庶民派カイン
僕のお願いは前代未聞なほど庶民的だったらしい。
アルフォードさんにも「君はまったく、どうあっても私たちに恩を返させてはくれないのだな」なんて言われてしまった。
むしろ僕の方がアルフォードさんたちからたくさんの恩を受けているので、それを返さないといけない立場な気がするんだけど……。
それはともかく、アルフォードさんに伝えられた宿へとやってきた。
せめていい宿を手配させてもらおう、とアルフォードさんはいっていたんだけど……。
思わず立ち止まってしまった僕の横で、ライムとエルが空を見上げる。
正確には、空にも届きそうなほど高い宿屋の頂上を。
「うわー、おっきな家ですねー」
「こんなに大きかったら、ボクが竜の姿になっても入れるんじゃないかなあ」
口々にそんな感想を言っていたけど、僕はとてもそんな気分にはなれなかった。
「どうしたんですかカインさん」
「いや、だって、ここは……」
なにしろここは、貴族や王族が利用すると言われる超高級宿だったんだから。
一泊するだけでも、僕の数年分の稼ぎを超えるかもしれない。
しかも、お金を積めば誰でも泊まれるというものでもない。
それこそアルフォードさんのような身分の人からの紹介がなければ、僕たち庶民は近づくことも許されない。
ここに泊まるということは、それだけで貴族の仲間入りといっても過言ではない。
それくらいにすごい場所だったんだ。
緊張で震える足を動かして入り口へと向かう。
見上げるほど大きな扉は、僕が開くより先に、内側で待機していた人たちによって開かれた。
その先で、身なりのいい老紳士が恭しく頭を下げる。
「お待ちしておりましたカイン様。当館をご利用いただきありがとうございます」
「あ、はい。えっと、ありがとうございます……」
緊張で思わずどもってしまったけど、こういうのには慣れていないので許して欲しい……。
「ご案内いたします。それではこちらへどうぞ」
なにもかもが初体験すぎて、黙ってついて行くことしかできなかった。
老紳士に案内されて建物の中を進んでいく。
話によると、僕らの部屋は最上階にあるらしかった。
こんなに大きな建物の最上階となると、階段を上るだけでも大変そうだなあ。
なんて思っていたら、なんと部屋ごと移動する装置があって、そこで待っているだけで最上階に移動してしまった。
扉が開いたら王都が一望できる場所にいたから、本当に驚いたよ。
いったいどういう仕組みなんだろう……。
最上階の廊下も広くて、五人くらいなら並んで歩いても問題なさそうだった。
扉もたくさん並んでいて、どれが僕たちの部屋なのかわからない。
「どこが僕たちの部屋ですか?」
「どこを使用されても平気でございます」
「え、どれでもいいってことですか……?」
好きなところを選んでいいってことなのかな?
さすがアルフォードさんが手配しただけあって豪華だなあ。
なんて思っていたら、予想よりもさらに上だった。
「この階全体がカイン様のお部屋にございます」
「……。え、この階が僕たちの部屋……?」
どういう意味なのかわからなくて思わず聞き返してしまった。
もう一度廊下を振り返る。
見える範囲だけでも扉は10個くらいあった。
もちろん廊下はもっと先まで続いているし、見えないところにも部屋はあるはずだ。
どれだけ広いのかなんて想像もつかない。
そんな最上階のフロアをまるまるひとつ、僕たちだけで使っていいらしい。
なんというかもう、別世界すぎてよくわからない。
しかも、どの部屋も内装や雰囲気が違っていた。
普通の宿屋はどれも似たような部屋にすることで建築費を抑えるものだと思うんだけど、ここはそれぞれ別に作ってるみたいだ。
いったいどれだけの手間とお金がかかってるんだろう……。
とりあえず、案内してくれた老紳士に一番小さな部屋を聞いて、そこを使わせてもらうことにした。
それでも僕の家の十倍は広いんじゃないかってくらいの部屋だったんだけど。
「ご用があれば何なりとお申し付けくださいませ。それでは失礼いたします」
「あ、はい。案内してくれてありがとうございました」
老紳士はもう一度黙礼をすると部屋をあとにした。
扉が閉まると共に、どっと疲れが押し寄せてくる。
はー、すっごい緊張した……。
「広い部屋ですねー!」
ライムがさっそく室内を探検しはじめた。
「あ、カインさん! ここにおっきなベッドがありますよ!!」
ものすごくうれしそうにそんなことを報告してくる。
まっさきに見つけるのがベッドってどうなの……。
見に行ってみると、確かにものすごく大きなベッドだった。
枕は二つしかなかったけど、4、5人くらいなら一度に寝られそうなほど大きなベッドだ。
それ以外にも、部屋も、テーブルも、室内に設置されたお風呂でさえ、ものすごく大きかった。
広すぎてやっぱりなんだか落ち着かない。
たくさんのイスがあるのに、わざわざ端っこにあるのを選んで座ってしまうくらいだ。
周りが広すぎるとなんか落ち着かないんだよね……。
うう、貧乏性が身に染み着いてる感じがする……。
ちなみにライムもエルも、そんなことを気にする様子もなくあちこち探検している。
どうやら気にしているのは僕だけらしい。
とりあえず端っこで大人しくしていたら、扉をノックする音が聞こえた。
誰か来たみたいだ。
宿の人かなと思ったんだけど、扉を開けるとすぐに小さな影が飛びついてきた。
「師匠、優勝おめでとうございます!!」




