凶刃
僕の胸から黒いもやのようなものがあふれ出した。
黒よりも黒い、この世のものとは思えない色だった。
もやは部屋の中央に集まると、人のような姿になった。
全身が黒のような形容できない色に染まる中で、手にした鎌の先端だけが鈍く光を返していた。
もしも死神が存在するのだとしたら、今まさに目の前のような姿をしているんだろう。
「カインさん!!」
ライムが僕と死神のあいだに立ちはだかる。
死神が音もなく鎌を振り上げた。
スライムであるライムに物理攻撃は通用しない。
剣で切りつけたところで効果はないし、仮に切られてもすぐに再生する。
だけど。
その鎌に宿る禍々しい光を見た瞬間、僕の手は反射的に動いていた。
突き飛ばされたライムが驚いて振り返るのが、やけにゆっくりと見えていた。
それだけじゃない。
驚いて死神を見つめるアルフォードさんも、即座に剣を抜いて駆け寄るシルヴィアも、衝撃で倒れるテーブルも、窓の外を飛ぶ鳥の姿も、なにもかもがゆっくりと見えていた。
そして、鎌はゆっくりと僕の肩へと振り下ろされ、そのまま身体の中を通って斜め下へと抜けていった。
全身が凍り付いたのかと思うほどの冷気が体中を駆け巡った。
氷のような温度の冷たさじゃない。
魂を凍らせる霊気の冷たさだ。
急に僕の体が軽くなった。
いや、ちょっとちがうかな?
なんだろう。上手く力が入らない……。
「……カインさん? カインさん!?」
ライムの声が悲鳴のように響く。
気が付くと僕は床に倒れていた。
倒れたはずなのに痛みを感じない。
どうしたんだろう、と思ったけど、なぜか僕の体は動かなかった。
死神が舌打ちのような音を漏らす。
『まだ生きているとは……なるほど、エルフの加護か……。老いぼれが余計なことをしてくれる。だが、まあいいだろう。次で終わりだ』
死神が再度鎌を振り上げる。
それにも気がつかずに、ライムが僕の体にすがりついた。
「カインさん!! カインさん!!」
そんなに心配しなくても大丈夫だよ。
ちょっとめまいがしただけだから。
それよりも、死神がライムのすぐ後ろにまでせまっている。
危ないよ。早く逃げないと。
「貴様ぁっ!」
シルヴィアの鋭い声が響き、閃いた銀の光が死神の腕を断ち切った。
『我が体に傷を? たかが人間ごときになぜ……』
「でやああああああっ!!」
ふらつく死神に向けてシルヴィアが容赦ない追撃を加える。
一瞬の間に三つの斬撃が閃いた。
僕の目に見えたのはそれだけだったけど、死神の体は粉々に切り裂かれた。
明らかにシルヴィアは普段よりもパワーアップしている。
風もないのに長髪が浮き上がるように揺らめき、全身が虹色のオーラに包まれていた。
『その指輪……なるほど。そういうことか。まあいい。目的は半ば達成した』
死神の体が霧散する。
消えたあとも、声だけが響いた。
『ククク。その傷ではもう助かるまい。魂は死後にゆっくり回収するとしよう』
やがてその声も消える。
シルヴィアのおかげで死神は消えたみたいだ。
ライム、もう大丈夫だよ。
そう伝えようとしたら、喉の奥からなにかがあふれてきた。
なま温かい鉄の味が口いっぱいに広がり、思わず吐き出す。
「……っ!! あぁ……そんな……!」
ライムの顔が蒼白に染まる。
僕は自分の口からあふれたものをぬぐい取ろうとして、そして気がついた。
僕の手は、僕の血で真っ赤に染まっていた。




