」
「仕方ないですよ。師匠は最初に会ったときからずっと、ライムさんが大好きでしたからね」
◇
教会に入って階段を駆け上がる。
二階の一番奥っていってたっけ。
廊下を走ろうとして、ショートカットの女の子が窓から外を見ていることに気がついて足を止めた。
「やあ、エルも来てくれたんだね」
エルが僕を振り返る。
彼女もドレス姿だったけど、もともとボーイッシュなこともあって、キレイというよりはカッコいい立ち姿だった。
僕に気がつくと、いつものように静かな笑みを浮かべる。
「こんな儀式にどういう意味があるのかわからないけど、今日は人間がたくさん集まってて面白いね。みんないつもとは違った服を着てるから見てて飽きないよ」
どうやら二階の窓から、教会に集まってくれた人たちを見ていたようだ。
「エルもそのドレス似合ってるよ」
「ありがとう。ボクは人間の服とかよくわからないから、お店の人に適当に選んでもらったんだけど。これってそんなにいいものなの?」
「うん、まるでエルのために作ったみたいだ」
「そうなんだ。ありがとう」
そういってから、エルが僕の顔をじっと見つめた。
「なんだか焦ってるような感情だけど……。ああ、そういうことか。ライムならこの奥の部屋だよ」
エルは人間の感情がある程度読める。
だから僕の考えも見抜かれてしまったみたいだ。
「さっきまでライムと一緒にいたんだけど、キミが来るのをずっと待ってたよ。早く行ってあげるといいんじゃないかな」
「やっぱり待たせちゃったかな……」
家での着替えに思ったより時間かかったんだよね。
「ふふ、怒ってないといいけどね。それじゃあボクは下で待ってるね」
そう告げると、僕の脇を通り過ぎて階段を下りていった。
一人残された僕は廊下を歩く。
小さい教会だから、廊下の奥までは短い距離しかない。
歩くだけであっという間についてしまった。
扉の前で立ち止まると、急に緊張してきた。
この中にライムがいる。
そう思うだけで心臓が破裂しそうだった。
今更ライムに会うくらい恥ずかしくないんだけど、やっぱり今日という特別な日だとちがってしまう。
深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、扉を軽くノックした。
「はーい、どうぞー」
ライムの声が中から聞こえたので、僕は扉を開いた。




