ライムの異変
これ以上変な噂が広まる前に宿屋を出て、闘技場へとやってきた。
今日はエルも一緒だ。
試合は午後からだったんだけど、結果として早くついちゃったな。
まあ早く着くぶんには困ることもないからね。
だからそれはいいんだけど。
ライムが控え室のテーブルに体を投げ出していた。
「うーん、まだ腰が痛いですう……」
「大丈夫?」
「一応大丈夫ですけど……」
いつも元気なライムがこんな表情をするのは珍しい。
演技ではなく、本当に痛めているみたいだ。
エッジも心配そうに僕らの様子を見ている。
「ライムの姐さん、大丈夫っすか? もしかして昨日の試合でどこかけがでも?」
「ううん。そうじゃなくて、昨日の夜にカインさんと……」
「ライムに怪我はないのでそれは大丈夫だよ!!」
またなにかいわれると誤解が広がってしまうので、大声でライムの話を遮る。
とはいえ、ライムの体調が悪いのは本当みたいだし心配だ。
そもそもライムの正体はスライムだから、運動のしすぎで体が痛くなるってことはないはずなんだよね。
筋肉痛になったって話も聞いたことないし。
そういうのは人間がなるもので、スライムであるライムには関係がないはずだ。
ひょっとしたら、ライムの体になにか変化があるってことなのかもしれない。
できれば原因を詳しく調べたいところだけど、なにしろ初めてのことだから、少し時間がかかってしまうかもしれない。
次の試合まで終わるという保証はなかった。
もちろんライムの不調は一時的なもので、問題ないとは思うんだけど、絶対にそうだとは言い切れないし……。
試合の開始は午後からだ。
一応まだ時間はあるけれど……。
「……うん。そうだね、やっぱりそうしよう」
「どうしたんですか?」
たずねるライムに僕は答えた。
「今日の試合は棄権しよう」
「「えっ!?」」
ライムとエッジが同時に驚きの声を上げた。
「棄権って、どうしてっすか!?」
「ライムの体調が悪いみたいだからね。無理をさせるわけにはいかないし」
「わたしは大丈夫です!」
ライムはそういって立ち上がってくれたけど、まだテーブルに手をついて体を支えている。
無理をしてるのは明らかだった。
「だめだよライム。それで怪我をしちゃったらそっちの方が大変だし」
「でも、カインさんにご迷惑をおかけするわけには……」
「僕のことは気にしなくて大丈夫だよ。もともと出ないつもりの大会だったんだし。それよりも、ライムが怪我をすることの方が僕にとっては大問題なんだ」
「……わたしが、怪我をすると、カインさんは悲しいですか……?」
「もちろんだよ。当たり前じゃないか」
そんなのは当然のことなのですぐにうなずいた。
すると、ライムはうれしそうに表情をとろけさせた。
「そうですか……。わたしが怪我をすると、カインさんは悲しいんですね……。えへへ……」
「せっかく代わってくれたエッジたちには悪いかもしれないけど……」
そう思ったんだけど、エッジは小さく首を振った。
「……いえ、ライムの姐さんのためならしかたないっす。気にしないでください。オレたちとしても無理に出てくださいなんて言えないっすから。ここまで勝ち上がってきただけでも十分です」
「ごめんね」
「もし気にしてくださるなら、ひとつだけ検討してもらいたいことがあるっす」
「検討?」
「この大会では一度に限りケガなどでの選手交代が認められています。そこで、もし可能ならライムの姐さんの代わりに、エルの姐さんに出てほしいんです」
「ボクが?」
それまで黙っていたエルが驚いた声を上げた。




