幸せの形
レストランで出された料理はどれもすごく美味しかった。
「この世界にカインさんが作った料理に匹敵する食べ物が他にもあるなんて……」
ライムが声を震わせている。
僕もあまりの美味しさに驚いたよ。
食べたこともない高級食材がふんだんに使われていて、前菜からデザートまでどれも美味しかった。
普段僕が食べているものとはあまりにも違いすぎて、これは料理と呼ぶことすら失礼に当たるもっと別のなにかじゃないのか、と思ったくらいだ。
たぶん二度と食べられないような気がする。
値段は聞くのが怖くて尋ねることもできなかったよ。
◇
部屋に戻ると、他の人たちはすでに帰っていたため、広い部屋に僕とライムの二人しかいなかった。
なんだか体があたたかくって頭もふわふわしている。
さっきの料理に出てきたお酒のせいだと思う。
お酒なんて飲む機会がないからすっかり忘れていたけど、レベル1の僕はアルコール耐性がほとんどないから、ちょっと飲むだけですぐに酔っちゃうんだよね。
酔いを覚まそうと思い、ソファに座って休憩する。
すぐにライムが僕の横へ飛んできた。
「あ~~~、カインさん見つけました~っ」
そういって抱きついてくる。
「見つけたって……ずっと一緒にいたと思うんだけど……」
「でもカインさんを見つけたから捕まえたんです。えへへ、もう離しません♪」
言ってることがいつも以上によくわからなかった。
体もなんだかふにゃふにゃでやわらかい。
どうやらライムも酔っているみたいだ。
僕に抱きついたまま、うっとりと目を閉じる。
「ご飯美味しかったですね」
「うん、そうだね。本当に美味しかった」
「なんだか不思議な味がする液体も美味しかったです……」
「そういえばお酒を飲むのは初めてだったかもね」
僕はお酒が飲めないから、一緒にいるライムも飲む機会はなかったんだ。
「それにしても、ライムもお酒で酔うんだね。そういうのは効かなそうな気がしてたけど」
ライムが抱きついたまま首を傾げた。
「よう? ってなんですか?」
「うーん、なんて説明したらいいかな……。今ライムはちょっと頭がフラフラしてるでしょ?」
「はい。フワフワして、なんだかとっても気持ちいいです」
「お酒を飲んで酔うと、そういう感じになるんだ」
「そうなんですね。じゃあこれからはもっといっぱい飲みましょう」
「いや、いっぱい飲むと大変なことになるから、ちょっとだけだよ」
ライムがべろべろに酔っぱらうとどうなるのか、ちょっと想像がつかない。
というか、とんでもないことになる気しかしない……。
ちなみに僕は酔うと眠くなって、すぐに寝ちゃうんだ。
今も少し眠いくらいだ。
体を休めるためソファに深く体を沈めると、抱きついたままのライムも一緒になってソファに深く沈み込んだ。
そのまましばらく、僕らは並んでソファにもたれかかっていた。
正面の窓からは王都の景色が一望できる。
空の星明かりだけじゃなく、地上にも灯の明かりが一面に広がっている。
ふと、あの光のひとつひとつが誰かが生きている証なんだよなあと、そんなことを思った。
王都だけでもこれだけの人が住んでいるのに、そのほとんどの人と会うことはできない。
そう思うと、なんだかとても寂しい気持ちになる。
ましてや世界中となると、気が遠くなるほどの数の人が生きているはずだ。
その中の誰かと出会うことは、もしかしたらとんでもなく奇跡的なことなのかもしれない。
気がつくと、ライムが僕の手を握っていた。
「どうしたの?」
「カインさんの手、とってもあったかいです」
「ライムの手もすごくあったかいよ」
「最近思うんです、カインさんとこうして手をつなげることが、ものすごく幸せだって」
「そんな大げさなものじゃないと思うけど」
「今まではカインさんに触れてもらったり、交尾をしてもらうのがとても幸せでした。でも今はこうして手をつないでいるだけの時間がとても幸せなんです。
おかしいですよね。好きになればなるほど、なにもしない時間がうれしくなるなんて」
「そういわれると、人間はそういうものかもしれないね。一緒にいるだけでうれしいというか……」
そう答えると、ライムがすねたように唇をとがらせる。
「そういうわりには、カインさんはすぐ浮気しますけど……」
「いや……僕は浮気なんてしたことないけど……」
ライムの浮気判定はちょっと幅が広すぎるというか……。
ライムが僕に抱きつく力を強くする。
「でも、こうやってカインさんのぬくもりを感じて、カインさんの匂いをかいで、カインさんのそばで眠るのがとてもうれしいんです。これが人間のいう幸せってことなんでしょうか」
その答えは僕にはわからない。
きっと世界中の誰にも答えられない。
その気持ちはライムだけのものだから。
でも……。
「カインさんはどうですか?」
「僕?」
「はい。カインさんも、わたしとこうしている時間が幸せですか?」
どうなんだろう。
考えてみれば、答えはすぐに出てきた。
そっと握る手のひらのあたたかさが。
肩に掛かる小さな体重が。
すぐとなりで微笑むライムの表情が。
すべてが僕の心を満たしてくれる。
あんなに美味しいご飯を食べて、二人で色んなことをして、たくさんの冒険をしてきたけれど。
今以上に満たされている時間はなかったかもしれない。
この広い世界に住む、数え切れないほどの命の中から、そんな風に思えるたった一人の人と出会う。
それが奇跡でなくてなんだというんだろう。
なんて、そんなことを思うのは、きっとまだお酒が回っているからなんだろう。
普段の僕ならこんなこと絶対に思わないから。
だから、これから僕がすることも、きっとお酒のせいにちがいない。
「そうだね」
つないだ手に少しだけ力を込める。
そうすることで、いつもなら言えないはずの言葉が言える気がしたから。
「きっと僕もライムといられて幸せなんだと思う」




