馬車の中にて
王都へと戻る馬車に乗っているあいだ、ライムは僕にくっついて離れなかった。
しかもいつもなら腕に抱きついてくるんだけど、今回は首に両腕を回すして僕の真正面から抱きついてきている。
おかげで体のいろんなところが押しつけられているし、ライムの顔もすぐ真横にあって、なんというか、とても恥ずかしい。
「あの、ライム、そんなにくっつかれると動きにくいっていうか……」
「でもいっぱい抱きついてもいいって約束してくれました」
確かにしたけど……。
「だから今日はずーっとこうしてるんですっ」
そういってますます腕に力を込めてくる。
まあ約束したのは僕だからしょうがないけど……。
「そういえば、カインさんからもわたしにいっぱい抱きついてくれるって約束しましたよね……?」
「ええっ、そこまでいったかな……」
細かい台詞までは覚えていないけど……。
「……ダメですか?」
少し目を潤ませて、しょんぼりした様子でたずねてくる。
そんな顔をされたら断れるわけがないよね。
「……わかったよ。ええっと、こうでいいかな?」
ライムの背中に手を回して、少しだけ力を入れる。
なんだか抱き寄せるような格好になってしまった。
少し恥ずかしいけど、これくらいならガマンもできる。
けど、ライムの顔はデレデレになっていた。
「……えへへ。カインさんから抱きしめてもらうと、普通に抱きつくよりもいっぱいうれしくなっちゃうんです。どうしてでしょう?」
「ええっ、それは、その、ど、どうしてだろうね……?」
僕に聞かれても答えられるわけないよ。
答えに困って視線を逸らしていると、僕に抱きつくライムの力が少しだけ弱くなった。
体を少しだけ離し、真横にあった顔が僕の目の前までやってくる。
「わたしはカインさんに抱いてもらえると、とてもうれしくなります。カインさんはわたしに抱きつかれるとうれしいですか?」
「えええっ!? いや、それは、その……」
そんなこと聞かれても困る。
なので答えられないでいると、ライムの表情がまたしゅーんと落ち込んでしまった。
「やっぱり、お嫌でしたか……?」
「ああいや! そういうわけじゃなくて、嫌じゃないけど、ちょっと恥ずかしいというか、普通はこんなに密着しないというか……」
なんとか言い訳しようとするけど、ライムは黙ったままうつむいている。
首に回された腕も、いつしか力なく垂れ下がっていた。
恥ずかしさをこらえて、僕も正直な思いを告白する。
「……ええっと。その……。ライムに抱きつかれるのは、僕も、その、うれしいよ……」
「!!!!」
下を向いていた顔が跳ね上がり、ぱああっと輝いた。
「わたしもとってもうれしいです!!」
再びぎゅーっと抱きついてくる。
なんだかさっきよりも近くて、色々なところが当たってくる……。
落ち着かなかったけど、でもライムにあんな悲しい顔をさせるくらいなら、こうしている方が何倍もマシだよね。
それにしても、ライムは出会った頃に比べてずいぶんと感情豊かになったと思う。
はじめはずっと笑顔の元気な女の子だった。
でも今は元気なだけじゃない。
笑ったり、怒ったり、寂しそうにしたりと、色々な感情を見せている。
感情豊かになったということは、別の言い方をすれば、より人間らしくなったといえるのかもしれないね。
それはつまり、僕が助ける必要もなくなるということだ。
きっともうすぐ、ライムは一人でも生きていけるようになる。
いや、僕がそう思っているだけで、本当はもう一人でも生きているのかもしれない。
そうなったら、ライムと別れることになるんだろうか。
もちろんライムはそんなこと言い出さないと思う。
僕からだってそんなことを言い出すわけがない。
それでも。
もしかしたら、そんな日が来るかもしれない。
いつの日か、ライムと二度と会えなくなる日が来るのかもしれない。
そんな想像をしただけで、自然とライムを抱く腕に力がこもってしまった。
このままずっと離したくない。
そういう感情が僕の腕に力を込めさせる。
ライムが少しだけ驚いたように体を強ばらせ、すぐに表情をトロトロに溶けさせた。
「えへへへへへ……」
だらしない笑い声を漏らして、腕の中で体をふにゃふにゃにとろけさせた。
全身がやわらかくなり、べったりと僕の体にくっついてくる。
いつもうれしいことがあると顔が溶けてしまうことはあったけど、今はそれが全身に回っているみたいだった。
どんなに美味しいご飯を食べてもここまでになったことはなかったと思ったけど……。
でも今は、そんなライムをもう一度しっかりと抱きしめた。
ちなみにエルは正面に座ったまま僕らをじっと見つめて「なるほど、ああやって雌を興奮させるんだね」となにやら冷静に分析している。
おかげで忘れていた恥ずかしさがよみがえってきたよ……。
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