これからも一緒にいたいから
町に戻ってからも細かい用事がいくつもあったので、それらをこなしているうちに数日が過ぎた。
そうしているうちにセーラに頼んでいた物も届いたので、時間ができたタイミングで、僕とライムは近くの山へとやってきた。
ライムと初めてのクエストに来た場所だ。
ここの頂上にしか生えていない薬草を採りに来たんだよね。
ちなみにここに来るあいだ、ライムは元気よく歩いていた。
人間になっても体力が落ちたりはしないみたいで、むしろいつもより元気に感じたくらいだ。
「ライムはこの場所を覚えてる?」
「もちろんです! カインさんと来た場所は全部覚えてますから!」
「一緒に薬草を採りに来たんだよね」
あの時は、ライムがクエストをできるかどうか確かめるために行ったんだっけ。
もちろん結果は問題なかった。
それどころか、ドラゴンもワンパンできるくらい強いってことがわかったんだ。
それからは一緒に色んなクエストに向かった。
僕とライムが出会ったのは、傷ついたスライムを見つけた森の中だったけど、僕とライムの冒険がはじまったのは、きっとこの山からなんだ。
やがて頂上にたどり着く。
何度も来ている場所だけど、やっぱりここの景色はいつ見ても雄大だ。
ライムも頂上からの景色を眺めていたけど、やがてくるりと僕を振り返った。
「あのとき、カインさんはこの山で、わたしのことを守ってくれるといいました。わたし、とってもうれしくて、あのときのことは今でも思い出すんです」
「そうだね。ライムは幻の超レアモンスターで、世界中の冒険者に追われているから、僕が守らないとって思っていたんだ」
「えへへ、わたしもカインさんに守ってもらえてうれしかったです」
「でも、ライムはもうゴールデンスライムじゃない。普通の女の子だ。世界中の人たちから追われる理由もないんだ」
「カインさん……?」
ライムの声が少しだけ小さくなる。
まるでなにかに怯えるように。
「僕がライムを守る必要はもうないんだ」
「そ、そんなことないです!」
大声が響いた。
「わたしカインさんがいないとなにもできません! 人間のこともなにもわかりません! カインさんがいないと、わたし、どこに行けばいいかわからないです……」
ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちる。
その涙を拭ってあげたかったけど、今の僕にその資格はなかった。
僕たちをつなぐものはもうなにもない。
一緒にいる理由はもうなにもないんだ。
僕らは向き合ったまま立ち尽くしていた。
手を伸ばせば届く距離なのに、どちらも歩み寄ることはできない。
ライムの泣き声だけが静かな山頂に響いている。
やがて沈黙を破ったのはライムだった。
「ずっと……一緒にいてくれるって……。もう絶対一人にしないって、約束してくれました……」
「そうだね。僕もできるならそうしたいと思ってる」
「どうしても、ダメなんですか……?」
「ごめん。僕はやっぱり弱いんだ。理由がないと、ライムみたいなかわいい子と一緒にいられない。どうして僕なんかが、って不安に思っちゃう」
「わたしは、そんなこと、ぜんぜんきにしないです……」
「ありがとう。きっとライムならそういってくれるって思ってた。でも、これは僕の問題なんだ。ライムの好意に甘えてなんとなく一緒にいる、なんてことは僕にはできない。僕はどうするべきなのか、僕が決めないといけないんだ」
「………………」
「いつかこの日がくるって思ってた。ライムが普通の女の子になる日がいつか必ず来るって」
だからずっと考えていた。
そうなったらどうしようって。
どうしたらいいんだろうって。
その答えは長いあいだ出なかったけど……。
「でも、僕が倒れたとき、ライムをいっぱい悲しませちゃったよね。僕のためにたくさんの涙を流してくれた姿を見て、ようやく答えが決まったんだ」
ライムは泣きながら、黙って僕の話を聞いていた。
いつもならイヤだといって止めにくるはずなのに、じっとガマンしてその場に立っていた。
きっと僕が本気で話しているからだろう。
普段は素直なライムも、僕にだけはわがままを言うこともあった。
それでも、僕が本当に嫌がることだけはしなかった。
だから。
今の僕が本気だとわかったから。
駆け寄りたい思いを必死にこらえて、僕の言葉を待っている。
元の顔もわからないくらい涙でグシャグシャになっているのに、一言も発することなく僕の言葉を待っていた。
その言葉を伝えるには僕にも勇気が必要だった。
ここの薬草には鎮静作用がある。
不安を取り除くだけじゃなくて、緊張を和らげる効果もあるんだ。
薬草の香りを吸い込んで、気持ちを落ち着かせる。
それからもう一度口を開いた。
「ライムは普通の女の子になった。ライムを守らなくちゃいけないという僕の役目は終わったんだ。一緒にいる理由はもうなにもない。だから……」
立ち尽くすライムに近づくと、その手を取る。
そうして、用意してきたものをライムの指へと通した。
「結婚しよう。これからもライムと一緒にいたいから」
自分の薬指にはめられた婚約指輪を、ライムが呆然と見つめた。
そのあいだにもぽろぽろと涙はこぼれ続けている。
なにが起こったのかわかっていないのか、その姿勢のままライムはいつまでも動く気配がなかった。
逆に僕のほうが沈黙に耐えきれなくなってきた。
「も、もちろんライムさえよければだけど。嫌なら嫌と言っても……」
その言葉は途中で途切れた。
抱きついてきたライムの唇が、僕の唇をふさいでいたから。
「……イヤだなんて、そんなことあるわけないです」
ライムは泣いていた。
泣きながら満面の笑みを浮かべていた。
「わたしは、初めて会ったときからずっと、カインさんと夫婦になると決めていたんです。カインさんがそういってくれるまでずっとずっと待っていたんです」
「えっと、じゃあ……」
「わたしもカインさんと一緒にいたいです。だから、わたしをカインさんのお嫁さんにしてください」
「……うん、ありがとう」
「えへへ、変ですね。どうしてカインさんがお礼を言うんですか。お礼を言いたいのはわたしの方です」
「やっぱり緊張しちゃったから……。もし断られたらどうしようとか……」
「でもこれでカインさんとずーっと一緒にいられますね! だってわたしたちは夫婦になったんですから!!」
「う、そ、そうだね……」
まだ夫婦と呼ばれるのは恥ずかしかったけど。
でも、ライムと一緒になれたという嬉しさの方が大きかった。
「……うん。これからもよろしくね」
僕の言葉に、ライムは笑顔で大きくうなずいた。
「はい! これからもよろしくお願いします!!」




