どうしても伝えなければと
たくさんの人がお祝いに来てくれたおかげで騒がしかった部屋だけど、やがてみんなが帰ると急に静かになってしまった。
今はライムも席を外していて僕一人だから、なおさら静けさが身にしみる。
昔はクエストも僕一人で行っていて、たまに会うのもセーラくらいだったんだけど……。
まさかこんな日々が来るなんて当時の僕は思ってもいなかった。
変われば変わるものなんだなあ。
ちなみにアルフォードさんたちが帰る間際に、賞金の授与とか色々あるから明日王宮に来て欲しいといわれてしまった。
王宮かあ……。
この宿ですら気後れしてるのに、また大変そうだなあ……。
ちなみに今の僕は、タキシード姿になっている。
夕食も宿内のレストランで用意してくれるらしいんだけど、ドレスコードがあるみたいなんだよね。
だから着替えていたんだけど、やっぱり窮屈で着慣れないなあ。
ちなみにライムも別室で着替え中だ。
本来ならライムに着替えは必要ないんだけど、せっかくだからとシルヴィアたちの薦めで着替えることになったんだ。
着替え終わったらレストラン前で合流することになっている。
着替えには特別な準備が必要らしくて、ここだとできないらしいんだ。
いったいどんな服に着替えるつもりなんだろう……。
ちなみにエルは、なにやら急にやることができたと言ってどこかに消えてしまった。
その用事はなにか聞いたんだけど、教えてはくれなかったんだよね。
少し時間がかかるかもしれないから、しばらくしたら戻ってくるよとはいってたけど。
相変わらず自由でつかみ所がない不思議な子だ。
そういうわけなので僕一人で先にレストランへ行こうとしたとき、背後で誰かの気配がした。
振り返ると、さっきまで誰もいなかったはずの空間に、いつのまにか黒髪の女性が立っていた。
「えっ、フィア!?」
「あら、ステキな格好ですわね。これからデートですか」
「ああ、いや、デートというか、ライムとご飯を食べに行くところなんだけど……」
つい口ごもってしまう僕に、フィアが上品に笑う。
「あらあら、そんなステキな格好をして女性と二人でお食事だなんて、それをデートといわないのならば、いったいなんというのでしょう」
そういわれると答えられないけど……。
「ええっと、それでフィアはどうしてここに……? というか、どうやってここに来たの……?」
「フフ、もちろんアナタの優勝祝いに決まっているではありませんか。ワタクシたちはパートナーなんですから、それくらい当然ですわ。それに<夢渡り>の力を使えば、このように……」
突然フィアの姿が消えた。
と思った直後に、僕の背後に現れていた。
真後ろから耳元に囁きかける。
「……空間を飛んで移動するくらい造作もないことですわ」
吐息で耳元をくすぐられて、おもわず全身が総毛立ってしまった。
「できればこのままたっぷりとお祝いをしたいところですけれど、彼女とのデートを邪魔しては悪いですからね。今日は用件だけを伝えることにしますわ」
用件って、やっぱり例の素材のことかな?
もともとはそのために大会に出場したんだし。
そう思ったんだけど、フィアが口にしたのは別のことだった。
「アナタの魂を狙っていた主なのですが、連絡がつかなくなりました」
「……えっ? それってつまり、どういうこと……?」
フィアの正体は夢魔と呼ばれる悪魔の一種で、別の人の部下だったんだ。
そしてその主の人から、僕の魂を奪うよう命令されていた。
だけど色々あってフィアは僕を狙うのをやめて、助けてくれるようになった。
その主の人と連絡が取れなくなった、ということは……。
「アナタのことをあきらめた……。とは考えにくいです。ワタクシはもう必要なくなったということでしょう。どうかお気をつけくださいませ」
「気をつけろといわれても、どうして僕が狙われているのかもわからないのに……」
「アナタの中には、どうやら特別な力があるようです。おそらくはそれが目的なのでしょう。魂を奪う方法は二つあります。ワタクシのように相手から直接吸い取るか、殺して肉体から離れたところを狙うか……」
その恐ろしい内容に、思わず思考が止まってしまった。
フィアが表情を曇らせる。
「せっかくお楽しみのところに、このような話をして水を差したくはありませんでしたが、どうしてもこれだけはお伝えしなければと思いまして。無粋な真似をお許しくださいませ」
「いや、こうして教えに来てくれただけでもとてもうれしいから、そんなことは気にしないけど……」
「とはいえ、すぐに狙われるということはないでしょう。もしそうであればすでにアナタの元へやって来るはずですから。なにもないということは、準備があるということ。
ですが油断は禁物です。どうかお心の隅にでも留めておいてくださいませ……」
「そういわれても、僕にはどうしたらいいか……」
そういってフィアを振り返ったけど、もうその姿はどこにもいなくなっていた。
どうやら帰ってしまったみたいだ。
僕の中に特別な力があるなんて、本当なんだろうか。
そういえばエルフの里でも似たようなことをいわれた気がする。
あのときは、そういうものなのかなと思ってあまり気にしていなかったけど……。
全然実感がわかないのに、気をつけろといわれたってどうしたらいいんだろう。
今すぐにどうこうするわけじゃないらしいけど……。
悶々とした気持ちのままでは落ち着かない。
とにかく移動しようとレストランに向かうことにした。
レストランの入り口で少し待っていると、やがて着替えをすませたライムがやってきた。
「カインさん、お待たせしました」
その姿を見た瞬間、それまでにあった僕の心配は全部吹き飛んでしまった。




