世界でたったひとつの
「きっと僕もライムといられて幸せなんだと思う」
そうつぶやくと、目の前のライムが驚いたように目を見開き、やがてうれしそうに表情を崩していった。
「えへへ、えへへへへへ~」
甘えるような、とろけるような、そんな声が耳元で聞こえる。
「わたしも、カインさんと一緒にいられてとってもとっても幸せです!」
力一杯抱きついてくる。
頬をピッタリとくっつけて、うれしそうに何度もほおずりをしてきた。
いつもなら恥ずかしくなる行為だけど、今の僕は別のことに気を取られていた。
ソファにもたれたまま、ぼんやりと正面を見ている。
「本当は今も信じられないんだ」
いつのまにか僕の口から言葉が漏れていた。
「こんなにかわいくて明るい子が、どうして僕なんかのことをこんなに好きになってくれるんだろうって。僕にはなんの取り柄もない。ライムみたいに力もないし、レベルだって1のまま。スキルのひとつも使えない。僕なんか……」
「そんなことないです」
ライムが穏やかな口調でそういってくれた。
「カインさんはわたしを助けてくれました。それからもいっぱい優しくしてくれました。カインさんと過ごすたびに、知らなかった感情が胸にいっぱいあふれてくるんです」
「そんなの、ライムみたいにかわいい子なら、誰でもそうするよ。僕じゃなくても……」
僕の頭にライムの手が乗せられた。
そのままゆっくりとなでてくれる。
「どうですか?」
「すごくきもちいいよ」
頭をなでられているだけなのに、なぜだかすごく安心できる。
「よかったです。私もカインさんになでられるのが好きなので」
ライムがニッコリと笑みを浮かべる。
その微笑みは、幻のゴールデンスライムでも、ドラゴンをワンパンする最強の冒険者でもない、どこにでもいる普通の女の子の笑みだった。
ライムはどんどんと人間のような感情を手に入れていく。
見た目だけじゃなく、考え方や行動も人間そっくりになってきた。
長い間擬態を続けることで、少しずつ本物に近づいていっているのだろうか。
木に擬態し続けることで、やがて木そのものになってしまう動物がいると聞いたことがある。
エルフの長老もほとんど樹木と化していた。
きっとゴールデンスライムも同じなんだろう。
いつかはライムも人間になる日が来る。
今まではなんとなくそう感じるだけだったけど、今になってそれはまちがいないことだと確信できた。
今までは守るべきレアモンスターだった。
でも、いつかは普通の女の子になる。
僕の助けがなくても一人で生きていけるようになる。
そうなったとき、僕はどうするべきなのか。
答えを決めなければいけない。
そのタイムリミットは、きっともうすぐなんだろう。
なら、僕は……。
僕の頭をなでていたライムが、急に胸へとすがりつくような体勢になった。
ゆっくりと押し倒されるようにして、僕らはソファの上で重なりあう。
「ライム……?」
「カインさんがいけないんです。そんな無防備な姿を見せられたら、わたしもガマンできなくなっちゃいます」
そういって、甘えるような視線を向けてくる。
「わたしたちいま、二人っきりなんですよ……?」
そういえば、キスは二人きりの時にしかしないものだとライムに教えたんだった。
「この前あのドラゴンに聞いたんです。キスには二種類あるそうですね」
二種類……? なんのことだろう。
「普通のキスと、大人のキスがあるっていってました」
「ああ……そういう……」
エルもどこでそんな知識を……。
「どういうのかは教えてくれなかったんですけど、カインさんは知っていますか?」
「いちおう話だけは聞いたことあるけど……」
その、あれだよね? 唇を合わせるだけじゃなくて、お互いの舌も合わせるというか……。
少し酔っているライムはいつものような屈託のない笑みではなく、大人びた微笑を浮かべていた。
一面の夜景も、美しいドレスも、すべてがライムの魅力を引き立てるわき役にしか見えない。
月の光を浴びる彼女はどこまでも美しくて、僕はその美貌に見とれていた。
神に愛されたとしか思えない顔で、濡れた唇をなまめかしく動かす。
「わたしに大人のキスを教えてくれませんか」
ふれたライムの体からたかぶった体温が伝わってくる。
どちらのものかわからない鼓動が耳鳴りのように響いていた。
きっと僕は酔っているんだ。
だからこんなにも体が熱いんだろう。
視界に映るのはライムだけだった。
女神のように美しくて、僕のことを大好きだといってくれる、世界で一番大切な人が。
「いいよ」
ライムの頬に手を振れ、軽く引き寄せる。
「僕も初めてだから、一緒に経験しよう」
驚いて動きを止めるライムに向けて、僕は自分から近づいていった。




