風使いミストレードの実力
試合開始の音が鳴る。
先に動いたのはミストレードさんだった。
「君たちの実力は知っている。最初から本気で行かせてもらうよ!」
杖を掲げると、風もないのにローブがはためきはじめた。
僕の目にも見えるほど濃密な魔力が彼の周囲を渦巻いている。
やがて足下に光の魔法陣が描かれると、そこから一匹の妖精が現れた。
人の顔ほどしかない小さな体と、空気を固めたような二枚の透明な羽根。
小さな妖精はイタズラっ子のような笑みを浮かべると、ミストレードさんのまわりをくるりと回った。
「あれは、まさか……」
僕は驚いてその様子に見入ってしまう。
ライムはきょとんとしていたけど、やがて観客席がどよめきはじめた。
「あれはまさか、精霊じゃないのか……?」
「精霊? まさか風の精霊シルフか!?」
「精霊の召還を、こんな短時間で、しかもたった一人で行うだと!?」
どよめきが広がり、やがて会場全体が驚きに包まれる。
それもそのはず。
精霊召還は、複数人の上級術師が数日かけて儀式を行うことによりようやく成功するような、超上級魔法だ。
しかも風の精霊は、この世界のはじまりから存在するといわれる原初の精霊のひとつ。
その魔力は並の人間をはるかに超えているうえに、存在自体が僕たちとは違うため、物質的な肉体を持たない。
だから通常の物理攻撃では傷ひとつ付けられないんだ。
それくらい強力な精霊召還だけど、それを行うには膨大な魔力が必要だったはずだ。
僕も、まさかこんな簡単に召還するなんて思わなかったから、思わず驚いて見入ってしまったんだ。
召還を終えたミストレードさんは、片ひざをついて肩で息をしながらも、勝ちを確信した笑みを浮かべた。
「これは、決勝まで取っておきたかったんだけど……、君たち相手に手加減はできそうになかったからね……」
「精霊をこれほどの早さで召還するなんて……。もしかして、召還ではなく、精霊と契約をしているのですか?」
それしか考えられない。
召還は難しいけど、契約している精霊を呼び出すだけならもっと簡単なはずだったから。
とはいえ、原初の精霊と契約を結ぶなんて、それはそれで召還する以上に難しいと思うんだけど。
ミストレードさんは僕の言葉に驚きつつも、ニヤリと笑ってうなずいた。
「さすがだね、一目で気がつくなんて……。やはり君たちは私が思っていたとおりの強敵のようだ」
どうやらずいぶんと僕たちのことを高く評価してくれているみたいだ。
ミストレードさんが手を挙げると、周囲を気まぐれに飛び回っていたシルフがピタリと動きを止めた。
それを見てライムが少し驚く。
「自由で気まぐれなシルフが人間のいうことを聞くなんて、あの二人はよっぽど仲がいいんですね。まるでわたしとカインさんみたいです」
「確かに僕らは仲はいいと思うけど、精霊とスライムだと意味が違うんじゃないかなあ」
「シルフを前にしてもずいぶんと余裕みたいだが……、からくりがわかったところでどうすることもできないだろう! 行けっシルフ! 彼らを場外まで吹き飛ばせ!」
ミストレードさんの腕が振り下ろされると同時に、小さな精霊が僕らに向かって飛んできた。
風の精霊なだけあってその速度はかなりのものだ。
僕を守ろうとライムが前に進み出たけど、その動きを僕は手で制して止めた。
「大丈夫だよ」
そう言うと、ライムがなんだか心配そうな顔で僕を振り返る。
「でも、カインさんは……」
ライムが最後まで言い終えるより先に、シルフが僕の目の前に飛んできていた。
暴力的なまでに桁違いの魔力を身にまとい、イタズラっ子の笑みで僕を見つめる。
その魔力を解放するだけで、僕なんかではきっと王都の外にまで吹き飛ばされてしまうだろう。
そんなシルフに向けて僕は手を伸ばした。




