アナタに風の祝福がありますように
「こんにちは。僕と一緒に遊んでくれるの?」
語りかけると、シルフは一瞬だけきょとんしたような顔になり、すぐに満面の笑みに変わった。
二つの羽根を羽ばたかせ、僕のまわりを高速で駆け抜ける。
風の渦が僕の体をとらえると、シルフと一緒にクルクルと回転しはじめた。
まるで一緒に踊っているみたいだ。
飛び回るシルフは笑顔だった。
精霊の言葉は僕ら人間にはわからないけど、その表情を見れば楽しんでいるのが伝わってくる。
「むうー!」
対照的にライムは頬を膨らませていた。
「やっぱり! どうせまたカインさんは浮気するつもりなんだと思いました!」
「ええっ? 別にこれは浮気じゃないと思うけど……。というかや僕信用なさすぎない……?」
そういえばさっき僕の前に出ようとしたけど、あれはひょっとして僕を守るためじゃなくて、僕の浮気を阻止するためだったのかな……?
そのことになんだかショックを受けていたけど、ミストレードさんはもっと驚いていた。
「シルフっ!? なにをしている、彼らを攻撃しろ!」
そう命令したけど、シルフは言うことを聞かずに、変わらずに飛び続けていた。
「そんなかわいそうなこと言わないであげてよ」
「なっ!? かわいそう、だって……?」
「シルフはイタズラ好きで有名だけど、それは人間が好きだからなんだ。彼女たちはいつだって人間と遊びたいと思っている。戦いなんて本当はしたくはないんだよ。まあちょっとイタズラの度が過ぎることはあるけど……」
僕のまわりを飛ぶシルフがその動きを止めると、両手を口に当ててなにかを叫んだ。
その声は僕ら人間には聞こえない。
かわりに、ミストレードさんの正面に描かれた魔法陣が再び光を放ち、新たに9匹のシルフが飛び出してきた。
「なっ……!? うぐっ……!」
ミストレードさんが苦しそうにひざをつく。
1匹呼び出しただけでも肩で息をするくらい疲れていたんだ。
新たに9匹となると、魔力が枯渇して倒れてもおかしくない。
実際に、ひざを突いた状態から前のめりに倒れてしまった。
助けにいこうと思ったけど、新たに現れたシルフたちが僕のまわりに飛んできた。
空気の渦が僕を取り囲み、さっきより何倍も速いスピードで周りはじめる。
正直ちょっと目が回りそうだ。
シルフの魔力を受けたためか、周囲の風はキラキラと輝きを帯びていた。
やがてシルフたちが口々になにかを言いはじめる。
本来なら聞こえないはずの彼女たちの声が僕の耳に届きはじめた。
「アタシたちを見ても驚かないなんて。本当にこんな人間もいるのね」
「あらっ、エルフの加護を感じるわ。もしかしてエルフの森に行ったの?」
「こんなに守られるなんて、よほど気に入られたのね」
「ということは、もしかしてアタシたちの声も聞こえてるってこと?」
「なにそれステキ! だったらもっとたくさん遊ばないと!」
「そうね。もっともっと一緒に遊びましょう!」
渦を巻くスピードがどんどんと速くなる。
彼女たちのイタズラに僕は翻弄されるしかない。
風に乗って踊るあいだに、会場中がざわめきはじめていた。
「なんだ……あれは……」
「精霊と、遊んでいる……?」
「まさか……。意志の疎通さえ不可能といわれているんだぞ。そんなことあり得るわけが……」
確かに精霊の言葉は僕たちには聞こえないはずなのに、こんなことがあるなんて僕もビックリだ。
彼女たちの話だと、エルフの森に行ったことが原因みたいだけど……。
「ダメですよ! カインさんはわたしのものなんですー!!」
飛び回るシルフたちのあいだに、ライムが割って入った。
渦を巻いていた風が止まり、シルフたちが逃げるように頭上へと飛び上がる。
「なによ、ゴールデンスライムじゃない」
「独り占めなんてずるいわ」
「アタシたちにももっと遊ばせてよ」
「そうよ。アナタも一緒に遊びましょう」
「それがいいわ。みんなで一緒に踊りましょう」
「踊りません! カインさんはわたしだけのものなんです!」
シルフたちが口々に文句を言う。
そんな彼女たちにライムがさらに文句を言っている。
その様子をなんとなく微笑ましく見ていたら、シルフたちが9匹しかいないことに気がついた。
どうやら一番最初に召還されたシルフがいないみたいだ。
どこに行ったんだろうと思って周囲を探してみる。
魔力を使い果たして倒れたミストレードさんのそばに、心配そうな表情のシルフがたたずんでいた。
小さな体で必死に助け起こそうとしている。
自由で気まぐれなシルフが倒れた人間を心配するなんて珍しい。
そもそも人間と精霊が契約を結ぶこと自体、本来ならあり得ないことなんだ。
きっと二人のあいだには、僕らには知りようもない深い絆が結ばれているんだろう。
それこそ、僕とライムのような……。
僕が近づくと、そのシルフが泣きそうな表情で僕を見上げた。
もしかしたら死んでしまったと思ったのかもしれない。
「大丈夫だよ。少し待ってて」
倒れるミストレードさんのそばにしゃがみ、魔力を回復させる薬を飲ませてあげた。
苦しげにうめいていた呼吸が、しだいに落ち着いたものに変わっていった。
これでしばらくすれば目を覚ますはず。
魔力が枯渇して気を失っているだけだからね。
その様子を見たシルフが、ほっとしたように胸をなで下ろした。
それから僕のほうに近寄ってくると、額にそっと口づける。
同時に、僕の中に魔力が流れ込んでくるのを感じた。
驚いて小さな精霊に目を向けると、ニコリと可憐な笑みが返ってきた。
「あの人を助けてくれてありがとう。あなたに風の祝福がありますように」
「あーっ! またカインさんが隠れて浮気をしています!」
ライムが怒って駆け寄ってくる。
シルフは上空へ逃げるようにふわりと宙を舞うと、そのままどこかへと消えてしまった。




