フィアのことを信じているから
ライムの姿だった女性が苦しみ出すと、急にその姿が変わり、フィアの姿になった。
どうしてフィアが僕の夢に?
それはわからなかったけど、フィアはなんだか苦しそうだった。
何とかしてあげたかったけど、フィアの症状は僕も見たことがないものだ。
たいていの病気やその薬のことなら僕はわかるはずなんだけど、夢の中だからなのかな……。
せめてうずくまる彼女の背中をさすってあげると、多少は楽になったみたいだった。
やがて落ち着いたフィアが口を開く。
「……ここはアナタの夢ではなく、アナタとワタクシの意識をつないで作った夢の世界なの。前回とは違ってかなりワタクシの力を強めてある。だから普通の夢とは違うのよ」
「ええっと……。よくわからないけど、つまりこれは僕の夢じゃないってこと?」
「そうね。アナタとワタクシの意識だけが存在する別の空間って感じかしら」
「どうしてわざわざそんなことを?」
「それはね……」
フィアが起きあがると、急に僕の体をベッドに押し倒した。
「アナタの魂を奪うことがワタクシの使命だからよ」
僕を見下ろしながら、妖しげな笑みをさらに深める。
「アナタにはなぜかチャームが効かないみたいだし、ワタクシが直接手を下すしかないのよね。でも心配しないで。痛くはないし、恐怖もない。極上の快楽の中で永遠の眠りにつくだけだから」
フィアが舌舐めずりをする。
真っ赤な舌が蛇のように艶めかしく動いた。
「さあ、アナタのすべてをワタクシに頂戴」
「わかった。いいよ」
「抵抗しても無駄よ。ここは夢の世界。夢魔のワタクシに勝てるはずが……。待って、今なんていったのかしら?」
「いいよって言ったんだけど」
「いいって……アナタの魂をもらうって言ったんだけど!? ちゃんと意味が分かってるのかしら!? それとも、夢の中なら死なないとでも思ってる? 悪いけど、ここで死ねば現実でも本当に死ぬんてすからね!?」
えっ、そうなの?
それは困るなあ。
「でも、なんていえばいいのかな……。フィアならそんなことをしないって気がするんだ」
それが僕の正直な気持ちだったんだけど、フィアはなんだか毒気が抜かれたような表情になった。
「なによそれ……。アナタを殺すって言ってるのに、それでもワタクシを信じるとでもいいたいの!?」
「あ、そうだね。それだよ。僕はフィアを信じてるんだ。だってフィアからは悪い感じが全然しないからね」
フィアを信じているっていうのがぴったりだと思ったからそういったんだけど、フィアはなぜだか呆れたような顔になった。
「……なんなのよアナタ。ほんと、どうかしてるわ……」
そうなのかなあ。
「ワタクシには理解できないわ……。こんな底抜けのお人好しなんて……。なのに、どうして……。どうしてこんなに、心に響くの……?」
やがてフィアが再びうずくまった。
「大丈夫!? やっぱりまだどこか体調が悪いんじゃ……」
「体調が悪いんじゃないわ……。アナタと夢の世界に入ったことは主にも気づかれてるから、早く魂を奪うようにと急かしているのよ……」
そういえばさっきも主がどうとか言っていたっけ。
「あの、なんで僕はその主って人に魂を狙われてるの……?」
「さあ、理由までは聞いてないわ。ワタクシは主に命じられたことをするだけ。拒否権なんてないもの」
僕なんかの魂を狙ってもしょうがないと思うんだけど……。
誰かと間違えてるんじゃないかなあ。
「えっと、それで、なにか僕にできることはあるかな」
「なにかって……なにをするつもりなの?」
「フィアが苦しんでるみたいだから、助けてあげられないかなって」
「アナタ、本当に……。いえ、ここは意識をつないで作られた世界。人の本性がむき出しになるここでは自分の本心を偽ることはできない。アナタはそういう人間なのね。よくわかったわ。本当にワタクシを助けてくださるつもりなのね」
「もちろんだよ。目の前で苦しんでる人を放っておくなんてできないからね」
「……そう。わかったわ。どのみちこの世界でもワタクシの誘惑が効かないのなら、作戦は失敗ですもの……。
なら、ひとつお願いがあるわ。ワタクシは今、つながった力を通じて主に監視されている。といってもこの世界のことまで実際に目で見えるわけじゃないけどね。なんとなくの雰囲気を感じ取れるだけ。だからワタクシがアナタの精気を吸い取るフリだけをさせて欲しいの」
精気を吸い取るって、前にエルフの森でやったようなことかな。
みんな裸でくっついてきてすごく恥ずかしかったなあ……。
でもそれでフィアの命が助かるなら安いものだよね。
「わかったよ。それで僕はどうすればいいの」
「ワタクシとセックスしてちょうだい」
「……え? えええええっ!?」
いきなりのことに思わず声を上げてしまった。
「そ、そんなこといわれても……!」
「あ、もちろんフリだけよ。本当にしちゃうとアナタの魂まで吸い取っちゃうからね」
そう言いながら戸惑う僕の手をとる。
「あ、あの……」
「フフ、焦っちゃって、かわいいわね。ほら、もっと強く触りなさい。ちゃんとしっかりするのよ。演技だってバレたらワタクシたち二人の命が危ないんだからね」
「ううう……そんなこといわれても……」
僕だけじゃなくフィアの命まで危険にさらされるのは困る。
でも、だからといっていきなりこんな……。
「夢魔であるこのワタクシと一夜を共にできるなんて、ただの人間にはできないことよ。誇りに思いなさい」
あんまりうれしくない……。
やがてフィアの顔が再びライムと同じものになった。
「ワタクシはいまこの子と同じ身体なの。この子の弱いところも、気持ちいい場所も、全部教えてあげる。そのかわり……」
フィアがライムの顔で妖しく微笑みかけた。
「ワタクシを気持ちよくさせなさい」




