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今夜だけはわたしを見てほしい

 気がつくとぼんやりとした世界の中にいた。

 もやのかかった世界の中に、ベッドがひとつだけ浮いている。

 昨日と同じ夢だ。


 試合のあとはライムとめいっぱい遊んで、ご飯を食べて、一緒に眠ったんだよね。

 なんだかんだで疲れていたから、ベッドで横になるとあっという間に寝てしまった。

 そして気がついたらここにいたんだ。


「フフ、お目覚めかしら?」


 声のした方に目を向ける。

 いつのまにか、ベッドで眠る僕にまたがるようにしてフィアが立っていた。


「うん、いちおうね……。これはまた、僕の夢の中にきたの?」


「そうしないと主に疑われてしまうでしょう」


 そういって口元に妖しい笑みを浮かべた。

 フィアはミステリアスな雰囲気を持つ妖艶な美人だから、そういう表情をするだけで見てる方はクラクラしてしまう。


 フィアの主はなぜだか僕の魂を狙っているらしく、失敗するとフィアの命が危ないそうなんだ。

 でも僕の魂は取らないでくれることになった。

 その代わりに、こうして夢の中で僕の魂を取るフリをしなければいけないらしいんだけど……。


 僕を助けるためにわざわざそんなことをしてくれるんだから、できるだけ協力したいとは思う。

 ただそのためには、僕とフィアが、その……男女の営み的なことをしているフリをしないといけないらしくて……。


「フフ、まだ緊張しているの……?」


 フィアのしなやかな指先が僕の頬をなでる。

 その体は指の先までやわらかくて、そして熱く火照っていた。


「うう……。そんなこといわれても、いくら必要だからって、こんなこと慣れるわけないよ……」


 しかもフィアのほどの美人に迫られて、平静でいられる人なんていないと思う。


「なら、そんなアナタにひとついいことを教えてあげる。実はもうこんな演技をする必要はないのよ」


 ……えっ?


「アナタに接触したことは主にもすでに伝わっている。本当はもうこうして肌を重ねる必要もないの」


「じゃあ、いったいどうしてここに……?」


「そんな野暮なこと聞かないでほしいわ。夜に女が男のところへ来る理由なんてひとつしかないでしょう。アナタとひとつになりたかったからよ」


 そういって、頬を恍惚に染める。


「ワタクシにあんな悦びを教えておきながら、一夜で終わりだなんて、そんなのひどいと思わない?」


「そんなこと聞かれても、僕にはよくわからないけど……」


「昨夜はあの子の姿になったけど、今夜はワタクシの姿のままにするわね。だって……」


 フィアが顔を寄せると、耳元で妖しくささやいた。


「今夜だけは、あの子じゃなくてワタクシを見てほしいもの」



 目を覚ますと、宿屋の部屋に戻っていた。

 もしかしてまた、と思って腕の中を見ると、全身トロットロになったライムがぐったりとしていた。

 ライムがこんなになるのは、よっぽど気持ちいいことがあったときだけなんだけど……。


 ライムが荒い息を吐きながら、トロンとした笑みで僕を見つめる。


「カインさん……どんどん激しくなっていくから、わたしもう腰が動かないですよぉ……」


「ええっ、それは大丈夫なの……?」


「大丈夫じゃないですぅ……」


 腰が立たないというのは本当みたいで、ベッドからも降りられないみたいだった。

 しかたないので、動けないライムを背負うことにする。

 背中のライムが僕にぎゅっとしがみついてきた。


「えへへへへ~。カインさんの背中はあったかくて気持ちいいです~」


「あ、あの、ライム……。あんまり強くしがみつくのは、よくないというか……」


「どうしてですか?」


「それは……」


 強くしがみつけばつくほど、ライムの、その、柔らかい部分が強く当たってくるからなんだけど……。

 それをそのまま口にするのは恥ずかしい。

 というか、たぶんライムはそれを恥ずかしいことと思ってないから、いってもきっとわかってもらえない気もするし……。


 結局なにも言えないまま階段を下りていく。

 背中のライムはニッコニコのままだった。


「夜はカインさんにいっぱいに交尾してもらって、朝はこんなにカインさんを近くで感じられて、最近はとっても幸せです~」


「えっ、僕らは交尾なんてしてない、よね……?」


 夢の中でもフィアとは、その、あくまでもフリだけだからといってそういうことはしてないし……。


 そのはずなんだけど、食堂に着くまでライムはずっとうれしそうだった。

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