天上の女神のような
「カインさん、お待たせしました」
現れたライムの姿を見て、それまでにあった僕の心配は全部吹き飛んでしまった。
ライムは真っ赤なドレスを着ていた。
比喩でなく輝いている美しい金髪と、それを際だたせるシンプルな赤いドレス姿が、この世のものとは思えないほどよく似合っている。
しかも、いつもは元気よく駆け寄ってくるのに、今日に限ってはゆっくりとした歩みで近寄ってきた。
まるでどこかのお姫様みたいだ。
あまりの変身ぶりに呆然としていた僕だったけど、目を奪われていたのは僕だけじゃなかった。
この宿は貴族や王族の人しか利用できない特別な場所だ。
当然中にいるお客さんも、カッコいい人や美しい人ばかり。
なのに、ライムが現れたとたんにレストラン内が静まり返ってしまった。
みんながライムを見つめている。
どこからか感嘆のため息まで聞こえてきた。
その気持ちはすごくよくわかる。
今のライムは、爪の先まで磨き上げられた彫刻みたいに美しい。
どこかの国の王女様がやってきたのだといわれたら、きっと信じてしまうだろう。
「あの、カインさん……?」
ライムが不安そうにおずおずと声をかけてくる。
「やっぱりこの格好、変ですか……?」
「ううん、全然そんなことないよ。すごく似合ってる」
むしろ似合いすぎててビックリしたくらいだ。
ライムの話だと、それは姿を変えて作ったものではなくて、本物のドレスなのだという。
同じ物をライムも形作ることは出来たけど、せっかくだから本物を着ることにしたそうだ。
そのせいで時間がかかってしまったらしい。
「服ってはじめて着ました」
そういうライムはなんだか落ち着かなさそうにしている。
歩く歩幅も、いつもよりかなり狭くなっていた。
「動くとすぐ破けそうになっちゃうんです。だからゆっくり歩くしかなくて……。人間っていつもこんなものを身につけて平気なんでしょうか」
なんだかちょっと不満そうだ。
その表情がいつものライムだったおかげで思わず笑ってしまった。
それでなんとか平静を取り戻すことができた。
「普段とは違う姿のライムを見るのは新鮮だね」
「えへへ、どうですか?」
くるりと回る。
ドレスの裾が花びらのように広がった。
「うん、とてもかわいいよ」
正直な感想をいうと、ライムが表情をとろけさせた。
「えへへへへ~。今日のカインさんもすごくカッコよくてステキです~」
「そ、そうかな……。こういうのは慣れてないから、なんだか落ち着かないよ」
「じゃあわたしと一緒ですね」
「あはは、そうだね」
二人して小さく笑いあう。
おかげでようやく緊張が解けた気がする。
「それじゃあ行こうか」
さっそく席まで向かおうとしたんだけど、ライムは慣れないドレス姿のせいで歩きにくいみたいだった。
何度か転びそうになっては立ち止まっている。
「うう、やっぱりこのドレスとかいう服は少し歩きにくいです……」
「じゃあ僕の手につかまって」
手を差し出すと、ライムが僕の手を取った。
そのままライムの手を引くようにしてゆっくりと歩く。
こうしながら歩いていると、なんだかエスコートしているみたいだ。
ライムを背負って歩くことは何度もあったけど、こういうのは初めてだな。
ライムも珍しく頬を染めていた。
「なんだか、ちょっと照れちゃいますね」
そんな様子を見て、僕まで恥ずかしくなってきた。
ライムとはもっと色々なことをしてきたはずなのに、手を取って歩くのがこんなにも恥ずかしいなんて、なんだか不思議な感じだ。
席に着くまでの十数歩がとても遠くに感じられる。
けど、嫌な感じは全然しなかった。
むしろそんな恥ずかしさもなんだかちょっと楽しくなってきて、ライムと二人で小さく笑いあっていた。




