これで貴族との結婚も可能になるな
ニアやライムに手伝ってもらいながら荷物の整理をしていると、また扉をノックする音が響いた。
今度は誰だろうと思いながら開けにいく。
扉の向こうにいたのは二人の騎士だった。
「表彰台で会ったばかりだが、改めて祝わせてもらおう。優勝おめでとうカイン君」
「さすがはカイン殿だな。もちろん私は優勝すると信じていたが」
アルフォードさんとシルヴィアだった。
どうやらわざわざお祝いに来てくれたみたいだ。
「アルフォードさん、こんなにすごい宿をありがとうございます。本当はもっと普通の宿でもよかったんですけど……」
「どこの宿にするかはこちらで決めていいとのことだったからな。ここに泊まることもなかなかないだろうし、いい経験だろう」
「なかなかというか、たぶん今後一生ないと思いますけど……」
思わず苦笑してしまう。
なにしろ一泊するだけで、僕の数年分の稼ぎが必要になるくらいだ。
いい経験といえばそうかもしれないけど。
アルフォードさんの横で、シルヴィアもうなずいていた。
「この宿に泊まったというだけで、相応の身分が保証されたようなものだからな。庶民から貴族入りする者が、箔をつけるためにここに泊まることもあるくらいだ」
「そうなんだ。それは知らなかったよ」
「うむ、そうなのだ。だ、だからもしカイン殿が貴族の長女と結婚したくなったとしても、これで問題なく行えるからな。安心していいぞ」
貴族の娘さんと結婚する日が来るとは思えないけど……。
僕のところにまでやってきたニアが、わざとらしくため息をついた。
「相変わらず発情してばかりですねこの女騎士は。師匠が貴族と結婚するなんて絶対に一生あり得ないですから、早くあきらめた方が身のためですよ」
なぜだか「絶対」の部分を強調する。
確かにそうかもしれないけど……そんなに貧乏人だと思われてるのもなんだか切ないというか……。
シルヴィアもムッと顔をしかめた。
「黙れちびっ子。貴様のような子供に大人の話がわかるわけないだろう。十年後に出直してこい」
「貴族様こそ庶民の考えなんかおわかりになる訳ないでしょう。冒険者は同じ冒険者同士で結婚することが多いんですよ。ね、師匠」
「え? ああ、うん。そうだね。冒険者の仲間同士で結婚することは多いみたいだね」
やっぱり仲間として一緒に旅をしていると苦楽を共にするからか、仲良くなりやすいみたいなんだ。
だから元冒険者同士の夫婦も結構多いんだよね。
なんだけど、その話を聞いたシルヴィアはなぜだか不機嫌そうになった。
「ふん。そんなのはそいつらだけだろう。貴族だって庶民と結婚することはある。なにも珍しいことではない」
「じゃあ師匠に聞いてみましょう。師匠は結婚するなら貴族のわがままで生意気な娘と、冒険者のかわいい女の子と、どっちがいいですか?」
「なんだその恣意的な聞き方は! 気品あふれる美しい貴族の娘と、わがままで子供っぽい冒険者の女と、どっちがいいか聞くべきだろう!」
どっちの聞き方にも偏りを感じるけど……。
「ええっと、まあ確かに、僕なんかが貴族の人と一緒になるのは、あんまり想像できないよね」
「カイン殿!?」
シルヴィアが悲鳴を上げる。
「どういうことだ!? カイン殿は私と結婚したくはないのか!?」
「ええっ、どうしてシルヴィアとの話に……」
もしも貴族の娘とならという話で、シルヴィアのことではないと思ったんだけど……。
シルヴィアの顔がすぐ目の前まで迫ってきたため、思わず顔をそむけてしまった。
「いや、その、シルヴィアとは、そういうことをしたくないってわけじゃないんだけど……」
「ならなぜ私に目を向けてくれないのだ!?」
だって、シルヴィアがすぐそばに近づいてくるから……。
シルヴィアは銀色の髪が美しい、すごくきれいな人だ。
さすが貴族の長女なだけはある。
そんな人がすぐ目の前にまで迫ってきたら、そりゃ緊張しちゃうよ……。
それに、以前にメイドの人から、シルヴィアが僕と結婚したがっているみたいな話を聞いたことがあったんだよね。
さすがになにかの勘違いだとは思うんだけど、それ以来どうしても意識しちゃって……。
「あの、シルヴィア、ちょっと離れてくれるかな……」
「カイン殿!?」
ほとんど泣きそうな声が響いた。
対照的に、なぜだかニアが勝ち誇ったような表情を浮かべている。
「ふふふ、当然ですよね。やっぱり冒険者は冒険者同士が一番です。だからこれからもずっと一生一緒にいましょうね師匠」
そういって僕の腕に抱きついてくる。
ずっと一緒にいたいのは僕も同じ気持ちだけど、一生一緒はちょっと重すぎるんじゃないかなあ。
「あーっ、カインさんがまた浮気しています! ずっと一緒にいるのはわたしなんですよ!」
様子を見にやってきたライムが反対側の腕に抱きついてきた。
おかげで両腕がふさがれて動けなくなってしまった。
「ぬぬぬ……! 二人ともズルいぞ! こうなったら私も抱きつかせて……」
「あ、シルヴィアはちょっと止めて欲しいな……」
「だからなぜ私だけダメなのだ!?」
だって両腕を取られているから、抱きついてくるとしたら正面からしかない。
妹みたいなニアや、いつものことで慣れているライムとは違って、シルヴィアからそんなことをされたらさすがに、その、困ってしまうというか……。
ちなみにそんな僕らを、アルフォードさんは笑いながら見ていた。
「はっはっは。シルヴィアもカイン君相手では形無しだな」
笑ってないで、できれば助けて欲しい……。




